43話 双子の姉妹
母親レイヴィスと双子の妹のレイカにはすぐに慣れた。
昔からそうであったかのように、レイヴィスを「お母さん」と呼んだ。
同時にどんどん染まって行くのを感じた。
これが試練だと忘れる日もあった。
ずっと、こうしていたかった。
レイヴィスはどうやら目的もなく、双子と旅をしているらしかった。
妹の名前は、麗華と同じだが、おそらく人違いだろう。
この世界の文明レベルは現代よりもずっと低い。
おそらく、哀奈が生まれるよりもずっと昔なのだろう。
三人はゆっくりと、時の流れを無視するかのように静かに旅を続けていた。
レイヴィスは立ち寄る町で、困っている人を助けたりしながら小銭を稼ぎ、色々な【スキル結晶】を集めてスキルを習得していった。
「お母さんはどうしてスキルを集めてるの?」
「いつか、役に立つかもしれないでしょ」
そう言って“ユーキ”を見つめるレイヴィスは、いつも幸せそうだった。
哀奈には決して見せなかった、優しい笑顔。
哀奈を見ていたレイヴィスが優しくなかったわけではない。けれど、このレイヴィスを見ていると距離を感じてしまう。
もし私が、ユーキではなく哀奈だとバレたら?
「お母さん」
「何?」
「私が、いなくなったら寂しい?」
「寂しいよ。二人は私の宝物だから」
哀奈は目を細めた。
レイヴィスと一緒にいれるのなら、自分が何者でも構わない。たとえ、“ユーキ”になっても、別に………。
「ユーキ?」
「私がいなくなっても、お母さんは……」
哀奈は口を閉じる。
自分が出会ったレイヴィスは、【スキル結晶】を集める旅をしているわけではなかったし、彼女の隣に双子のハーフエルフはいなかった。
もしかして、彼女はずっと探していたのではないのか?
たった二人だけの、大切な宝物を。
「ごめんなさい」
「どうしたの?」
哀奈に出会ったから、レイヴィスは旅をやめたのだろうか。
確かに、ユーキは哀奈に似ている。だけど、ユーキは哀奈ではない。
「ごめんなさい………」
泣き出した哀奈を、レイヴィスは優しく抱きしめた。
「大丈夫。お母さんがいるから」
ずっと、ここにいてもいいのだろうか?
ここにいたら、レイヴィスが守ってくれる。愛してくれる。前よりも確実に。
今まで訪れた町よりも、ずっと大きな町だ。
今日からこの町で、冬を過ごすらしい。
「お母さん! 探検して来ていい!?」
宿に着くとレイカはすぐに、レイヴィスに申し出た。
母親と同じ冒険者に憧れる妹は、いつも新しい町に来ると冒険者になりたがる。
「私は市場で買い物してるから。いざという時は大声で叫びなさい」
「はーい! 行こ、お姉ちゃん!」
哀奈はレイカに手を引かれて走り出す。
町を当然のように歩く異形も、最初は驚いたが今は慣れた。
英雄アスファが守ったこの世界は、今は昔よりもずっと平和だ。
それに、異形の子供を攫うほど、人間は愚かではない。
町には必ず、一つの像がある。
英雄アスファの像だ。
「あったよ! レイカ!」
「ほんとだ!」
双子は必ず、その像を見つける。
レイヴィスの昔話には必ず彼が出てくる。双子はなんとなく、天使になったという彼が自分達の父親だと理解していた。
哀奈はアスファ像を見つめる。
私が、ユーキでいいの?
誰も答える者はいない。
「他のところも行こう? えっと、次はねー」
レイカは町の地図を作るのが好きだ。レイヴィスが好きそうな【スキル結晶】を探すのが好きだ。町の人と話すのが好きだ。
好きがいっぱいで、羨ましい。
「ねえ、レイカ」
哀奈はレイヴィスの財布を見せた。
「怒られるよ?」
「鑑定屋行かない?」
レイカの顔がぱあっと明るくなった。
「行く!」
☆☆☆
レイヴィスは市場へ向かおうとして、とあることに気づいた。
「財布ない?」
落としたのだろうか? いや、それはない。
「あいつら………」
行くとしたら、鑑定屋だろう。
あの二人はとにかく自分のステータスを眺めて優越感に浸るのが好きだ。
「はあ、探しに行くか」
レイヴィスは町へとくりだした。
☆☆☆
鑑定屋の水晶を眺めて、哀奈はふうっと息を吐き、手を伸ばした。
《種族:ハーフエルフ
レベル:23
名前:ユーキ
スキル:【聖剣】【念動力】【威圧】【透明】【錬金術】【カスタム】
装備:粗末な服、粗末な靴、新しいフード、小さな剣
テイム:なし
所属:なし
足跡:アスファ
称号:【挑戦者】》
最後の称号に喉が引き攣った。
やっぱり、夢じゃないんだ!!
私は哀奈で、ユーキの体を乗っ取って、それで……。
「次は私ね!」
レイカは哀奈の称号をスルーして、手を伸ばした。
【種族:ハーフエルフ
レベル:20
名前:レイカ
スキル:【ヒール】【アップステータス】【ダウンアビリティ】
装備:粗末な服、粗末な靴、新しいフード、小さな剣
テイム:なし
所属:なし
足跡:アスファ
称号:なし》
「お姉ちゃんの方がスキル多いし、レベルも高いや」
「………………」
スキルが、同じなのはどうしてだろう?
レイカと麗華のスキルが同じなのは、どうして?
そもそも、哀奈の最初のスキルとも一致している。
おかしい。
「いた!」
双子は体を震わせた。
哀奈は咄嗟に鑑定結果を消した。レイカもそれに倣って慌てて消す。
「財布は?」
「…………はい」
哀奈が手を挙げた。
「どうだったの?」
「お姉ちゃんに負けた!」
レイカは悔しそうに呟いた。
「ユーキの方が頑張ってるからね」
「私も頑張る!」
「そうだね」
レイヴィスはレイカの頭を撫でた。
哀奈は無言で財布を差し出す。
「ごめん」
「いいんだよ。失すよりまし」
「帰ろっか」と呟いて、宿へと歩き出した。
帰っていいのだろうか。あの称号のことを、聞いてもいいのだろうか。
「お母さん?」
「どうしたの?」
「私、何に見える?」
「何って……ユーキはユーキだよ」
不安そうにレイヴィスは哀奈の額に手を当てた。
「熱はない………」
哀奈は手をどかすと一人で先に宿に向かって走り出した。
嫌だ。こんな、世界は嫌だ。こんな幸せな世界は、嫌だ。
春が近づいてきたある日のこと。
哀奈はレイヴィスが【スキル結晶】を作っているのを見つけた。
「それ、どうやって作るの?」
「興味ある?」
「うん」
レイヴィスは、【スキル結晶】の作り方を教えてくれた。
必要なのは、【魔晶石】だけ。
【魔晶石】は稀にモンスターの体内から発見される珍しい石らしい。
自分のスキルを【魔晶石】にコピーするらしい。
それを他人が使うことで、スキルを習得できる。
持っているスキルが多ければ多いほど、多様な【スキル結晶】を生み出せるのだ。
「お母さんのスキルちょうだい?」
「レイカが怒るよ」
「ねー、お願い」
レイヴィスは頑なに許さなかった。
仕方なく諦めて、眠りについた。
明け方、哀奈は物音で目が覚めた。
小さな生き物がレイヴィスの鞄を漁り、頬に【スキル結晶】を詰め込んでいる。額の魔石から察するに、カーバンクルだろうか。
哀奈はそっと起き出して、カーバンクルの後をつけようとした。
「お姉ちゃん?」
「しーっ!」
(どうしたの?)
レイカは小声で尋ねた。
哀奈は事情を説明する。
(後を追って【スキル結晶】を使うの)
(怒られるよ?)
(大丈夫。カーバンクルを見失ったことにするの)
レイカの表情が明るくなった。
(行こう!)
この行動が、二人の運命を変えた。




