42話 私も知らない物語
「やっと進化したか」
哀奈はばたりと倒れた。
もう一ミリも動けそうにない。
「ううっ、レイヴィスの意地悪」
「強くなったんだから、文句言わない」
「二周目じゃどうせ役に立たないんだぁ」
「私が【記憶操作】するから大丈夫だって」
哀奈が起き上がった。
今、【記憶操作】をすると言わなかったか?
それをすれば、スキルを保存したまま二周目に行けるということなのか?
「それじゃ、二周目だってバレちゃうんじゃ?」
「大丈夫。条件付きだから」
レイヴィスはそれだけ言うと背を向けて歩き出した。
「ステータスの確認はしておいて。いざという時、役に立つから」
哀奈はレイヴィスを見送ると【鑑定】を使用した。
自分のステータスの確認は、頭が痛くならないようだ。
《種族:エルダーリッチ
レベル:427
名前:哀奈
スキル:【聖剣】【念動力】【威圧】【透明】【錬金術】【カスタム】【雨のち晴れ】【不老不死】【魔法スキル補正】【ドレイン】【傀儡人形】【呪い付与】【鑑定】【ファイアボール】【ライジング】【ウォーターボール】【爆撃】【ガード】【フラッシュ】【天候操作】【未来予知】【状態異常無効】【スプラッシュ】【ベノム】【封印】【エアショット】【光線】【眠り香】【召喚】【背水の陣】
装備:古いフード、古い衣服、古い革靴、【勝利の剣】
テイム:なし
所属:討伐組合
足跡:ラグナロク
称号:【天敵】【攻略者】【喰われる者】【死を越える者】【進化者】》
哀奈はため息をついた。
「レイヴィスには追いつけないなぁ………」
レベルを消費して新しいスキルを取るべきだろうか。
それとも、二周目に向けてとっておくべきだろうか。
レイヴィスは、このステータスで満足したのだろうか。
「そう言えば、進化って言ってた」
進化すれば、良いことでもあるのだろうか。
もしそうなら、スキルの選択肢が増えているのではないか?
《エルダーリッチ
ランク:B〜S-
死者が魔法的要因でアンデットになったリッチの上位種。あらゆる超能力系スキルを使用し、状態異常にならない。【召喚】習得個体は必ずAランク以上のモンスターを使役する。進化ボーナスにより、スキル習得範囲が増加する。また称号も獲得できるようになる》
哀奈は目を丸くする。
『スキル習得範囲が増加する』
これだ! これしかない。
「えっと、これをこうして……」
哀奈は大幅に増加した習得可能スキルを眺める。
「?」
とあるスキルに目が止まった。
《【スキルガチャ】:神からの試練に合格すると、周回終了後に使用可能となる》
このスキルは今までになかった。
というか、これはスキルなのだろうか?
「ゲームの、イベントみたい………」
そっと手を伸ばす。
「哀奈、一つ言い忘れてたこと」
レイヴィスの言葉が途切れた。
「駄目!!! それだけは!!」
「………え?」
時すでに遅し。
哀奈は意識を失った。
☆☆☆
「………ちゃん、お姉ちゃん!」
哀奈はそっと目を開けた。
地面が揺れている。車ではない。揺れが酷い。
「麗華………?」
死んだはずの妹がそこにはいた。
しかし、ずっと幼い姿だ。子供時代の夢だろうか。にしても、こんな時代遅れとも言えない古代人のような服を来ていただろうか。
「ユーキお姉ちゃん、大丈夫? もうすぐ着くよ」
「どこに?」
天国だろうか。それとも………。
「ユーキ、大丈夫? 具合悪い?」
「あ、お母さん! さっきからお姉ちゃんが変なんだよ!」
哀奈は目を見開いた。
「………レイヴィス?」
目の前のエルフは、見たことのないほど優しい笑みを浮かべた。
「ユーキ、お母さんに呼び捨てしたら駄目でしょ」
そう言って哀奈の頬をつついた。
哀奈は呆然とするしかなかった。
一体、何が起きているのだ?
☆☆☆
黒い毛並みが白に戻ると、アスファは自分の毛が逆立つのを感じた。
嫌な予感がする。
走り出した。アポカリプスなら何か知っているかもしれない。
「アポカリプス!!」
「や、やあ。あははは……早いね、掃除はもう終わったのかい?」
アスファは臆することなくアポカリプスの目の前に立った。
「何があった!? まさか、レイヴィスが!?」
「違う。もっとずっとやばいことだよ。あー、レイヴィスのミスだね、これは」
アポカリプスの手が震えていた。
「【スキルガチャ】っていうスキル、知ってる?」
「聞いたことはある」
難しい条件がいるスキルだ。
そのスキルを手にして、帰って来た者は一人もいないと聞く。
あのレイヴィスですら、絶対に手を出さなかったスキルだ。
「あれ、スキルを手にするのに試練がいるんだけどさ」
レイヴィスが手に入れるわけがない。
彼女は言っていた。試練は過去の未練を映し出すという、生優しいものではない。
誰も知らない物語に取り込まれ、そこで生涯を終えるのだとか。抜け出す方法は、抗うこと。
それは、レイヴィスには絶対に不可能だと言った。
「それが、どうしたんだよ?」
「哀奈が………」
アスファは飛び出した。
「ちょっ、どこ行くんだよ!?」
「〈光天街〉だ!」
「馬鹿! ペナルティ食らっても知らないからな!」
☆☆☆
ベッドに横たわる哀奈を一瞥して、オルトは重い空気の中、無表情で哀奈の手を握るレイヴィスを見つめた。
レイヴィスの手は微かに震えていた。
「私のミスだ。ちゃんと、注意しなかったから」
「何が、起きたんですか?」
レイヴィスは全て話した。
【スキルガチャ】という、恐ろしいスキルについて。
「誰も知らない物語? 哀奈は、どんな物語に入ったんだ?」
「誰も知らないって言うのは、比喩みたいなものだよ。実際に起きた事実に基づいた世界の中にいるはずだよ」
レイヴィスは立ち上がった。
「哀奈はもう駄目だ。大丈夫、【ループ】と【反転】で元に戻るよ」
「でも、【記憶操作】したら」
「もうそれは使えない」
レイヴィスは断言した。
それは、二周目の哀奈が使いものにならなくなったことを意味する。
「オルト、コトネ。二人は今すぐ〈光天街〉へ」
レイヴィスは哀奈を見た。
「哀奈が起きるとは限らない。もし起きなかったら、“二周目”は二人に任せたよ」
「最後に聞かせろ」
オルトは哀奈を見た。
「哀奈は、どこにいるんだ?」
「わからない」
レイヴィスは震えた声で言った。
「え?」
「わからないんだよ。哀奈がどこにいるのか」
レイヴィスは希望的観測はしない主義だ。
もし、哀奈がそうなら、どれだけ素晴らしいだろうか。
希望は捨てた。ずっと昔に、捨てた。
「本当は、あるんじゃないか? 心当たり」
オルトは鋭い。
レイヴィスは哀奈の横顔を見つめる。
「昔……アスファがいなくなった後に旅をしてたんだ」
「今もしてるだろ」
「私と、双子の娘と、三人で」
双子はいつも元気で明るくて、仲良しで。見ていて飽きなかった。
子供を作る気なんてなかった。
産んですぐに殺そうとも思った。
だけど、できなかった。
「アスファと、別れた後で、寂しかったのかもしれない」
「それで? 双子と哀奈になんの関係が?」
「ユーキと、レイカって言うんだ。双子の名前」
「レイカ………?」
オルトが反応した。
「誰も知らない物語。私が、知らない物語」
レイヴィスは寂しそうに笑った。
「双子はどこにいるんだよ?」
オルトの質問に、口を開く。
ある日、突然。
私の前から。
レイヴィスは瞳を閉じる。
『ユーキ? レイカ? どこに行ったの? 隠れてないで出て来て』
戻っては来なかった。
誰よりも愛おしくて、何よりも大切なレイヴィスの宝物は、あの日以来、戻っては来なかった。
だから、哀奈に初めて会った時、内心では動揺していた。
だが、そんなわけない。
他人のそら似だ。
現に、哀奈の口から溢れたのは「お母さん」でも「レイカ」でもなく、「9階のボス」だった。
レイヴィスは希望を捨てるために、名前をつけた。
心を込めて、もう、期待しないように。
オルトとコトネは顔を見合わせる。
「レイヴィスはどうするんだ?」
「もちろん、“サバイバー”を足止めする」
「哀奈は?」
「………もう、戻って来ないだろうから。元いた場所に、帰そうと思うよ」
レイヴィスは希望を捨てた目で二人を見た。
「任せたよ」
急展開にしてみた




