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40話 臆病な青年

 夕闇影光(ゆうやみかげみつ)はトボトボとパンの入ったバスケットを抱えて歩いていた。


 最近は、人間は高校すらまともに卒業できない。

 異形が跋扈する世界では、人間はまともに生きていくことなど不可能なのだ。

 かく言う影光も、まともな生き方はしていない。


「持って来たぞ、化け物」

「ありがとう」


 影光はゾクリと身体を震わせる。

 目の前の異形は、人間の形をしている。


「早く僕を解放しろ」

「それは、無理。それから、私の名前はフェリル」

「それは知らん」


 影光はムスッとして腰を下ろした。

 この異形は影光を殺す気はない。ただ、こき使ってくるだけだ。おそらく、“サバイバー”に見つかりたくない、何らかの事情があるのだろう。

 彼女を差し出せば、それなりの報酬が期待できるが、“サバイバー”の役に立ってしまうのはなんだか癪だ。


「ゼール」

「僕をそんな名前で呼ぶな。僕の名前は夕闇影光だ」

「ユーヤミー・カゲ=ミーツ」

「『お前は美味しいお肉』みたいな名前で呼ぶな」


 フェリルはクスリと笑う。


「面白いわね」


 影光は顔が熱くなるのを感じた。

 別に、こんな化け物が好きになったわけではない。決して。それに、影光はただ普通に生きたいだけだ。

 冒険に興味がないと言えば嘘になるし、“サバイバー”に一発かましたいわけではないと言えば更に嘘になる。

 だが、影光は勇気がない。力がない。


「おい、化け物」

「なに?」

「僕は、“サバイバー”が死ぬほど憎い。僕ら若者を次々と殺して行った、あの、ヒビキカナデが憎い」

「うん」


 どこかから、フェリルのペットであるシャドウウルフが戻って来た。

 空気を呼んだのか、フェリルの足元に座って息を整えている。


「なあ。どうして僕なんだ? 僕はお前らみたいにスキルは使えないし、買い出しくらいしか、役に立たない。むしろ、足手纏いだ」


 フェリルは再び笑う。


「っ! 何がおかしい」

「ゼール。私は、貴方が好きです。貴方がこの世界に生まれる、ずっとずっと昔から」

「前世とか、そういう話か」


 フェリルは微かに頷いた、ように見えた。

 信じたくなかった。彼女はそこで、影光といったいどんな会話をしたのだろう?


「私はくだらない世界が好き。くだらなくて、平和な世界が。貴方と一緒に、つまらないことで笑える世界が」


 ああ。良いな。そんな世界があったら………。

 毎日学校で、つまらない話で友達と盛り上がるのだ。もう、この世のどこにもいない、大切な学友達と……。


「そんなつまらない世界のために戦っているって言ったら、貴方は協力してくれる?」

「…………化け物」


 もう、協力しているだろう? 自分は、臆病だから、こういう方法でしか奴らに報復できない。

 スキルが欲しい。異形みたいに、なりたいだなんて。


「僕は弱い。力が欲しい。スキルが欲しい。皆んなを殺した“サバイバー”を、ぶっ殺したいんだ」


 フェリルが真顔になった。


「そっか」


 やめろ、安心したような顔をするな。


「私が、代わりにやってあげてもいいよ」


 やめろ、そんなこと言うな。僕が惨めじゃないか。


「スキル、欲しい?」

「えっ?」


 光の球だ。

 見たことがないほど、美しい。


「いる?」

「それって」

「【蜃気楼】」

「しんきろう………」

「【分身】の上位互換である【蜃気楼】は、弓の天使フェリルだけが付与できるユニークスキル。【分身】よりも短いクールタイムで、数の制限はなく、スキルによって見破ることもできない完璧な隠蔽スキル」


 ゴクリと喉が鳴る。

 スキルを貰っても、使えるわけではない。

 だが、いつかきっと役に立つと教えてくれる。


 手を伸ばして、光球を掴む。


「ありがとう、フェリル」

「いいの」


 フェリルは笑った。

 ああ。この笑顔がいつも見れるような、くだらなくて、平和な世界が、あったらいいなぁ。


「いつか、強くなれたら、恩返しをする」

「いいよ、そんなの。ゼールが隣にいてくれたなら」


 それが、彼女にとってくだらなくて平和な世界ならば。


「いいよ。ずっと一緒にいよう。くだらなくて、平和な世界で、ずっと、一緒に」


 その日から、ゼールの願いは一つだけ。



     ☆☆☆



《二周目》



 ゼールは裏町の入り口で立ち止まった。


「ゼール?」


 工藤優希(くどうゆうき)の声に我に返る。


「ごめんなさい。大丈夫です」


 あの日、僕は確かに彼女といた。

 ………ロビン・フッドと一緒にいた。


 フェリル。フェリル。フェリル。

 彼女の本当の名前は、フェリル。

 僕にスキルをくれた、人と何も変わらない優しい異形。


「オルトさん」

「どうした?」

「優しい異形っていると思いますか」

「そりゃ、人間と同じじゃないのか。良い奴も悪い奴もいる」


 ゼールは頷いた。


「僕、とある異形と約束しました」


 くだらなくて、平和な世界になったら………。


「行きましょう。大丈夫です」


 優希が大人っぽく笑った。

 全て見透かされたようだ。


「開いて。〈暗所街〉」


 扉が開く。

 その向こうには、よく見知った顔ぶれが並んでいた。


「ようこそ、〈暗所街〉へ」


 レイヴィスが、ムルルが、レイラが、宇宙(そら)が、皆んなが、嬉しそうにこちらを見ている。


 始まったんだ。

 僕らの戦いが。



     ☆☆☆


《一周目》



 マロニエと哀奈(あいな)、それからオルトはお社の前に座って見つめ合っていた。


「両親の復讐にきたのか」

「いえいえ。寧ろありがとうございます」

「はあ」


 マロニエは小さなお墓を見つめる。


「それにしても、叔母さん」

「おばっ………おばさんじゃないもん!」

「………かわいい」

「かわいいって言うなー!」

「そういうとこじゃねぇのか?」


 オルトの呆れた顔に、哀奈は頬を膨らませる。

 頬を指で突くと、空気が抜けた。


「哀奈」

「………そう、ですか」

「コイツの本名、知ってるのか?」

「はい。ですが、言わない方が良さそうです」

「だな」


 三人は改まって、本題に入った。


「言伝って?」

「フェリルという、堕天使からの言伝です」

「だれ?」

「話の腰を折るな」


 オルトは遠回しに黙れと言う。

 哀奈は再び頬を膨らませた。


「〈光天街〉で待つ、と」


 裏町の遥か北に位置する、天界へと続く街だ。

 死者と魂と、それを管理する天使、そして、神を深く信仰する異形が共に暮らす街。

 当然、人間やアンデットの立ち入りは深く禁止されている。


「行けるのか?」

「フェリルが言うには、行ける、と」


 オルトが顎に手を当てて考え込む。

 沈黙が世界を支配した。


「はい、質問」

「どうぞ」

「〈光天街〉は神派の街なんだよね? “サバイバー”はそこに殴り込まないの?」

「殴り込めません。神派の天使が、守っていますので。彼らの目的は〈光天街〉に私達が入ることを阻止することでしょう」


 〈光天街〉でやることは、おそらく予約だろう。

 【記憶保存】を持つ天使に、お願いをするのだ。


 二周目の“ダンジョン”をクリアしたら、全ての人間にスキルを持たせるようにしろ、と。

 対して、“サバイバー”の願いは“ダンジョン”クリア自体であり、お願い事は必要ない。

 つまり、こちらの願いが優先されるという自体を避けたい。


「でも、神様は【記憶保存】を持ってないんでしょ? どうやって天使はお願いを神様に信じてもらうの?」

「レイヴィスの使いが頼んで来たと言えば、おそらく神は信じるはずです」

「レイヴィスは、何者なの?」

「…………知りません。堕天使は誰も教えてはくれません」


 マロニエの言葉は事実だろう。

 ようやく、オルトが顔を上げた。


「お前はどうする?」

「私は一周目で“サバイバー”とぶつかる気はありません」

「わかった。〈光天街〉だな。おいクソガキ、拠点に戻るぞ。作戦会議だ」


 マロニエは満足そうに頷いた。


「では、私はこれにて。二周目でお会いしましょう」

「そうだ。一ついいか?」


 オルトは麗華(れいか)の墓を見つめた。

 彼女が生まれたのは、“ダンジョン”崩壊後だ。


「【ループ】したら、お前は存在ごと消える」

「本来ならば。私達には、ヴィーガがついています」

「ヴィーガ………」

「変化を司る天使だったものです。彼女に乗っていれば、【ループ】も【反転】も私達には効きません」


 つまり、“ダンジョン”崩壊後に産まれた者達はヴィーガに乗ってやり過ごすらしい。


「それでいいのかよ」

「はい」


 マロニエは再び両親と敵対するつもりだ。

 オルトは顔を顰めたが、それ以上は何も言えなかった。


「とりあえず、レイヴィスと合流するか」


 哀奈は頷いた。

 最後にマロニエを見つめる。


「またね!」

「はい、叔母さん」

「哀奈!」


 マロニエはふっと微笑んだ。


「二周目で会いましょう。哀奈さん」

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