第31話 狼男の話
「まずは情報屋だね」
「待て。まずは市場」
宇宙を制してレイヴィスは言う。
「どうして?」
哀奈がレイヴィスの隣で聞く。
レイヴィスはため息をつく。
情報屋に行く前に基本情報を押さえておけば、余計な情報を買わされなくて済むからだ。
冒険者という仕事は儲からない。常に金欠の者が無駄遣いして良い訳がない。
「理由はその内わかるよ」
「ふーん?」
3番通りはいつも誰かしらいる。
人間社会でいう商店街に近く、様々な露店が軒を連ねている。
「何か欲しいものある?」
「武器!」
「あ、そうか」
まだ哀奈のスキルを確認していなかった。
生前のスキルに加えて、リッチとしてのスキルも増えているはずである。
「まずは、鑑定屋に行くよ」
「はーい!」
鑑定屋にはあまり異形がいなかった。
レイヴィスはホッとして店番の仮面を被った異形を見た。
「鑑定して欲しいんだけど」
「…………銀貨一枚」
ずずっと木製の籠を押し出した。
哀奈は不思議そうに店番を見た。
「その仮面、何で付けてるの?」
「………あなたに話す必要、ある?」
レイヴィスが哀奈に手刀を落とした。
哀奈は手で頭を押さえる。
「この〈暗所街〉は自由の街。自分の顔を隠すのも自由だし、自分の素性を隠すのも自由だ。一々そういうことは聞かない。哀奈も、『何で死んだの』って聞かれたいの?」
「………わかった。ごめんなさい」
仮面の異形は頷くと、哀奈の頭を撫でた。
「冷たいね」
「お姉ちゃんは、あったかいね」
仮面の異形は籠から銀貨を取り出すと、水晶玉を出した。
「これに、手を添えて」
「哀奈」
「うん」
哀奈はそっと水晶玉に触れる。
《種族:リッチ
レベル:12
名前:哀奈
スキル:【聖剣】【念動力】【威圧】【透明】【錬金術】【カスタム】【雨のち晴れ】【不老不死】【魔法スキル補正】【ドレイン】【傀儡人形】【呪い付与】
装備:古いフード、古い衣服、古い革靴
テイム:なし
所属:なし
足跡:ラグナロク
称号:【天敵】【攻略者】【喰われる者】【死を越える者】》
「名前、上書きしなけりゃ良かった」
「確かに」
レイヴィスと宇宙はため息をつく。
「アンデット系のスキルは追加されてるが……人間にしてはスキルが多いな」
称号にある【攻略者】という文字。
長年生きたレイヴィスも見たことがない。“ダンジョン”の攻略者という意味だろうか。
それに。
「この子、【天敵】、なの?」
店番が呟く。
レイヴィスから冷や汗が流れる。
「………なるほど、だから神は堕天使を使ってまで“ダンジョン”を」
「【天敵】って何?」
哀奈の質問に答えたのは、店番だった。
「神を斃すためのスキルを習得できる称号。そのスキルの名前は【天堕とし】」
「本来は神だけが持つスキルさ」
宇宙が捕捉する。
【天堕とし】は本来、神が天使を堕とす時に使うスキルである。
他種族にしか使えないという特徴を持つため、神は神にこのスキルを使用できない。
故に、神は永遠に神であり、天使のみが堕天する。
しかし、【天敵】は神を堕とすことができる【天堕とし】を神以外も習得可能にする最悪の称号だ。
神は恐れたのだろう。
人間の子供がスキルや称号を持ち始め、その全てが【天敵】の称号を持っていたのだから。
子供を神の名の下に呼び出し、殺した。
「だけど、誤算だった。“サバイバー”が現れた」
レイヴィスは唇を噛む。
「どうする?」
「まず、前提として、だけど。哀奈はノーマーク」
足跡にラグナロクの名前がある。
彼女は、天使ラグナロクに会っている。
死んだ後か、前かはわからないが、おそらく死んだ後の話だろう。
そこで獲得したのが、ユニークスキル【雨のち晴】。
問題は、【天敵】持ちに天使が接触し、尚且つ哀奈が生きているという事実。
スキル【天堕とし】は【神聖】の属性である。
そして、称号【死を越える者】は【悪】属性のスキルが使用可能になる代わりに【神聖】属性のスキルの使用を禁止にする。
「つまり、なんちゃって称号になったってことか」
「どうだろう」
【悪】と【神聖】は正反対。
つまり。
「【反転】かあれば、話は別」
【反転】は一部称号も反転する。
【死を越える者】は確か、【神聖を知る者】へと変化するはずだ。
「まあ、【反転】がなければ【聖剣】は使えないね」
「ほぼ戦力外か」
「私だって戦えるもん!」
「オラシルに負けたのに?」
あの優しいオラシルに負けたとは、相当だ。
しかし、レイヴィスには俄に信じ難い話でもある。あのオラシルが、こんな無垢な少女を手にかけるだろうか。
そもそも、神々はどうやって神を憎む堕天使を集めたというのか。
「気になることが多すぎる」
少なくとも、〈暗所街〉では集められる情報に限りがある。
外に出なければならない日は遠くない。
「次はどこ行くの?」
「聞き込みは、酒場が一番」
露店の中でも、とりわけ異形が多く、通りにもテーブルが進出している店を選んだ。
そして、話しやすそうな弱気な狼男の席に座った。
「ここ、いい?」
「一人だから、構わないけど」
狼男は宇宙と哀奈を見つめた。
「エルフに、リッチに、スライム。サーカス団か何か?」
「いや、私はただの冒険者だよ」
「冒険者、ね。最近は“サバイバー”を指す言葉だよ」
「いや、違う。冒険者は復讐に囚われた哀れな人間を指す言葉ではない」
狼男は不満気に鼻を鳴らしたが、否定はしなかった。
「私はレイヴィス。こっちは、哀奈と宇宙。あなたは?」
「ボクはルーテリス。………〈人間街〉に住んでる」
〈人間街〉は人間世界の最も近くに存在し、人と異形の行き来が盛んな街だ。〈暗所街〉からも遠くない。
そこから来た異形ならば、“サバイバー”のことを知っているかもしれない。
「どうして、〈暗所街〉に?」
「君に関係ある? 冒険者さん」
「……私は“サバイバー”について知りたいことがある」
ルーテリスの空気が変わった。
ああ、やっぱりか、とレイヴィスは心の中で舌打ちをする。
〈人間街〉は、“サバイバー”の手に落ちたのだ。
「レイヴィスさんは、神派?」
「無派閥よ。できれば、面倒事に巻き込まれたくない」
「なら、どうして知りたがるのかな?」
「この子が、【攻略者】だからよ」
ルーテリスが更に顔色を変える。
ある程度の情報は出してもいい。どうせ、こちらは哀奈の本当の名前を知らない。
ルーテリスとて、長寿のエルフがどれほど多くのスキルを持ち、高い戦闘能力を保有するかは理解しているはずだ。
「この子の仲間について、情報が欲しい。〈人間街〉に“サバイバー”はいるの?」
「あんまりいないよ。皆んな、堕天使狩りに必死だから」
ルーテリスの話はこうだ。
“サバイバー”は、死んだ仲間を復活させるため、“ダンジョン”を攻略して神を排斥し、新たな世界を創るために仲間を集めている。
それを邪魔する神派を殺し、安全に仲間を増やすつもりらしい。
当然、“ダンジョン”ボス同士でも対立が起きており、少なくはあるが敵対しているボスがいるという。
まだ会えていないボスは、八体。
その中には、ロビン・フッドの亡霊や、哀奈を殺したと思われる喰い人など、明らかに神派のボスもいるらしい。
彼らは“サバイバー”の動きを読んで、逃げ隠れしているのだろうと言う。
他にも、“サバイバー”の子供世代がやけに反抗気味らしく、家出をして行方不明になったという。
敵対し、組織を組んで仲間を集めているのではないかという懸念があるため、捜索しているらしいが、手がかりはない。
その他の、ボスではない堕天使の動向も気になるところだ。
堕天使には罪の重さによって、異なる異形となる。
話せるのなら罪は軽いが、S級堕天使と呼ばれる天使は話すことはできない。
ボスにならなかったS級堕天使の多くと、連絡が取れないというのだ。
唯一会うことができた宝石獣のエルゥラは出会い頭に攻撃を仕掛け、“サバイバー”の一人とボス一体を殺したらしい。
そのため、S級堕天使の多くはエルゥラのように敵対している可能性が高く、“サバイバー”の間でも対処が急がれているとか。
ルーテリスは、“サバイバー”と会ったこともあるが、今はどこにいるのかを把握していない。
〈人間街〉は、吸血王ザザバラが管理しており、麗華という“サバイバー”が補佐をしているようだ。
「ボクが話せるのはこれくらいかな」
「ありがとう」
「それで、ボクからもいいかな?」
「何?」
「哀奈ちゃんのスキルは?」
「知らないわ」
レイヴィスは間髪を入れずに答える。
哀奈を味方に引き込まれたら、かなりまずい。
ラグナロクと敵対することにもなるし、何よりオラシルやエルゥラと合流できなくなる。
「そう」
ルーテリスは立ち上がる。
「君たちは、まだ敵じゃない。そうだろう?」
「そうね」
ルーテリスは遠吠えをした。
「まずいことに、なったわね……」
レイヴィスはため息をついた。




