30話 エルフとリッチ
新章スタートです!
エルフと呼ばれる種族であるレイヴィスは、〈暗所街〉の裏道を歩いていた。
といっても、〈暗所街〉の道は全て裏道だ。
燈は少なく、昼なのか夜なのかもわからない。
冒険者心をくすぐる街並みはいつ見ても変わらない。
「ん」
新聞屋だ。
手持ちは少ないが、今のご時世だ。情報は多い方がいい。何より、裏町も勢力争いが増えている。面倒事に巻き込まれるのはごめんだ。
「おじさん、新聞一つ」
レイヴィスは人差し指を立てる。
猿人らしき異形は無言で新聞を押し付け、手のひらを出した。
「いくら?」
「銅貨3枚」
「はい」
レイヴィスは近くの花壇に腰掛けた。
“サバイバー”がまた“ダンジョン”ボスを殺したらしい。
「今度は、ヤマタノオロチか」
神への復讐に燃える“サバイバー”と、それに手を貸す“ダンジョン”ボス。
それを阻止しようとする別のボス。
更には、裏町まで神派と天使派で割れている。
人間社会は植民地化。
完全に異形の餌へと成り下がった。
“サバイバー”はそれを助けようともしない。
スキルのない人間には、興味がないのだろう。
「面倒だなー。この街出たくないなぁー」
長年生きてきたが、こんなことは初めてだ。
裏町で静かに旅をしたかった身としては、早く平和になる方へつきたい。
いや、そもそも関わりたくない。
よって、レイヴィスはこう判断を下す。
外は面倒だ。しばらくは〈暗所街〉にいよう、と。
「聞いたか? 3.2番通りの幽霊の話」
「お前、〈暗所街〉じゃ幽霊なんてよくいるだろ」
スケルトンが骨を鳴らしながら言う。
レイヴィスは心の中で「あんたらも幽霊だろ」と呟いた。
「なんか強いらしいぜ」
「ははっ、骨が折れちまうな!」
レイヴィスはため息をついた。
3.2番通りは3番通りと4番通りの間にある幾つもの細い道の中でも、中くらい規模の道だ。
しかし、その間には住宅街が多く人通りはそこそこある。
そんなところに出る幽霊とは、なんとも効率の悪い話だ。
「気になるな」
暇だからと自分に言い聞かせて、レイヴィスは冒険者心を密かに躍らせた。
「ひぐっ、うぅっ! うわぁうぁあああん」
「なんか露骨にいたー」
捜索時間、およそ5秒。
10歳程の少女が膝を抱えて泣いていた。
その体は青白く、首筋には抉り取られたような痕がある。何かの力で回復したのだろうが、傷跡は消えないだろう。
それに、足や腕にも似たような傷があり、痛めつけられて死んだのだろうとわかる。
「リッチ、か。珍しいな」
こんな小さいのに、とレイヴィスは呟いた。
しかし、無自覚のアンデットは恐ろしい。早く成仏させてあげないと、面倒なことになる。
「【浄」
「うっ、ぐ、ひっぐ」
泣いている子どもに、急にスキルを撃つのはさすがに卑怯だろうか。
「こんなところで、何してるの」
らしくない。が、悪い気はしなかった。
少女はようやく泣き止んで、レイヴィスを見た。
「わからない。ここは、どこ?」
「名前は?」
「わからない」
「生まれは?」
「わからない」
「何か、憶えていることは?」
「もう一回、みんなに会いたい」
少女は酷い死に方をしたに違いない。
餌にされた? いや、ならばスケルトンになっているはずだ。
戦闘をした? ならば、なぜ何も憶えていない?
「本当に、何も憶えてない?」
「………9階の、ボス」
突然、少女が震え出した。
「怖い」
「大丈夫」
レイヴィスはそっと少女の頭を撫でる。
これでは、成仏させられないではないか。
「ねえ、みんなに会える?」
「………会えないよ、こんな世界じゃ」
少女の瞳に再び涙が溜まる。
レイヴィスはため息をつく。
「会いに行こう」
少女は顔を上げる。
「手伝うよ」
「ほんと?」
「うん。会いに行こう、もう一度。あなたのお友達に」
「うん!」
少女は立ち上がってレイヴィスの手を握る。
「名前?」
「そ」
レイヴィスは串焼きを食べながら少女に言う。
少女はアンデットであるリッチのため、食事は行わない。お金がかからないのはいいことだ。
「でも、憶えてないよ」
「だから、私がつけてあげる」
「レイヴィスが?」
レイヴィスは腕を組んで考える。
食べ終わった串は口にくわえたままだ。
「アイナ」
「あいな?」
レイヴィスは紙を取り出して文字を書いた。
「哀奈」
レイヴィスは満足そうに目を閉じた。
「あいな………」
哀奈は呟くと嬉しそうに笑った。
「大切にするね!」
「そうしろ。私は命名したの初めてだし」
「うん! レイヴィス大好き!」
レイヴィスは心の中でため息をついた。
哀奈の友達は謎が多い。
9階のボス………喰い人のオラシル。
人を食べる異形にされた天使。
彼が彼女を食べた可能性が高い。しかし、彼女は骨になっていなかった。
「会いに行くか」
彼女を殺した理由が知りたい。
オラシルは決して分からず屋の、無慈悲な天使ではない。寧ろ、人を愛し慈愛に満ちた天使だ。
故に、罰として人を食べる異形にされた。
だが、今〈暗所街〉を出るのはまずい。
哀奈の友達が“サバイバー”なら、厄介だ。
少なくとも、哀奈をあちら側に渡す気はない。だからと言って神派になりたいわけでもない。
「面倒くさい」
「え!?」
「哀奈」
「はい」
捨てられると思ったのか、哀奈はかしこまったように椅子の上に正座する。
「私は、冒険者なの」
「冒険者?」
「世界を旅して、友達もたくさんいて、その土地の困ったこととかを解決する者のこと」
「凄く優しい人なんだね」
「冒険者はね、普通の人にとって非日常の中にいる英雄なんだよ。色んな人に羨望の目で見られて、チヤホヤされる仕事なの」
「良いことだよね?」
「面倒な仕事だよ」
レイヴィスはニヤリと笑う。
「だけど、愛想良くするのも一流冒険者の仕事だよ。私は苦手だけど、哀奈は得意そうじゃん? 素質あるよ」
「とか言って、私に全部押し付けようとしてない?」
レイヴィスは咳払いをする。
見た目に反して、かなり鋭い性格らしい。
「とにかく、哀奈は泣かないこと。笑ってた方が幸せだし。それに」
レイヴィスは哀奈の頬を無理矢理押し上げる。
「笑顔を振りまいたら、皆んな幸せになるんだよ」
「そう、なの?」
「うん」
哀奈は笑う。
「じゃあ、笑ってるね! 悲しい時も、辛い時も!」
レイヴィスは哀奈の首の傷跡を見た。
もし、オラシルに会って、かつてのことを思い出したら。彼女は笑顔でいられるだろうか。
レイヴィスは、彼女に嫌われるだろうか。自分を殺した化け物と仲良しだったと知ったら、彼女は……レイヴィスに笑顔を振りまいてくれるだろうか。
「ありがとう、哀奈」
レイヴィスは新聞を開く。
「今日は、ダイアウルフ・コロニーか。オラシルの記事はないな。逃げてんのか、アイツ」
「おらしる?」
「んー、私の友達?」
「レイヴィスの友達! いたんだ!」
今なんて言った? 友達がいたのかと驚かなかったか?
どんな風に思われていたのだろうか。一度問いただす必要がありそうだ。
「にしても、“サバイバー”もお盛んだな」
“ダンジョン”ボスは連日のように相手をしていいわけではない。
何組かに分かれて、尚且つ、協力者も大勢いると考えるべきだろう。
〈暗所街〉はやつらの魔の手から逃れている唯一の拠点だ。
正直、哀奈を連れて外に出るのは得策ではない。
しかし、オラシルや他の堕天使、もしくは強力な異形を味方に付けるには〈暗所街〉を出る必要がある。
「マジ、どうすっか………」
「困り事か?」
「うん、“サバイバー”に見つからずに仲間を集めたくて…………ん?」
レイヴィスは足元を見る。
空色のスライムがいた。
「宇宙じゃん。まだ生きてたんだ。スライムの寿命って何年だっけ?」
「エルフほどじゃないけど、短いわけじゃないよ」
「レイヴィスの友達?」
「………まあ、一応」
「ほんとにいた?」
今小声で疑問を口にしなかったか? 後で説教する必要がありそうだ。
レイヴィスは宇宙を見た。
「アンタ〈暗所街〉に住んでたっけ?」
「裏町は神派への当たりがキツくなってきている。早めに逃げようと思ってね」
「宇宙はてっきり天使派だと思ってた。ほら、プロセルの」
「ボクはかつての恩人よりも、今の友人の味方でいたい。昨日、エルフがリッチを連れてると聞いてお人好しのレイヴィスならあり得ると思って探していたんだ」
宇宙は悲しげに揺れる。
やはり、彼なりに葛藤はあったのだろう。
「ありがとう」
「レイヴィスの、友達………」
「マジでお前いい加減にしろ」
「はい」
哀奈は目をキラキラさせて宇宙を見る。
「じゃあ、私も友達ね」
「レイヴィス、この子の名前は?」
「哀奈」
「悲しい、名前だな」
宇宙の小さな呟きは、哀奈には聞こえなかった。
レイヴィスは黙って立ち上がる。
「さて、“サバイバー”に見つからないためにまずは情報収集といきますか」
情報戦で勝てば、怖いものはあまりない。
第二章〈暗所街〉の記憶は第一章の二周目の物語ではなく、一周目の反“サバイバー”勢力視点の物語になります! 結構長くなりそうな予感。




