21話 花鹿
「ここよ」
ボス部屋の入り口らしき場所で、猫又達は一歩下がった。
「私達の役目は終わった。頑張ってね」
私達の役目は、花鹿を元の天使の姿に戻すこと。
つまり倒すことではない。
これは、殺される側としてはとても不利な条件になる。
しかし、プロセル同様、天使に戻せば敵意はなくなるだろうし、“二周目のサバイバー”についての情報も聞き出せるかもしれない。
何より、私が一番知りたいのは、“一周目世界”のことだ。
「花鹿!」
私の声に、耳を動かしてゆっくりと顔を上げた。
白い体毛に覆われ、目はアメジスト色、そして、立派な角にはツタが絡まり見たことのない美しい花を咲かせている。
「ようこそ、子供達」
その声は落ち着いている。
あの、私達を無条件に通した時と同じだ。
「とりあえず聞くけど、人殺しはやめない?」
「ごめんなさい。私とて、やりたくてやるわけではない。ただ、私との戦闘において、必ず死ぬ者はいるのです」
花鹿が構えた。
地面に無数の花が咲く。
「っ!」
状態異常だ。
しかも、皆んなランダムである。
「【リセット】!」
琴音が叫ぶ。
しかし、一部の者には効いていない。そんなことは、今までなかった。
「え? どうして」
「全てのスキルは万能にあらず」
私は焦ってARマシンをつけた。
「【封印】!?」
初めて見る状態異常だ。
「【呪い】の上位互換である【封印】は“二周目”のスキルです。あらゆる“一周目”スキルは万能にあらず。さぁ、どうしますか?」
私達は息を呑む。
やられた。完全に、これは。
「優希! とりあえず、【封印】がかかってる人数を!」
そうだ。
ここに、レタンティオはもういない。
そういう人数管理を、代わりに誰かがしなくてはならない。
ここにいるのが、大体百人弱くらいだが、その内一割は【封印】になっている。
S級冒険者でなっているのは、二人。
小龍と、ブライトだ。
「っ!」
予想通りだ!
「優希さん!」
琴音が叫ぶ。
私は間一髪後ろへ飛ぶ。
反則だ。“二周目スキル”なんて……。
だが、それは花鹿が“二周目のサバイバー”と近い位置にいたことを意味する。
【封印】にかかった者には今のところ変なことは起きていない。
何らかの事象を【封印】する状態異常なのだろうが、それが何かはわからない。
【封印】を解く方法もわからない。
だが、ダンジョンを抜ければ問題ない気もする。
不気味で、恐ろしい。
「さあ、もっと来なさい。子供は恐れてはなりません」
アナスタシアが舌打ちをする。
とりあえず、殴るべきか。
「カナ!」
「わかった!」
私は走り出す。
琴音がそれに合わせた。
「【神秘ノ光】!」
明らかに花鹿が不機嫌そうになった。
まさか、【神秘ノ光】だと【封印】を防げるのか!?
確かに、【神秘ノ光】は状態異常を防ぐ効果がある。なるほど、攻略法が無いわけではないのか!
「【聖剣】!」
「甘いですね、ユーキさん」
「!?」
【聖剣】は確実に命中したはずだ。
現に、花鹿の角の端が折れ、身体にもいくつか傷がついている。
「【回復】」
自己再生ができるのか。
やはり、花鹿は強敵だ。少なくとも、第8層のボスにしては強すぎる。
こうして、私達が手こずっているのだから。
「それにしても、スキルアップすらしていない子供を連れて来るなんて、無駄に死ぬ者が増えるだけですよ」
花鹿が蹄を地面に打ち付ける。
カーーーンという、高くて透き通った音がした。
それが、合図だった。
【封印】が発動した。
☆☆☆
工藤麗華は静かにダンジョンの入り口を見ていた。
「後悔してる? 生き残ったこと」
「少しだけ、どうして生きているのかって考えることがあるわ」
「死んでるよ、君は」
ラスボス、ルシファーは死体の山に腰をかけてスマホをいじりながら言う。
「吸血鬼は魔族分類学的にはアンデットの一種だからね。ゾンビやスケルトンと一緒ってわけ」
だから、一つ。
麗華達には警戒すべき冒険者がいた。
同時に、その人物を殺すことは深く禁じられていた。
「一見、僕らが有利に見えて、この戦いは圧倒的に僕らが不利なんだ。僕らは既に決められたレールの上しか走れない」
麗華は黙ってルシファーの独り言を聞いていた。
「この戦い、もちろん勝者は決まってる」
「そうね。もう、決まってる」
不意に、ひらりと一羽の鳥が舞い降りて来た。
第2層ボス、八咫烏。
太陽の属性スキルを放ち、その的の小ささから冒険者達を苦戦させた。
「そろそろ帰るぞ。時間だ」
「はいはい。あーあ、つまんないなぁ」
麗華もルシファーの後ろを歩き出した。
「残念だね、また人が死ぬよ?」
「そういう、決まりだから」
“仕切り屋”には逆らえない。
あの日から、彼はいつだって“本物”だから。
☆☆☆
盗賊のテレサは、今時の服装で街に溶け込んでいた。
今、この世のS級冒険者は“Japan008”の攻略に駆り出されている。
「ねぇ、オジサン」
キッチンカーでホットドッグを売っていた男性に、テレサは声をかけた。
金は持っていない。
「どうした?」
テレサは手に持っていた箱を出した。
「これ、預かってくんね?」
「俺はコインロッカーじゃないんだ」
「お礼はするからさぁ」
「悪いな、何度も言うが俺は」
そこまで言うと、テレサはさっと箱の中身を見せた。
男性が凍りつく。
「あ、ぁ」
「これ、最後なんだけどぉ。預かって、くれるよな?」
「あ、ああ。もちろん。それで、礼っていうのは」
「お前だけ、生き残っていいよ?」
「は?」
「んじゃ!」
テレサは走り去った。
男性は怖い顔をして、キッチンカーの冷蔵庫の上に箱を乗せた。
箱の中で、リトルゲッコーは身じろぎをした。
狭くてたまらない。
(さぁて、合図はいつ来る?)
口を僅かに開けた。
冷蔵庫の上はさすがに暑過ぎる。
「なあ」
店を閉めたのだろうか、男性が声をかけてきた。
「何か……食いたいもんとか、あるか?」
ご機嫌を取るつもりだろうか?
「大丈夫。別に、君を殺そうとか、考えてないから。でも、もしくれるなら、君のホットドッグちょうだい? きっと僕が最後のお客さんだよ?」
男性は無言に箱の中に、ホットドッグを入れた。
「美味いか?」
「もちろん」
「ははっ。化け物にも、美味いとか、そういうの、あるんだな」
「馬鹿にするなよ。化け物だって、生きてんだぞ」
リトルゲッコーは合図を感じ取った。
「ふははっ。さあて、オジサン、出て行って?」
「あ、ああ」
男性が出るのを確認すると、リトルゲッコーは箱を出た。
「【傀儡人形】」
キッチンカーが、動き出す。
そして。
その周辺一帯を呑み込んだ。
男性は誰もいなくなった街中を見た。
人も、生き物も、全て消えた。
「あ、オジサン。生き残れたー?」
「な、何をした!?」
テレサの隣には、フランソワもいた。
「【封印】を強くするために必要なんだよ」
【封印】は時間制限がある。
しかも、かなり短い。
というのも、【封印】はスキルの使用やバフ、回復を禁止する状態異常のことである。
そんな強い状態がずっと続くのは、不可能だ。
それを解決するために考えられたスキルが、リトルゲッコーの【生贄】。
何らかの供物を送ることで、スキルの〈上限解放〉を可能にする。
「これで、ただの人間の出来上がり。あとは、調理するだけさ」
テレサはクスクスと笑う。
「ただ、困ったことに【生贄】にはかなり大きめの“価値のあるもの”が必要でね。キッチンカーって高価だし、ギリギリライン超えてると思ってさぁー。協力ありがとね」
男性は震える。
大量に人を殺してしまったという罪悪感に。
「それじゃ、君は元気に生きるんだよ。せっかく、生き残れたんだからさぁ」
その瞳がかすかに揺れたことに、男性は気づかなかった。
最凶の状態異常【封印】を突破できるのか!?




