2話 S級認定と弟子
私はポストに入っていた政府からの封筒に頬がピクピクと痙攣しているのを感じていた。
リヴァドラムはそんな不穏な空気を感じてか、ソファの裏から不安そうに私を見ている。
『工藤優希様
この度、貴女様をS級冒険者として認定致します。
政府からの要請は参加の義務を負います。
また、全てのダンジョンに入ることが可能です。
積極的なダンジョン攻略を期待しております』
グシャリと紙を握り潰した。
「ふざけんな! 勝手に任命しておいて、クエスト絶対参加とか! 国ごと滅ぼしてやるぅ!!」
「キュァァアア!!!」
リヴァドラムが目を輝かせて私の隣に来た。
戦争の気配を感じ取ったらしい。この戦闘狂め。
「冗談よ。文句は言うけど、十二勇者がS級認定されるのなんて、時間の問題だとは思ったから」
ただ、勝手にしてくるとは思わなかった。
とりあえず、今は朝だ。
朝ごはんを食べて、大学に行って帰ってから考えても遅くはないはず(どう考えても遅い)。
「今日は納豆ご飯でいいー?」
「キュ………」
その「サボるの?」みたいな顔やめて欲しい。
楽だし、美味しいし、いいじゃん。
ご飯をついで、納豆をかけてカットした小ネギを適当にかける。ほら、手抜きご飯。
「はい」
「キュー」
リヴァドラムは手を合わせて「いただきます」をする。
良い子だな、ホントどっかの飼い主とは大違い。
「美味しい?」
無言でコクコクと頷くリヴァドラム。
癒し。
大学ではいつものように、響木の二つ隣の席に座る。
「来ましたか?」
「はい、これ」
私はグシャグシャにされた認定書を響木に見せる。
響木は頬を引き攣らせて私を見た。
「これを…………これを?」
「勝手に任命してクエスト参加の義務を負わされた私の身にもなって欲しいわね」
「…………………」
響木はため息をついて、自分の隣の席を見た。
「座ったら?」
「どういう風の吹き回し?」
「また一緒に戦うから、仲直りしませんか」
耳を真っ赤にして言う響木に、私はため息をついて、席を一つ隣に映す。
「喧嘩してたわけじゃないでしょ」
「そうですけど」
私は周りを一瞥する。
講堂の視線全てが、私と響木に集まっていた。
「この認定書、政府が見たらなんて言うか」
「ふん。…………クエストが発生しないことを祈るわ」
「俺も祈ってよう………国が無くなりそうで怖い」
誰に向かって言ってんだよ、コイツ。
政府の味方かお前は。やっぱり仲良くなれないわね。
仲直りをしたまではよかった。
まさか、お昼も一緒になるとは。
「カフェでバイトなんかしてるんですか? ここの学生は皆んなダンジョンで稼いでますよ」
頼んだ学食をロボットが運んで来た。
「今はこういうのがあるんだから、バイトなんかしなくていいでしょ。武器なら冒険者ギルドで安く買えるし」
私は野菜パスタを口に運びながら言い返す。
「あのねぇ、人の生き様に文句言わないでよね」
「いやいやいや。優希の生き様は文句も言いたくなるって」
このクソ弟子はぁ!
「それに、ダンジョン攻略の報酬金は? まだありますよね? それこそ、バイトなんかしなくても」
「全部親の葬式やら借金やらに使ったわよ。おぼっちゃまと一緒にしないで」
響木が申し訳なさそうな顔をする。
「気にしないで。別に、あんな頭の固い貧乏人がいたって良いことなんにもないし」
「でも、あの時………」
「なによ?」
響木は口をつぐんだ。賢い。それが賢明だ。
私の両親は私が“英雄”になってから変わってしまった。それまでは貧乏だったけど、健気に頑張って生きて来た。
けれど、私の金があるからと借金をして高い酒を飲んだり、ギャンブルをしたり。
リヴァドラムのことは隠していて本当によかった。
見つかっていたら、売り飛ばされていたかもしれない。
「そのミートソースも美味しそうね」
「…………そっちのもくださいよ」
お互いにお昼ご飯のパスタを交換する。
うーん。今度からこっちを頼もうかな?
「なかなか美味しいですね。でも………」
響木が言いかけてやめた。
「でも?」
「いや………なんでもないす」
私はその日、響木が何を言おうとしたのか気になって昼寝ができなかった。
「ただいまー」
「キュー」
リヴァドラムが抱きついて来る。
「どうしたの?」
「キュイ」
リヴァドラムは珍しくニュースを観ていたらしい。いつもはアニメとかドラマとか観てるんだけど。
『今週の日曜日に、政府はクエストを行うと発表しました。参加資格はB級冒険者以上で、S級冒険者は絶対参加となっており、ライバーの配信を楽しみにするコメントがSNSで多く見られました。
また、新たに認定されたS級冒険者も参加するとのことで、世界各国からも関心が集まっています』
女性アナウンサーがそう言った後、コメンテイターが慣れたように続けた。
『いやー、やっとって感じですよね! 世界各国ではすでに“十二勇者”を発表してるわけですから。最後の一人ともなると、やっぱり強そうですよね』
『ですけど、林田さん。弱いから今までダンジョンに参加していなかったという意見の方が多いですよ』
『本当!? でも、実力ないと生き残れないダンジョンだったんでしょう?』
『運も実力のうちですよ。未だに政府が名前を公表してないのが答えでしょ』
『確かに、12人目に関してはスキルやメインウェポン、職業も不明ですからね〜』
「好き勝手言いやがって………」
「キュー」
私は覚悟を決めた。
今回のクエスト、MVPを取ってやる、と。
馬鹿にされるなんて、私の平穏な日常が崩れ去るに決まっている。これ以上、侵されてたまるか。
『……………でも、噂じゃ一番強いらしいですよね〜』
『そうなんですか、マサヤさん』
テロップに、〈A級冒険者マサヤ〉と名前が出る。
『レオ・グリフィンとかアナスタシア・バーベリ、夏美雨なんかは最後の一人について、「一番武器を持たせたら駄目な奴だ」と発言してるんですよね〜』
確かに言われたことあるよ?
「お前が武器持つと周りに当たりそうで怖いから」って言われたことあるけどさぁ。
『それ、武器が使えないって可能性ないの?』
武器が使えないわけじゃないよ?
ただ、私が持つと周りが危ないだけだし。
『あり得るとは思いますけど、つまりその人はダンジョン攻略で武器を使っていないっていう裏返しなんですよ』
『なるほどぉ!』
盛り上がってきたな。
『つまり、スキルは超能力系である可能性が高いんですね?』
『私の考察ではそうなっています』
おお! 大正解です!
確かに、超能力系“も”持ってますよ?
『じゃあ、今後の展開が楽しみですねぇ。今年は冒険者達が闘う世界大会が開催されるそうですし、やっぱり見どころありますよね〜』
『そうですね、十二勇者の闘いは皆んな観たいと思いますよ』
嫌だなぁ〜。
棄権したいなぁ〜。
『ところで、クエストって何をするんですか?』
『攻略が滞っているダンジョンの探索ですね。どうやら、ボス部屋を見つけたそうなんですが、挑戦した冒険者が帰って来ないそうなんですよ』
マサヤが真面目な顔になって言う。
あ、察した。
『それで、S級冒険者の力を借りると。日本には十二勇者が二人もいますからねぇ〜』
『腕の見せ所ですね!』
私は耐えきれなくなって響木に電話をかけた。
『もしもし?』
「響木? 私だけど」
『優希? ニュースで散々言われてネットにもトレンド入りしたからビビってる?』
「トレンド入りしたの!?」
私はアプリを開く。
《最後の一人休みそうw》《ハードル上げられすぎw》
《私だったらお腹痛いって言うわ》《同情しかせん》
などのコメントの他、
《ただの弱虫が生き残っただけだろ》
《十二勇者が超能力系スキルとか一周回って普通すぎる》
《出てこないんじゃない? 一生》
《絶対もやしみたいなメガネのオタク出てくるw》
《ワンチャンデブス来る》
等々。
「よし、全員56ス」
『ま、待ってくれ。俺が困る』
響木がため息をついたのがわかった。
『それで、俺が一番気になるのはリヴァドラムのこと』
「もちろん連れて行くわよ。ハードル上がってるし」
オーバーキルしてやりたい。
最後の一人の威厳を見せつけてやりますとも。
「とりあえず、いつもの武器欲しい」
『だが断る』
「はぁ?」
響木は申し訳なさそうに続けた。
『今の上位冒険者はタンクか近接武器が圧倒的に多いんです。優希がいつものを使うと俺の出番が無くなるので、遠距離でもいいですか? 弓とか、弓とか、弓とか』
弓しか使わせる気ないじゃん。
確かに、上位の冒険者に弓を使う人はいない。数少ない遠距離タイプも基本的に銃を使っている。
それから、出番の前に“俺の”が入っていたことは黙っていてあげよう。
「了解? じゃあ、良いやつ用意しておいてね」
『もちろんですよ、師匠』
響木はわざとさしくそう言って電話を切った。