19話 激動
今朝から周りの視線が恐ろしい。
先日のテレビ局ダンジョン化事件にて、謎の犯行グループにより四名ものS級冒険者が死去。残るは八名となり、世間ではいつかいなくなるのではないかと言われている。
“二周目のサバイバー”の存在は伏せられているが、いつ流れるかわからない。
そして、何より彼らの不信感を煽っているのは、死んだ四名以外のS級冒険者は無傷だったということ。
もう、どうしよう。
「困り事ですか」
「響木」
私はため息をついた。
「さすがに、ね。各国に遺体は運ばれたけど、一番キツいのはS級を亡くした国よね」
「確かに、今までデカい顔をしてましたからね」
アメリカ、イタリア、南アメリカの三カ国は沈黙。特に、大国アメリカは明らかに機嫌を損ねており日本の対応も注目されている。
これから不仲になったらさすがに胃が痛い。
逆に、未だに二名のS級を有する日本、中国、イタリアはかなり国際的に有利になったらしく、中国当局なんかは盛り上がっているらしい。
「でも、“Japan008”で、また」
「ですね。俺達のうちどっちかが死ぬ可能性だってあるし」
私は俯く。完全に油断していた。まさか、用済みだからと身内を切ってくるとは。とんでもない野郎だ、“二周目のサバイバー”っていうのは。
「とにかく、今は他人を相手にする時間はありませんから」
「そうね」
周りの目は気にするだけ無駄だと言う響木の言葉に少し楽になる。
授業が終わり、私達が席を立とうとすると教授が変な人を連れて来た。
よく見たら政府の攻略庁冒険者管理課、糸部咲撫だ。
「やーやーやー、初めまして、響木奏さん。それから、お久しぶりです、工藤優希さん」
響木は顔を顰めた。
「何の用でしょうか」
「いい加減教えてくれませんか、スキル」
「話にならない。その必要がどこにある」
「今回のダンジョン化。政府はあなた方を疑ってるんですよ」
糸部はそう小声で言うと笑った。
「どうしてでしょうね?」
私達のスキルが未知数だから、そういうスキルがあってもおかしくないと考えているのだろう。
「残念ながら、俺達は知らないな」
「ほう」
響木はそれでも相手にしなかった。
「疑いたければ勝手にしろ。ただし、下手に動くと俺達の首輪は外れるからな」
「ご忠告ありがとう。私も同じ考えなんですよ、実は」
私は糸部を見た。確かに、その表情はあまり明るくない。どうやら、本当らしい。
「ホント、君達は仲間が殺されて大変だっていうのにね」
私と響木は顔を見合わせる。
「仕方ないな。そろそろ潮時だろう」
「そうね……」
応接室にて、私達は向かい合って座っていた。
頭を抱える糸部は、苦労人のようだ。
「まずは、工藤さん。スキルは七つ。【聖剣】【念動力】【威圧】【透明】【錬金術】【カスタム】【雨のち晴れ】」
「そっす」
「それから、響木さん。スキルは五つ。【アイテムボックス】【転移】【スラッシュ】【ラストヒット】」
「はい」
糸部は私を見るとダムが崩壊したように話し出した。
「何ですか、このスキル! 【聖剣】とよくわからないスキル以外全部B級以下のスキルですよ!」
「そのよくわからないスキルなんですけど」
【雨のち晴れ】は大ダメージを受けると高確率で、自己回復が起き、ステータスが一時的に倍化するというものだ。
また、戦闘継続による蓄積ダメージでも低確率ながら発動する。
まさかに暗雲を晴らす素晴らしいスキルなのだ。
「ユニークスキルですか……」
「まあね」
今度は響木を見た。
やはり響木のスキルで目立つのは、ユニークスキル【ラストヒット】。
これは、体力が元の十二分の一に減少したモンスターを一撃で倒せるというスキル。
序盤は活躍しないが、後半の強い敵やボスにはとても強い。これは、響木だからこそのスキルだ。
他のスキルも珍しいが、やはり【アイテムボックス】が強い。
「確かに、ユニークも凄いですけど、【カスタム】はレアスキルですよ」
【カスタム】は武器やスキルをある程度いじることができる。例えば、私に何か代償を支払えば、響木の【アイテムボックス】の容量を増やすことができる。
あとは、マスケットの銃弾の数や射撃速度や距離を上げることができる。
ただし、成功と失敗があって失敗すると代償は無駄になる。そして、しばらくは【カスタム】できなくなるのだ。
「こんな感じですかね」
「すごいですね。こんな雑魚スキルでよく生き残れたな」
私は口を閉ざした。
もちろん、スキルアップのおかげもあるだろが、プロセルの言っていたことが本当なら全ての“ダンジョン”ボスは“二周目のサバイバー”とグルだったというこだ。
それは、つまり意図的に生き残ったということ。
決して、私が強いからではない。
「あの、糸部さん」
「ん?」
「これから、S級冒険者ってどうなるんですか」
“Japan008”の攻略に、各国は注目している。
間違いなく、あそこには花鹿がいる。
普通の人間が勝てるわけないのだが。
「政府から頼れる冒険者を何名か送ります。それから、皆さんが信用する冒険者も何名が呼んでいるんでしょう?」
そうだ。
皆んな、自国の強い冒険者を呼んだ。
その対応に反対するものも当然だが、ある。
ロシアと中国は特に慎重だ。
数名しか派遣しないつもりらしい。
私が呼んだのは、琴音である。
贔屓とかではないが、花鹿の繰り出す状態異常やデバフは琴音の【リセット】が有効である。
しかも、今回は麗華が参加しない。
皆んな警戒しているのだ。
私は廊下を歩く。
外は暗く、早く帰らないと危ない。
「あ、いたいた」
小さい声だが、妙に澄んでいた。
私は隣を見る。
人が立っていると思った。
しかし、そこにいたのは、身体中に目があるヤモリだ。
猫ほどの大きさのソレは、壁に貼り付いており、目をギョロギョロと動かしている。
「リトルゲッコー………」
“ダンジョン”第12層ボス、リトルゲッコー。
初めて現れた【呪い】をかけるモンスターだった。
多くのものが、呪いに苦しみ死んだ。
雑魚だと思われていた麗華が活躍した階層でもある。
あの時に、改めてサポート職の大切を私達は学んだ。
「はいはい、リトルゲッコーさんです。よかったー」
敵意はない。
あの時は、あんなにも恐ろしかったのに。こんなに、小さかっただろうか。
「にしても、デッカくなったなー。お兄さん嬉しいよ」
でも、恐怖で足は動かない。
「今日はね、コトヅテを頼まれたんだ」
「こと、づて?」
「うん。“Japan008”にいる花鹿さんからね」
私は必死に頭を回転させる。
やはり、コイツらはグルなのか?
「アンタとも、戦うの?」
「まさかぁ! ボクはただのパシリっていうの? 君たちとは敵対しないよ。味方でもないけど」
私は何も言わない。
何も言えない。
「そんで、話っていうのは」
リトルゲッコーはもったいぶって言った。
「S級、二人殺すから気をつけてね」
「なっ!?」
私の頭が真っ白になったうちに、リトルゲッコーは消えていなくなっていた。
“ダンジョン”攻略から六年。
私達の運命は、激しく動き出した。




