18話 儚い願いは叶わない
「フラン」
フランソワはすうっと視線を上げた。
血に濡れた仲間達が転がっている。生きている者はごく僅かで、そんな仲間も目からは輝きを失い、惰性的に“ダンジョン”を攻略していた。
「お兄ちゃん……」
フランソワは隣に寝転がる兄を見た。
そんな兄は血の混じった泡を吐きながら、フランソワを見つめた。
「俺は後で追いつくから、先に進め」
足音が近づいて来る。
“仕切り屋”が来て、無慈悲に兄を見つめた。“仕切り屋”は仲間の一人が死んでから人が変わってしまった。
“サバイバー”達を恐怖で支配し、“ダンジョン”を是が非でもクリアしようとしていた。“ダンジョン”を攻略すれば、願いが叶うとでも思っているのだろうか。
「いいんだな、ルシアーノ」
「構わない」
「やめて! お兄ちゃんを置いて行かないで!」
“仕切り屋”はギロリとフランソワを見た。その冷めた瞳に背筋が凍るようだった。
「フランを、頼めるか?」
「ああ」
“仕切り屋”は仲間達に合図した。
フランは引きずられるようにして“仕切り屋”に連れて行かれる。
安心したようにフランソワを見て、目を閉じた兄の姿が、今でも目に焼き付いている。
それが、最後の記憶。
“仕切り屋”は第59層ボス、反転竜との交戦で何かを諦めたように“ダンジョン”を引き返す決断をした。
さすがの“サバイバー”達もその決断に納得がいかなかった。特に、姉を失った麗華は強く反対した。
「馬鹿言わないで! 何のために、皆んなが犠牲になったと思っているの?」
「馬鹿はお前だ、麗華」
「言い過ぎだよ“仕切り屋”」
盗賊のテレサが呟いた。彼は“仕切り屋”の一番の味方だった。しかし、そんなテレサも不満気だ。
「あと少しなんだ。それなのに」
「あと少しだ。だから、ボスだけ見て帰るぞ」
「は?」
“仕切り屋”は無言でこちらを見下ろす反転竜を見つめた。
「この“ダンジョン”は周回するべきなんだ」
周回。
ゲームなどてよくある。失敗を繰り返すことで最適解を見つけ、効率的にゲームを攻略するための技術の一つだ。
しかし、そんな都合の良いことが、現実世界でできるわけがない。
「俺の【ループ】と反転竜の【反転】があれば、可能だ」
「もしかして、時間ごと?」
「ああ。記憶も、スキルも、お前たちには継承してもらう」
「嫌だ!」
ラビットが叫んだ。
「ねぇ、皆んな」
ラビットは一人ずつ仲間達を見回す。その瞳は恐怖に見開かれていた。
「もう一回、この“ダンジョン”を攻略したいって思う? 何度も、あんなボスに挑戦したいって、思う?」
皆んな黙った。
「挑戦するのは、お前たちじゃない」
“仕切り屋”は口を開いた。
皆んなの瞳が安堵と疑問に染まる。
「思わないか? アイツのスキルだったら、アイツがいればって」
「思うよ。例えば、第46層のロビン・フッドの亡霊は、アナスタシアの【狙撃】があれば、楽に倒せた。遠距離は後半は必ず必要になる。けど、遠距離は前半で全滅しちまった」
テレサは頷く。
「お前たちは、必要に応じて“役割”をこなしてもらう」
「つまり、死ねと?」
麗華が苛立った声で言う。
「“一周目”で生き残れたんだ。死者とも再会させてやる。生き残りたいやつは申し出ろ。別の役割を与える」
手を挙げたのは、フランソワとテレサだけだった。
“仕切り屋”は予想できていたらしく、満足そうに頷いた。
「ボスを見て、どうやって帰るの?」
ようやく、今まで無言だった反転竜が口を開いた。
「ボスを倒さずに最下層にある仕掛けを作動させると、世界が滅亡に近づく。それを使う」
「何?」
「やり直すのだから、問題はない。後はギリギリまで準備する。そして、私と坊やがスキルを使う」
フランソワは“仕切り屋”を見た。
「お兄ちゃんは、生き残れる?」
「無理だ。だが、もつ一回会える」
「ううん。必要ない」
“仕切り屋”は驚いたように、フランソワを見た。
「お兄ちゃんに二度も別れを与えたくない」
「そうか」
テレサはフランソワの肩に手を置く。
「オレがついてる」
「ありがとう」
兄に会いたいなんて、傲慢な考えだ。
兄を見殺しにして、自分だけ生き残りたいなんて考えた自分に、もう一度、兄に会う資格などない。
☆☆☆
「なあ、ルヴェンヌって、ルシアーノの……」
レオが呟いた。
フランソワは目を細める。
「兄の名を、覚えてくれていたのね」
「兄? ふざけるな! ルシアーノは一人っ子だぞ!」
ブライトが叫んだ。
「ふふふ。“一周目”を知らないから、そんな生意気なことが言えるの。そうでしょう?」
フランソワが誰に問いかけたのか、わからなかった。
だが、一つだけわかる。この中に“二周目のサバイバー”はいる。
「あ、いたいた」
ルヴが戻って来た。返り血で染まった服を嫌そうに見て、手に持っていた人の首を冒険者達に投げた。
冒険者達には、頭が突然向かって来たようにしか見えないだろうが。
「これ、TV局の一番偉い人じゃ」
「殺っといた」
「そう、では任務は果たせたのね」
「うん。面倒な冒険者もたくさん殺せたしね」
カナの死霊がルヴに向かって行く。
「逃すとでも?」
「逃げられないと?」
フランソワは何かに合図を送った。
現れたのは、一匹の犬だ。脚が六本、目は四つ。ドッペルゲンガー、と呼ばれている。
「フラン!」
「麗華、お前……」
麗華は顔を背けた。ドッペルゲンガーは低い唸り声を上げて冒険者達を威嚇する。
「フラン、逃げて」
「言われなくても。行くわよ、ルヴ」
ブライトは麗華を見た。
「お前は、そっち側か」
「最初から、ね」
麗華は頷く。
吸血王の犠牲になったのも、全てあの“仕切り屋”の命令だ。まさか、生き残れるとは思わなかったが。
「悪いけど、ここを通すわけにはいかないの。皆んなのことは大好きだけど、約束したから」
「この後に及んでまだそんなことが言えるのか裏切り者!」
ブライトは飛び出した。カナの死霊も麗華の喉元へ向かう。
レオは咄嗟に「やめろ」と叫んだ。他の冒険者は動かない。
「ごめん。私は、ただ、お姉ちゃんに生きてて、ほしくて」
ブライトの動きが止まった。カナも目を見開いている。
「ごめんなさい。誰が………誰が好きで、仲間を騙すっていうのよ……」
レオが麗華の前に行き、跪く。そして、ハンカチを差し出した。
「俺は、お前の見た世界は知らない」
レオはラビットのことを思い出す。
“ダンジョン”をクリアするために、犠牲者を最小限にするために、命を捨てた正体もわからない“一周目のサバイバー”達を想った。
本当に、そうだ。失念していた。
彼らにとって、自分達はやり直してでも取り返したいものだったはずだ。
“二周目のサバイバー”に言われて、可能性に縋ってしまった、ただの人間なのだ。
仲間の為に、自分を騙して、仲間を騙して、ずっと苦しんで。そして、自らを犠牲にして。自分にまで、嘘をついて。あのフランソワという女だってそうかもしれない。
ラビットと麗華も、そうかもしれない。
『もう一度、やり直したい』
そんな願いは絶対に叶わない。
それでも、“二周目のサバイバー”は掴み取って、“一周目のサバイバー”達に託して、託されたはずだ。
自分達は死ぬ。その後のことは任せた。
どんなやり取りがあったのかなんてわからない。
けれど、麗華は託したものをもう一度返された。生きているのなら、何度でも、役に立てと。
「どんな酷い世界でも、お前達は、生きてきたんだろう。その先に、光があるって信じて」
「私は、勘違いしてた。向かった先は天国だって。だけど、クリアのために、皆んな死んでいって私の番になって。私は、中途半端に生き残って」
カナは躊躇い、そして踏み出した。
「教えて、“二周目のサバイバー”は誰?」
麗華は首を横に振った。
「ごめんなさい。それだけは、言えない」
☆☆☆
私とアナスタシアは動かなかった。
無造作にフェンリルが立ち上がって走り去ったのだ。
手加減されていた。
殺意もなく、ただの足止めだった。
「待って!!」
フェンリルは一瞬だけ立ち止まる。
「俺はお前が好きではない、工藤優希」
リヴァドラムが唸る。
「我が主と敵対する奴は、俺が全員喰い殺す」
フェンリルはそれだけ言い残すと走り去って行った。
S級冒険者が何人死んだのか、今の私にはわからない。けれど、これだけは言える。
“Japan008”攻略は間違いなく、苦戦する。




