17話 テレビ局ダンジョン化事件
「よしっと。ここでいーね?」
亜人ルヴの声にフランソワは頷いた。隣にいるリリスカルラと狼のガルワルも問題なさそうだ。
「明日、アイツはここに来るからね。その時に、やる」
「問題ない。俺が主導するから、フランソワとリリスカルラは引っ込んでな」
「出て行くの不味いですしね」
「おっけー、二人とも気をつけてね」
防犯カメラには、そんな怪しい四人の姿は映っていなかった。
☆☆☆
私は伸びをして、立ち上がった。
隣の響木がスマホをいじりながら私に声をかける。
「この後の正午の情報バラエティ番組にフィリップとリージェットとアーノが出るみたいですよ」
「本当? お昼ご飯の時に観ましょう」
私はわくわくする。
あの三人は、私達の見ていないところでどんなことを言うのだろう。さすがに外面になるよな。なるよね? 不安になってきた。私が出るわけじゃないのに。
お昼は味噌豚定食である。
響木は生姜焼き定食。どっちも美味そう。
『こんにちは! リージェットですっ!』
リージェットは得意の陽キャっぷりを発揮して出演者との仲を深めている。対して、まとめ役のフィリップと慎重派のアーノは普通だ。
「意外と普通だな」
「そうね」
この前のA5和牛討伐配信についても『誘われたけどー、やっぱアキバっすわ』とか言ってるし。『あの三人はグルメだから』とか言ってる。
他にも、“Japan001”の再攻略についても話している。途中で配信切れたからな。
もちろん、“二周目のサバイバー”についても触れていた。
「でも、“二周目のサバイバー”って本当に誰なんだろう」
「さあな。疑心暗鬼になるのはよした方がいい」
響木はそう言うと、生姜焼きを一口食べた。
「うまいな」
「あ、やっぱり?」
その時、画面が消えた。
私達は首を傾げる。直後。
『臨時のニュースです。SUNTV本社が新たなダンジョンとなったと、発表がありました。
局内にいる人達の安否は不明で、国内にいるS級冒険者は直ちに現場へと向かって下さい』
私は味噌豚定食を睨む。
「おい、さすがにやめろ」
周りの視線がこちらに集まり出す。
「響木ー!」
「了解! 【転移】!」
とりあえず、帰宅してリヴァドラムを連行しますっ!
☆☆☆
新たに、“Japan166”と名付けられたダンジョンで、ルヴはクスクスと笑いながら廊下を歩いていた。
隣を歩くフランソワはそんなルヴを嫌そうに見つめた。
「ちょっとルヴ」
そう言いかけて、やめる。
原因は廊下の角から現れた一団だ。S級冒険者と、社員が複数名。
「安心してください! 僕らが付いてますから!」
「リージェット」
リージェットはフランソワの方を向いて目を丸くする。
フランソワは舌打ちをして、腰の剣を抜いた。細剣である。
「アーノ! 敵襲!」
黒い影がフランソワに襲いかかる。
「おっとぉ、僕が相手だよ?」
アーノの首にルヴの【斬撃】がヒットした。アーノが無造作に横たわる。
いくらS級冒険者とはいえ、一度認識しないと見ることすらできない亜人には勝てない。
「アーノ?」
「さて、目的の人間はどこにいるかな? ……てか、せっかくのS級冒険者、殺して良かったの?」
「ええ。必要なのは、ここにはいません」
「じゃ、生きて帰さなくていいんだね!?」
リージェットの瞳が恐怖で震えた。
「【花園】」
ブワッとフランソワを中心に花が咲く。
その花は不気味にツタや根を伸ばして、社員やリージェットに絡みついた。
「ぐあっ!?」
「【獄炎】」
「フィリップか」
花が燃える。しかし、あるものは自分でツタを切り、あるものは仲間のために自らを犠牲にした。倒されたのは、全体の半分にも満たない。
「貴様は、誰だ!?」
「私? 私の名前はフランソワ・ルヴェンヌ。そうねぇ、しいて呼び名を増やすなら“一周目のサバイバー”ってとこかしら」
二人は動きを止める。
「い、一周目!?」
「ふふ、驚いた? もしかして、一周目の“ダンジョン”の生き残りは一人だって考えてた? 残念。生き残りは今と同じ十二人。私は、その内の一人」
「ま、待て。“一周目”の記憶があるということは、れい」
フィリップに有無を言わさず、ルヴが動く。
突然隣で仲間の頭が弾けるのを見たリージェットは完全に態度を改めた。
「話し合いは無理か」
「ええ。全ては“ボス”の思うままに。ルヴ、貴方は先に行きなさい」
「言われなくても、そうするよっ!」
☆☆☆
私達はテレビ局前に到着した。
一、二階にいた社員はどうやら、脱出できたようだ。しかし、中には横たわって動かない人がいる。
他のS級冒険者はすでに到着していた。たまたま近くを観光していたらしい。
「どうして、こんな大きなとこが……」
「ギャルル……」
リヴァドラムが唸り声を上げた。
何かいる!?
「もしかしなくても、バレちゃった?」
狼だ。四本足の、巨大な狼。
「お前が、ラビットを……」
「ラビット? あぁ。違うな。ラビットを殺したのは、ラビット自身さ」
ブライトとレオの表情が険しくなる。
「それにしても、S級冒険者ってのは不憫だなぁ」
狼が一気に加速する。
レタンティオの隣へ。
「レタンティオ!」
「三人目」
レタンティオの体がガクンと落ちた。首が変な方向に曲がっている。
狼はレタンティオを咥えると、ニヤニヤ笑いながらこう呟いた。
「おめでとう、可愛いうさぎちゃん」
私は狼を追いかけようとした。しかし、響木に腕を掴まれる。
「早くしないとレタンティオが!」
「無駄だ。それに、気になることが」
カナも頷いた。
「三人目って言ってた」
全員が建物を見る。アーノ、フィリップ、リージェットのうち、二人が死んでいる。残りの一人は?
「急ぎましょう。手遅れになる前に」
アナスタシアの合図で、全員が建物の中へ足を踏み入れた。
建物の中は静まりかえっていた。むしろ、不気味だ。ダンジョンにモンスターがいないなんてあり得ないのに。
「何が……」
カナが言いかけてやめる。とある方向を指差した。
レタンティオと思わしき人がズタズタに引き裂かれていた。近くには、口から血を垂らしている狼がいる。
「お前……」
「足止めをご所望か?」
「な」
「我々には、もう闘う意志はないぞ?」
レタンティオだけが狙いだったってこと?
「貴様はリージェットとやらを助けに来たんだろう? 早くしないと、ウチのせっかちがぶっ殺すぞ」
「っ!」
響木が走り出した。
カナ、美雨、レオと続く。
私とアナスタシアだけがその場に残った。
「奇遇ね、ジェリー」
「いえいえ、トムなら残るかなって」
「足止めをご所望か?」
「いいえ」
アナスタシアはスナイパーライフルではなく、マスケット銃を取り出した。
「貴方を縛り上げて“二周目のサバイバー”について吐かせます」
「そうか」
狼は尻尾を振った。
姿が変わる。
「!?」
フェンリルだ。ランクはS-。S級冒険者の私達の敵ではないが、レタンティオが一撃だったあたり、特殊個体の可能性もある。
フェンリルの固有スキルは【氷結】【吹雪】。
他にも氷系魔法スキルを多く所有しており、厄介極まりない。正直、レオも欲しかった。
「本当に、面倒な奴らが残った」
フェンリルが呟く。レタンティオの時にはあった明らかな殺意がない。
「俺の名前はガルワル。我が主様がくれた素晴らしい名前だ」
「主っていうのは、“二周目のサバイバー”」
「そうだな。そう呼ぶことも、ある」
私とアナスタシアは頷き合う。
このフェンリル………ガルワルが最大のヒントである。
☆☆☆
奏は足を止めた。
すぐ後ろにいたカナと美雨が不満そうに鼻を鳴らす音が聞こえた。
「どうした、の」
美雨の開いた口が再び閉じられることはなかった。
リージェットが、無数の花の中に埋もれて、死んでいたのだ。彼が連れ回していたであろう社員達も同様だった。
そして、フィリップとアーノの死体も無惨に転がっていた。
その隣には、金髪碧眼の女がいる。
「あら、遅かったわね」
「だ、れ」
「またその質問?」
女は呆れたように言う。
「“一周目のサバイバー”」
「じゃあ、ラビットと同じ!?」
ブライトが叫んだ。
「それじゃ、せいぜい頑張りなさい」
女は微笑う。リージェット達を殺した植物が再び動き始めた。
「ちっ」
「絶対殺す」
カナが死霊を呼び出す。
「さあ、パーティーを始めましょう」




