15話 幕開けか幕間か
響木奏はすうっと目を細めてその光景を目にした。
【反転】をくらったキングスライム、プロセルは美しい天使へと姿を変えた。
そして、その眷属であったスライムは一斉に人間へと戻り、そして…………。
「嘘だろ、すぐに消えちまうのか?」
「当たり前だ」
天使に戻ったプロセルが真面目な、そして不貞腐れたように呟く。
「有るべき場所へ行かなくては」
「お前も、行くのか?」
「はっ。まさか。俺の有るべき場所はアソコではない」
プロセルはとある人物を見て、安心したように微笑んだ。
「俺の願い。やっと叶った」
「良かったな?」
奏は首を傾げる。プロセルの願いとやらが何かは知らないが、もう敵意はないようだ。
ならば、聞くことがある。
「天使様!」
すると、プロセルが会いたかったという人間が近寄って来た。どうやら、シスターらしい。
「申し訳ございません、私のせいで、あんな酷い姿に」
「悪くはなかったさ」
プロセルは穏やかに言う。
「大切なものを知れた。人の心を知れた。何より、また貴女に会えたのだから」
シスターは消えていく己の体を残念そうに見た。
「まだ、一緒にいたいです」
「必要ない。これから先はとても険しい」
プロセルはすうっと目を細める。
「さよなら、俺の愛おしい人」
プロセルは全ての人間を見送ると、元のスライムの姿に戻った。
「な!?」
「戦闘はしない。こちらが落ち着くだけダ」
「は、はぁ」
プロセルは倒れている工藤優希の側へ向かった。
「大丈夫ですか、師匠」
「んむぅ、オムライスが一皿、オムライスが二皿」
「元気そうだな」
「あ、弟子の死体がいーち、にぃー」
「俺と琴音を殺すな」
「むふふ」
「笑うな」
優希はうっすら目を開けて、奏を見て笑った。
「じょーだんよ」
「というか、師匠とか皆んなの出番なかったですね」
「うるさいわね。アンタが何したっていうのよ」
「使えない主人の代わりにリヴァドラムを動かして【反転】させましたけど?」
奏はそう言って近くで二人のやりとりを楽しそうに眺めているプロセルを見た。
聞きたいことは山ほどあるのだ。
☆☆☆
私はキングスライム………プロセルを見た。
聞きたいことが山ほどある。
「いいか、お前ら」
しかし、プロセルの方が一枚上手だった。
「質問は一人につき、一つだけだ。相談はなし、譲渡もなしだ」
「はぁ? せっかく願いを叶えてやったのに!?」
カナが苛立った声で言う。
琴音が肩を震わせ恐る恐るカナの方を見ようとして、やめた。仲良くしてよぉ〜。
「俺は別に質問に答えなくてもいいんだぞ?」
「じゃ、俺から」
レオが素早く手を挙げた。
「狼の知り合いはいないか? 『おめでとう、可愛いうさぎちゃん』とか言いそうな」
「何ですか、そのふざけたセリフは」
響木が言った。
プロセルは考える暇もなく体を横に振った。
「悪いガ、狼の知り合いはいない。しかし、獣人の可能性もあるナ」
「それは、モンスター?」
「質問は一つまでだ」
レオは舌打ちをした。その狼と“二周目のサバイバー”にはなんらかの繋がりがあるのだろうか。
「はい」
リージェットが手を挙げた。
「その獣人ってどこにいんの?」
「裏町だ」
プロセルは必要最低限のことしか言わない。どうにかして、情報を聞き出さなくてはいけないのに。
次に手を挙げたのは、フィリップだ。
「その裏町の位置を教えてくれ」
「フン。悪いがその質問には答えられないナ。“二周目のサバイバー”との約束なんダ。代わりにそいつにでも聞いたらどうだ?」
プロセルが見たのは、麗華だった。
麗華は険しい顔でプロセルを睨むと、集まった視線の先を順番に見つめ返した。
まさか、麗華が“二周目のサバイバー”?
「教えるとでも?」
「貴様ッ!!」
アーノが麗華に掴みかかる。
「貴様が、“二周目のサバイバー”なのか!?」
「さあ?」
麗華の瞳が微かに揺れて、プロセルを見つめた。
「私からもいい?」
「もちろんダ」
「フランは、裏町にいるの?」
フラン? 誰のことだろう?
「わからないな。奴のことだから、ルヴと一緒だろうが」
「ルヴと………。ありがとう」
間違いない。麗華は“二周目のサバイバー”だ。
裏町について、知っていて、確かザザバラや復活したプロセルについても何か知っている様子だった。
サポート型の冒険者だったのだから、【ループ】を持っていてもおかしくない。
「キュイ」
「ん?」
リヴァドラムは首を横に振った。まるで、間違いを正すように。まるで、麗華ではないと伝えるかのように。
「俺からもいいか?」
響木が口を開いた。
皆んなが麗華のことでピリピリしているのに、何故か落ち着いている。
「リヴァドラムの親はどこにいるんだ?」
第59層ボス、反転竜のことだろう。
確かに、奴が復活したらかなりヤバい。けれど、「復活するのか」ではなく、「どこにいるのか」と聞くのはおかしい。
だって、反転竜は私が倒したのだから。
「アレのことは俺にもわからん。だが、奴もフランソワとルヴと一緒だと信じたいナ」
「え? あの三人が? 嫌な予感しかしない……」
麗華がぞっとしたように呟いた。
私の知らないことを知っている。麗華はもう、隠す気もないみたいだ。
ようやく私の番になった。
皆んな各々気になることを尋ねてはプロセルに上手いようにかわされた。
私は、どんな質問をしたら………。
「プロセル。“二周目のサバイバー”はどうしてやり直そうとしたの?」
「…………………」
プロセルの重い沈黙が、しばらくの間、空間を支配した。
「リリスカルラは言っていた。“二周目のサバイバー”は取り戻したい者と、復讐したい者がいるのだと」
「?」
「一人は、お前。もう一人は」
プロセルが見たのは、天井。否、空。
「神だ」
☆☆☆
「ルヴ、早く進んでよ」
「うるさいな、フラン。貴様も進まないではないか」
「だってぇ、怖いしぃ?」
金髪碧眼の美女の言動を憐れむように、周りの人間は通り過ぎていく。
時折、奇怪な者を見る目で見つめる子供がいた。
「ルヴ、早く早く」
「ちっ。これだから、小娘は」
「は?」
「な、何でもないさ」
ルヴは尻尾を大きく振る。
獣耳と、尻尾を持つ亜人と呼ばれる被差別種族である。
人間には見えないらしく、裏町でその存在を認識した者だけが、亜人を見られる。
「待って」
そんな二人に声をかける人物がいた。
黒髪に巫女服を着た少女だ。
「リリスカルラ。どこに行ってたんだ?」
「コンビニで新作アイスを」
「私達の分もあるのよね?」
「一人分しかお金がなくてね」
「「ちっ」」
「仲良いわね」
リリスカルラはアイスを一口食べる。目を細めてから、狭い路地でコソコソしていた二人に言った。
「プロセルが解放されたわ」
「そう」
「じゃ、僕らも急がないとね」
「そうそう」
「ガルワルと合流して、そこそこ大きな騒動を起こすって作戦、やらないとね」
「そうそうそう」
リリスカルラは首を傾げた。
そんな作戦はなかったはずだ。
「知らないの?」
フランソワが呟いた。
リリスカルラは頷いた。アイスをもう一口食べる。
「“ボス”からの命令なんだ。騒ぎを起こして…………を排除しろってさ」
「ソイツが、悪者ってこと?」
「ええ。確か、“前の世界”では天使十字軍なんて名乗ってドンチャンやってたはずよ」
「あー、アイツね」
リリスカルラは納得したように頷く。
“前の世界”で苦労して排除した人物が生き残っているのはかなり痛手だ。
そんな面倒事の解決のために、フランソワやルヴなど裏町出身ではない者も【ループ】と【反転】の効果から一部除外して歴史を共有している。
“二周目のサバイバー”は全てを見越している……わけではない。故に、手当たり次第に“前の世界”で面倒だった人物を殺そうとしている。
「歪んだ愛に付き合わされる僕らって優しいよね」
「そう? 私は復讐の良い機会をくれた“ボス”には感謝しかないけど」
「少年は、優しいよ」
リリスカルラは溶けたアイスをゴミ箱に捨てる。
「優しい者は、いつだって損をするもんだ」




