13話 ハイジャックと狼少年
「まさか、日本に行けるなんて……」
「アキバには行けないと思うぞ」
隣の席に座り窓の外を眺めている同僚に向かって、レオ・グリフィンは呟いた。
同僚の、カナ・ブラックはふんと鼻を鳴らした。
「あたしだって、本気で行けるとは考えてない」
「だろうな」
レオはため息をつく。
どうも同じ国の、同じ年代なのに仲良くなれない。工藤優希という、共通の友人を持っているのにも関わらず、だ。
「それより、機内食って美味いの?」
「君は飛行機は初めて?」
「国際線は。国内線にしか乗ったことないからな」
カナは納得したように、そして馬鹿にしたように頷いた。貧乏人が嫌いというわけではないので、おそらく、レオ本人を馬鹿にしている。
「どうしてこんな奴の隣なんだよ」
「こっちのセリフ。そのままアンタだけ宇宙に行きなさいよね」
「ひでぇ」
レオは仕方なく、備え付けのテレビを見る。
「おい、日本アニメもあるぞ」
「ふーん、一緒に観てあげてもいいけど」
アニメの時だけは仲良くなる二人である。カナの上から目線な態度は変わらないが。
レオはふうっとため息をついて、リモコンを取ろうとした。
その時、大声と悲鳴が聞こえた。
「騒ぐな! 俺達はハイジャック犯だ! 無事に解放して欲しいなら、金と貴重品をまず寄越せ!」
レオは真顔で隣のカナを見る。
カナは無言で、レオからリモコンを奪うと電源をつけた。
『こちら、成田国際空港です。
ただ今、続々とS級冒険者が日本に到着しており、一眼見ようと多くの人が集まっています』
「そこ! 何をしている!」
カナは背もたれにもたれかかった。
「お金が欲しいの? 何で?」
「は? 金が欲しい理由なんてあんのかよ?」
「あるでしょ」
カナは窓の外を見る。
「どこかへ行きたい、病気の家族を助けたい、世界を平和にしたい、おっきな家を買って幸せに暮らしたい」
カナは顔を顰める。
「楽して、生きていたい」
ハイジャック犯は顔を歪めた。
「そうだよ、それの何が悪い。楽に生きて、何が悪い!?」
「人は、生命は、美しい」
カナは指を鳴らす。
カナの背後に、巨大な骸骨が現れた。全長二メートル程のそれは、リュウグウノツカイにも似ていた。
しかし、顔は長く、歯は鋭く、目があった思われる穴は不気味に赤く光っていた。
「けれど、死んだものは尚、美しい」
「は?」
乗客から悲鳴が上がる。
レオはため息をついた。
イギリス政府は世界各国にS級冒険者が二人いることを自慢しておきながら、姿を公開していない。
今回はそれに救われた。
「ははっ。もしかして、冒険者か? 死体を操るのは、重罪じゃなかったか?」
「ハイジャック犯にも、それなりの教養があったのね」
カナは魚骸骨の頬を撫でる。
「罪というのは、法ができて初めて罪となる。法以前に行われていた行為は例外とする。国連は、たった一人の力だけを保護するために、このルールを作ったの。誰だかわかる?」
ハイジャック犯は首を傾げた。
イギリスのS級冒険者、カナ・ブラックが死霊術師だということは、誰も知らない。
「ほら、レオ。アンタも何かしないさい」
「はぁ」
レオは飛行機には絶対に無いものを取り出した。
それは、ロングソード。
当然のように、足元に置かれていた。
「なっ!?」
「運が悪かったな」
ハイジャック犯は恐怖に顔を歪める。
やっと、理解できた。
「貴様ら、イギリスのS級冒険者かよっ!?」
☆☆☆
八年前、“ダンジョン”。
第四十四層で、四十四人の冒険者達は十一人にわけられた。
そして、レオとブライトは………。
「元気だせってば! お前ら死なねーから!」
シンガポール出身の少女、ラビットが笑顔で言った。
「そんなこと、何の根拠があって!」
「根拠なら、あるさ」
ラビットは笑顔で心臓の位置に手をおいた。
「いつだって、ここが憶えているんだ。あの怒りを、血湧き肉躍る戦いを」
今思えば、その笑顔は引き攣っていたかもしれない。
ラビットは十人の冒険者を引き連れて、迷うことなく迷宮を進んでいた。
「ユウキは大丈夫かな」
「大丈夫! あっちには、強い奴らが大勢だし!」
「そんな、ラビット、さっきから変だよ」
ラビットは笑顔を絶やさない。
そして、運命の場所へと辿り着く。
「ボス、部屋? ラビット? どうして、一直線にここにきたの?」
ブライトは一歩後ろへ下がる。
しかし、ボス部屋の主はどこにもいない。
「ラビット?」
「ボスは、もういるよ?」
ラビットは笑顔で、指を差した。
レオを。
「レオ?」
レオの額には一本の角が生えていた。
「ここのボスは“寄生”を司る。あとは、ブライト。あなたの出番よ」
「ラビット?」
レオは冒険者達を次々と喰い殺していく。
恐怖で足が動かない。ラビットは、何をしたいのだ?
それに、口調もおかしい。もっと、ヤンチャな男みたいな口調だったはずだ。今のは、まるで、大人の女性みたいじゃないか。
「全部、この日のためだった。私は、後悔なんかしてないから。ブライトとレオが必要なんだよね、そうなんだよね」
「ラビット、助けて!」
誰かが叫ぶ。
「私は、楽になれる。ちゃんと、この世界が無事なまま、お母さんもお父さんも、無事なまま………」
「ラビット!」「ラビット!」
皆んなが恐怖と怒りでラビットを見据えた。
レオを乗っ取ったボスは、なぜかラビットを襲わない。
皆んな、こう思った。
ラビットは、“ダンジョン”の仲間で今まで自分達を裏切っていたのだと。
今回、バラバラにしたのは、自分達を殺すためだったのだと。
「私達は、“一周目のサバイバー”は、もう生き残りたくなんてないんだよ、ブライト」
「助けてあげてよ! ラビット! そこで突っ立ってないでさ!」
「もう、嫌なのよ。レオを殺すのも、そんな彼に笑顔で殺されるユウキを見るのも!」
「な、何? ユウキは、ここにはいない、よ?」
「当たり前でしょ、私達が操作したもの」
ブライトは目を見開いた。
今、なんと言った?
私達と、言わなかったか?
裏切り者が、他にもいるのか?
「ほら、ちゃんと戦わないと」
食べられちゃうよ。
ブライトは後ろを向いて、九人を喰い殺したレオを見た。
「出て行けよ、化け物」
【無ノ太刀】をレオに向かって放つ。
これは、実体の無いものを斬るスキルだ。仲間が取り憑かれた時や、ゴースト系のモンスターに有効である。
「ぐあっがぁあああ!!!」
ゴーストのモンスターが飛び出て来る。
同時にレオが激しく咳き込んだ。
「お、お、俺、な、なんて、こと」
「意識はあったのか」
ブライトは怒りの篭った目でラビットを見る。
レオにこんな思いをさせても尚、彼女は笑顔だった。
「ラビット」
「ミッション、クリア。あはは、呆気なかった。ブライトがいれば、皆んな死ななかったのに」
「さっきから何言ってんだ!」
「今までありがとう。楽しかったよ」
ラビットは目を閉じる。
後ろに虚無の空間の扉が開いた。
「っ!?」
そこから、剣が出てきてラビットを貫いた。
その奥にチラリと見えたものがあった。
「狼?」
そいつは、こう囁いた。
「おめでとう、可愛いうさぎちゃん」
☆☆☆
レオは首を横に振る。
あれ以来、レオとブライトは仲間を信用できなくなった。裏切り者がいる。けれど、仲間に教えることはできなかった。
そんなことをすれば、足並みが揃わなくなる。
けれど、優希だけは別だ。彼女だけは、確実に裏切り者ではない。
そう信じて生きてきた。今も、これからも。
「お前は信用できない」
「あ、や、やめろ!」
「死ね」
レオは心臓を一突きした。
「やったな」
「殺っちゃいましたね」
「うるせー」
これで、十人目だ。
“二周目のサバイバー”の話を聞いた。
“一周目のサバイバー”の生き残りだから、“二周目のサバイバー”なのか。
“二周目”を生き残った者のことを言うのなら、自分達も“二周目のサバイバー”なのではないか。
「カナ」
「何?」
「“二周目のサバイバー”は、俺達の敵だ」
「………でも、私達のこと、助けてくれたんでしょ」
ラビットの顔を今でも憶えている。
彼女は全てを知っていた。“一周目”のことも、“ダンジョン”の本当の姿も、醜い未来も。
全て知っていたから、死ぬことを望んだ。
全て知っていたから、レオ達にクリアを託した。
死んでいった他の仲間の何人かも、きっとそうなのだろう。
そして、醜く生き残っている“二周目のサバイバー”は、彼らとは違う。
儚く死のうとは思っていない。
自分だけ願いを叶えようとしている、ただの。
「化け物だ」
「…………そう」
カナは飛行機を降り始めた。
レオもそれに続く。
フラッシュで視界が白くなる。
「質問いいですか!?」
「イギリスのS級冒険者ですよね!?」
レオはそんな報道陣に紛れる影を見つけた。
「カナ、あれ」
「?」
一頭の小柄な狼。
真っ直ぐにレオとカナを見ている。
そして、口を開いた。
「おめでとう、可愛いうさぎちゃん」
鳥肌がたつ。
遠いのに、真っ直ぐそう聞こえた。
「アイツが、ラビットを」
「ラビット?」
狼はニヤリと笑うと、虚無へと消えていった。
“一周目のサバイバー”………。
一体何人いるんだってばよ!(テキトー)




