10話 表と裏と反転と
お待たせしました! 投稿再開しますっ!
私は大学で考え込んでいた。
ご飯時でお腹ぐぅぐぅ鳴ってるけど、こればっかりは仕方ない。
ザザバラに会いに行こうとしたら、結婚式の準備中だからと断られた。
ちょうどいいから、他の連中も呼んでやるとか上からなことも言われた。
というか、何故あの吸血鬼はスマホを持っていたんだろう。
「あー」
「どうした。大丈夫か?」
「アンタも配信観たんでしょ」
「まあな。まさかキングスライムが復活したなんて」
私は響木が手に持っているものを見て目を丸くする。
手作り感満載のおにぎりだった。
「いらない?」
「いや、欲しい」
隣に座って無言で差し出してくる。
「俺はどうやら、勘違いしてたみたいだ」
「?」
「いや、わかってんだけどさ。“代償”は大きかったってことだろ」
代償?
響木は一体何を言ってるんだ。
「早く食べないと時間がなくなりますよ」
「あ!」
私はハムスターみたいにおにぎりを頬張る。
「俺はちょっと行くとこがあるんで、先に帰りますね」
「え!?」
響木は黙ってどこかへ行ってしまった。
女の子とデートかしら。
私は再びザザバラのところへやって来た。
どうしても諦めきれない。
“First001”のボスモンスターの出現により、各国へのS級冒険者の派遣要請やら、ダンジョンの一時封鎖やらでごたついている。
一刻も早く、解決しなければいけない。
「というわけで、案内してほしいんだけど?」
「どうしてそうなるのよ」
近くのカフェで待ち合わせした私と麗華は、新作アイスを食べながら話をしていた。
「皆んなが来る前に情報を集めないと」
「確かにそうかもしれないけど、どうせ結婚式に全員揃うんだから、その時に聞けばいいんじゃないの?」
「麗華はザザバラが敵対しないと断言できる?」
「……………」
その日までにザザバラが敵になれば、話は聞けない。情報が集まらなくなる。
それだけは避けないといけない。
「ねぇ、お姉ちゃんは知らないかもだけど」
「何よ?」
「閣下は裏切らないよ? その時が来るまで」
「その時が来たらどうするの? 大体、裏切るの!?」
麗華は真面目な顔で頷いた。
寧ろ、それが当然のような顔をしている。
「まあ、リヴァドラムがいれば大丈夫だろうけど」
「何でそこでリヴァドラムが出て来るのよ?」
「まあ、会いたいなら会わせてあげるけど」
「マジ!?」
麗華はうんうんと頷いた。
ホンマええ子やぁ〜。
「でも、その前に教えて欲しいな」
「?」
「キングスライムの情報を聞いて、お姉ちゃんはどうするの? スライムを、倒すの?」
まるで、スライム討伐を反対しているみたいだった。
麗華の考えていることはよくわからない。
だけど、言えることは一つだけ。
「そのつもりはないよ。スライムって、いや、スライムだけじゃない。あの“ダンジョン”のボスは皆んな、天使なんでしょ」
☆☆☆
その生き物は暗い路地裏にて、後ろをついて回る青年に声をかけた。
「どうしてついて来るんだい?」
その青年は困った顔でその生き物を見つめた。
普通の人間なら、彼を見て恐れて叫び出すのに。
「人………を探している。ふざけた巫女服を着た女だ。口調も態度も人を舐めくさっている」
「ふぅん?」
生き物はボサボサの頭をかいた。
そんな人間は知らない。この世界で、人間の無事は保証されない。
「喰われたんじゃない?」
生き物は青年の腰にある黄金の剣を見た。
“神のダンジョン”の遺産だろうか。
「無い。アイツは強い」
「名前は?」
「リリスカルラ」
「ふぅん?」
生き物は反転の天使の名前を冠する人間の名前を聞いて全てを察した。
「君は、“サバイバー”なの?」
「だったらどうした」
生き物はため息をついて、ついて来るように合図した。
路地裏を抜けた先には、人間が知らない世界がある。
裏町と呼ばれるそこには、異形の生物が跋扈している。人はダンジョンとも異界とも呼ぶが、それはどうでもいい。
「リリスカルラは裏町に?」
「さあてね、ボクは何も知らない」
「どうして、表にいた?」
生き物は立ち止まる。
「この世界にはもう表も裏もない。“神のダンジョン”が崩壊して、多くの天使が異形となって飛び出した。君たちは、攻略に失敗したんだ」
責める様な響きに青年は顔を顰めた。
「君はリリスカルラと何をしているんだ?」
「アイツの【反転】と俺の【ループ】があれば」
「馬鹿なのか?」
そもそも、天使がそんなことをするわけない。
神が望んだことを覆して、新たな世界を始めるなど。それに。
「そんなことは、裏町が許さない」
「せっかく住みやすい世界ができたのに、ってか?」
「……………」
生き物はさっと立ち止まって道端の露店を眺めた。
オシャレなインテリア店があった。
そこで鏡を覗き込む。
「見てごらんよ、サバイバー」
「……………」
そこにいるのは、狼を二足にした異形の怪物。
「ボクらはいつだって、迫害され追い出された。君たち人間にね。住みやすい世界? 馬鹿を言うなよ、世界は君たちの物じゃない」
鏡越しに狼の異形は青年を見た。
「この世界はみんなの物だ。神の名の下に。“神のダンジョン”は全ての象徴。崩壊し、異形は放たれ人間に罰を下す定めだったんだ」
「それは、異形の言い分か?」
青年は周りを眺める。
多くの異形が幸せそうに道を歩いている。
時折、青年を眺めては去って行く。
その度に青年は相手を睨みつけていた。
「そんなつまらない理由で、俺は大切な人を失ったのか?」
「そう。君は、苦労したんだね」
青年は狼の異形を見つめる。
「住みやすい世界を作れると言ったら、お前は協力してくれるのか?」
「……………どうだろう」
その時、足音が近づいて来た。
ふざけた巫女服の少女だ。手元にはかなり大きな卵を抱えている。
「いたいた! カラテ!」
「空手?」
青年は呆れたように少女を見た。
「探したぞ、リリス」
「うーん、ごめんね?」
少女は狼の異形を見て顔を綻ばせた。
「ありがとう。名前は?」
「………ルーテリス」
少女は嬉しそうに目を細めた。
「ルーテリス! ありがとう」
「…………君は、神を裏切って何をする気だ」
「新たなる世界の創造! 神を排斥し、天使がこの世を支配する! そう、“神子”であるこの私がね!」
「っ」
堂々と、リリスカルラは言い張った。
あまりにも自然で、あまりにも悪意のない宣言である。
「天使にスキルは通用しないけど、神はそうではない。大規模な【ループ】は神を倒すには打ってつけ。私は死んだと思わせて、身を隠し、少年は他の協力者と結託して神を討つ」
ルーテリスの喉が鳴る。
神は、ルーテリス達の排斥を黙認した憎い相手だ。
託してみないか、協力してみないか、今更手を差し伸べて来た神は信用に値するのか?
「どう、やって、天使を味方につけるんだ」
「異形の天使は罰を犯した者だ。元に戻せば味方になってくれる者もいるだろう」
「そうでない者は?」
「もちろん、必要ないわ」
リリスカルラは断言する。
冷酷非道な判断力は、神にそっくりだ。
「でも、君は身を隠す。誰が天使を元に戻す? 人間にはできるわけない」
「だから、この子がいる」
自信満々に、リリスカルラは卵を撫でた。
ルーテリスは一種の恐怖を感じた。そのために、産み落とされた子供。
「私の【反転】と彼の【ループ】があれば、世界だって変えられるの」




