1話 英雄と小竜の日常
「キュアッ」
私は布団を頭からかぶった。眠い、もう少しだけ寝させてほしい。
しかし、私の上に乗る生き物はそれを許してはくれない。食べ物を貰うまで、私を執拗に起こし続ける。
「ギュア!」
その生き物はついに、布団の中に侵略して来た。
マズイ。これは、いつもの流れだ!
「キュァァアア」
「ストーーーーーップ!!!!」
私はバッと布団から飛び出して、お腹にうつ伏せになって口を大きく開けている純白のクリクリお目々の生き物を抱き上げた。
「ブレスは駄目だってば。ここペット禁止なのにモンスターがいるなんて知られたら…………。一生食パンのミミだからね!」
「キュ!?」
「え、なにそれ聞いてない!!」みたいな声を出す私の相棒はすぐにいつもの調子に戻った。
パサパサと小さな鳥のような羽根を動かして宙に浮かぶ。
「おはよー、リーさん」
「キュイー」
小竜、リヴァドラム。
私の永遠の相棒であり、最凶と呼ばれるモンスターだ。
何を隠そう、あの世界最難関のダンジョンから連れ出したのだから強くて当然なのである。
どうして私に懐いているのかは謎。
「今日は何食べたい?」
「キュルー」
リヴァドラムはパサパサと冷蔵庫からレタスやハムを取り出した。
どうやら、サンドイッチが食べたいらしい。
「ちょっと待っててね」
私は食パンのミミを切って適当な皿に乗せる。そのミミはリヴァドラムが置いたそばから食べ始めているのだが、いつものことだ。
ハムやレタス、スライスチーズを乗せて完成。
「いただきます」
「キュルキュアー」
リヴァドラムは前足を器用に使ってサンドイッチを掴む。そして、小さい口を開けて齧り付いた。
ふさふさの尻尾が穏やかに揺れている。どうやら、満足してくれたみたいだ。
「美味しい?」
「キュ」
大変可愛らしい。天使みたいな笑顔を浮かべて、頬いっぱいに私の作ったサンドイッチを食べているリヴァドラムは世界一だと思う。
食べ終わったお皿を洗ってカゴに入れ、リヴァドラムと私の歯磨きをしたところで、スマホのアラームが鳴った。
「リーさん、行ってきます」
「キュー…………」
リヴァドラムは私の足元に座って見上げてくる。
こういう時、大学を休みたくなってしまうのだが、心を鬼にするしかない。
あの時とは、違うのだから。
「じゃあ、良い子にしててね」
私はリヴァドラムが好きな菓子パンをテーブルの上に置くと、家を出た。
私が通うのは、都立の極々普通の大学である。
ちなみに、入学したのは今年でスカウトだった。それまでは、各企業をウロウロして昔の経験を活かして働いていたのだけど、やっぱり学歴は必要だという結論に至った。
というわけで、SNSサイトで大学を探していたところ、私のことをたまたま知っていた都立大学が声をかけてきたというわけだ。
その当時、世間は突如現れたダンジョンとスキルに混乱していた。
ダンジョン攻略を経験していた“英雄”達は、様子見をして各国に協力する気配はなく、スキルに関しても存在を黙秘していたわけ。
大学からしたら、貴重な経験をしている私は早いもの勝ちだったのだから、スカウトするのも当然だった。
だけど、おそらくガッカリしているんだろうな。
私は、10年前のダンジョン攻略から一度もダンジョンに触れていない。イベントも、スキル鑑定もしてない。
リヴァドラムは、どう思ってるんだろう。
私は講堂に入る。
知り合いの姿を見つけて、二つ隣の席に座った。
その人物がチラリと私を見る。
「お前、ダンジョン行かないの」
「……………私には向かないから」
響木奏。
かつての仲間だ。というか後輩………いや、弟子だろうか。
6年前だから、当時は12歳。最年少冒険者だった。
今では大学の同期なんて、皮肉すぎる。
「生きて帰れたのに、向かない? それは、死んだ奴らを馬鹿にしてるんですかね」
多くの犠牲を出したダンジョン攻略だが、その後遺体を回収する時間もなく、ダンジョンは崩壊した。
最下層のボスの間にて、残った12名の冒険者は“神の使い”を名乗る天使と邂逅した。
『選べ。これより、このダンジョンは崩壊する。一人一つ、このダンジョンのものを持ち出すことを許す』
多くの人が、慣れ親しんだ武器を思い出として持ち帰る中、私が選んだのは相棒だった。
天使は面白がっていたけど、他の冒険者達はモンスターを嫌っていたから私の選択に否定的だった。
私はゴリ押したけど、それから彼らとは会っていない。
この、響木奏を除いては。
「ところで、俺の隣に座ると他の奴らから嫌がらせとか受けませんか?」
響木奏は新しく出現したダンジョンを最前線で攻略する冒険者だ。
それなりにお金を稼いでいて、もちろんモテている。
対して、私はダンジョン攻略もしないし、スキルもわからないただの学生なわけで。
「もう受けてるわよ、お陰様で」
「それは………悪いと思ってますけど」
入学当日に私を見つけた響木は私に話しかけた。
それを、『一目惚れ』とか『ナンパ』だと勘違いした女子学生からすでに嫌がらせを受けていたのだ。
結果として、私が一番安全だと思える場所が響木の隣になってしまったというわけだ。
「他の奴らも冒険者始めたらしいですよ」
独り言のように、響木が呟く。
「グリフィンも、結構有名なライバーになったって聞くし」
「………そうね」
レオ・グリフィン。
私と響木と、特に仲の良かった冒険者だ。
彼にも、長い間会っていない。
「私には、関係ないわ」
「ただいまー」
カフェでのバイトも終えて、夜の9時ごろにようやく帰宅する。
部屋は暗く、廊下にはいつも一対の紅い光がある。
言うまでもなく、リヴァドラムの目の輝きである。
「キュー」
「ただいま。ご飯にしよう」
リヴァドラムの大きさは猫と同じくらいだ。
しかし、猫とは違い顔がそれなりに大きいので、必然的に目もクリクリになる。
そこがいいのだ。
「今日は何にしようか?」
「キュ」
リヴァドラムは冷蔵庫から卵とケチャップ、玉ねぎ、鶏肉を取り出した。
オムライスらしい。
本当に好きだよね、オムライス。
週一で作ってる気がする。
「じゃ、ちょっと待っててね」
口の周りを赤くして、リヴァドラムは朝同様、天使のような笑みを浮かべてオムライスを頬張っていた。
礼儀良く、ちゃんと子供用スプーンで食べている。
私はなんとなく、テレビをつけた。
今頃、夜のニュース番組でもあっているはずだ。
『今年の初め、突如として現れたダンジョンですが、攻略を行う冒険者や配信でお金を稼ぐライバーなど、ダンジョンに関するさまざまな職業が現れる中、日本では初となるダンジョン系企業が誕生し、注目を集めています』
確かに、企業ができるだろうなとは思っていた。
しかし、ダンジョン攻略をしても崩壊しないとの報告が世界各地であり、ダンジョンの不思議に研究者達も頭を悩ませていた。
私達が攻略した当時唯一存在したダンジョンは、攻略と同時に崩壊したので、ダンジョン出現当初は攻略すれば崩壊すると考察されていたのだ。
「ねぇ、リーさん」
「キュ?」
「リーさんは、どうしたい? ダンジョンで、戦いたい? 昔みたいにさ」
ボスモンスターと互角に渡り合えたのは、リヴァドラムがいたから。
それだけ強いモンスターが、6年も戦闘をせずに私の部屋にいるという罪悪感が少なからず私の中にはあった。
「キュイー」
リヴァドラムはテレビを観る。正確にはテレビ台の上にある写真立てだろう。
そこにあるのは、10年前の攻略開始直前に撮った冒険者達の写真があった。
百数人の選ばれた子供達が、四年の歳月をかけてダンジョンに挑んだ。
生き残ったのは、その中でもたったの12人。
世間では、“十二勇者”なんて呼ばれて本にもなった。
何故、その12人だったのかは当の本人達によって明らかにされている。
スキルの強さ、経験値、運動能力、そして、圧倒的な運。
他の子供達は死ぬ運命だったのだと、最下層で会った天使は言った。
「キュ!」
リヴァドラムは私の頬をつねると、クスクスと笑った。
「もう、心配して損した…………」
私はテレビの画面を観て固まる。
『十二勇者を例外なく特別なランクであるSランク冒険者と認定するよう、国連は各国政府に通達しました。
日本にいる響木奏さんはすでにSランク冒険者へ認定されており、政府は早急にもう一人にも認定書を送る予定だと発表しました』
「はぁ!? 拒否権ないの!?」
この日、リヴァドラムに起こされて、朝ごはんを食べ、大学に行き、バイトをして帰るという、私の普通の日常は音を立てて崩れて始めたのだった。