父とえんぴつ
父はいつも、えんぴつを使っている。
シャーペンや万年筆なんて、持っている所を見たことがない。
俺が子供の頃からそうだった。
「よし! 今から父さんと勉強しようか!」
学校の宿題で分からない事があったらコレだ。
わざわざえんぴつ削りを持って来て、レバーを回してゴリゴリと削って。
真っ黒に尖ったソレを俺に渡してくる。
「う~ん! よく頑張ったな!」
テストで悪い点を取っても、父は俺を褒めてくれた。
やけに明るくて、やけに笑顔で。
男手一つで俺を育てたんだ。
寂しくないようにと、元気づけようとしていたんだろうな。
そして結局、また勉強を見てやろうとえんぴつを取り出す訳だ。
でも中学高校と上がっていくにつれて、俺はえんぴつを使わなくなった。
クラスメイトはシャーペンを使っていたし、何だか遅れている気がしたから。
えんぴつばかり使う父を、ダサいと思ってしまったんだ。
「よし! 今から父さんと勉強……」
「いらない。勉強くらい、一人で出来るから」
理由のない反抗期。
父の寂しそうな表情を俺は見ないようにしていた。
それから何年もの間、お互いに微妙な溝ができていった気がする。
切っ掛けが、それからの一歩が踏み出せなかったんだ。
でも――。
「父さん……俺、結婚するよ」
その日、俺はそれを伝えに来た。
相変わらずゴリゴリとえんぴつを削っていた父だったけど、驚いた表情を見せた。
当然だろう。
今まで、言おうと思っても言い出せなかった。
それでも少しの間の後、俺の元に近づいてくる。
そして俺が子供の頃から見上げてきた父が、俺を見上げながら肩を撫でた。
「よく、頑張ったな」
何も変わらない、たったそれだけのこと。
あの時と同じように、父は俺の背中を押してくれた。
どうしてもっと、早く言えなかったんだろう。
俺は涙を堪えて、こう言った。
――ありがとう、父さん。
そして結婚式でも、父は俺達への謝辞をしてくれた。
いつものように、えんぴつで書いたメモを読みながら。
けれどいつもよりも背筋を伸ばして、力強くその場に立っていて、少しだけ格好良く見えたんだ。
あれから俺も一児の父になった。
慣れなくて忙しいこともあるけれど、楽しいことも沢山ある。
そして時折家族で父に会いに行くと、とても嬉しそうな顔をしてくれる。
幼い頃の父の気持ちが、今なら分かる気がした。
だから今の俺は、ペンケースにえんぴつを忍ばせている。