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本能寺の臼井君?

高校生になって数日が経った。初日こそ想定外の事の連続だったが過ぎてみればそこにはいつもの俺、モブとしての日常が待っていた。何も無く、学校における最低限の生活を送り、誰かと密接になるわけでもなく会話も業務連絡。必要最低限の接触は無い。これが俺にとっての日常であり普通なんだ。


「おはよー」「おはー」「ちーっす」教室内に響く挨拶の言葉。だがそれは俺に向けられたものではない。


ただ一人を除いて。




「おーはよー。また朝から本読んでるのー?」


天梃さん。彼女は隣の席のクラスメイト。きっと彼女は隣の席が誰であっても挨拶をする。それが彼女の基本であり、普通なのだ。


「ああ、おはよう天梃さん」


「うんうんー。あ、そういえば今日は席替えだねー」


入学してから席は五十音順にだったのが不満だったらしく、クラスの総意として席替えが行われることになった。もちろん総意には俺は入ってない。席なんてどこでもいい。


「また隣になれるといいねー」


高校生ながらこれは社交辞令ということは分かる。天梃さんはこんな雰囲気からか、特定のグループに属している訳ではなくクラス全員と仲良くしている特殊な人だ。カースト序列を感じさせない彼女の魅力だろうか。彼女の屈託の無い笑顔と、おっとりした口調。自分で言うのもなんだが、普通の感性をもった男子学生なら好意を抱くであろう魅力がそこにはある。


「俺はどこでも構わない。こればっかりは運だからな」


また隣になれたらなんてそんな気の利いた台詞は俺には言えない。俺がそう思ってないのだから仕方ない。




「はいおはよう。時間が余り無いから早速席替えするぞー」


歓喜の瞬間。待ち望んだ初めてのイベント。教室内が異様な雰囲気に包まれた。出席番号順にくじを引いていく。


「..28番」


黒板に張られた紙にランダムに配置された数字達。どうやらそれが席順らしい。


28番は窓際の後ろから二番目。うん。悪くない。窓際というのが評価高い。隣が片方しかないというのが良い。心の中でガッツポーズをした。素直に嬉しい。


クラスの皆が引き終わり、荷物を持ち席を移動する窓際の席。素晴らしい。自然と笑みがこぼれる。


「あれ?臼井君?よろしくねー」


ハッと我に返る。隣から聞こえてきた知っている声。そこには有栖さんがいた。


「席替えで不安だったけど臼井君でよかったー」


嘘だ。よかった訳ないだろ。本当は仲の良い人が近くがよかったに決まってる。そんなに気を使わないでくれ。こっちが惨めになる。


「よ、よろし」


「あら。私の前は臼井君のようね。これからよろしく頼むわね」


言葉を遮るように後ろからも俺が知る声。淡々とした口調。感情の起伏を感じない言葉。石漱さんだ。


「え、ああ、石漱さん...よろしく頼むよ」


今俺の顔はどんな表情をしているのだろうか。感情は顔に出さないようにはしているが、流石にこれは困惑する。ここ最近何も無く過ごせていたのに。どうしてだ?


「やったー。後ろは臼井君だー。またよろしくねー」


何も言うことは無い。こうなってきた時点でまさかとは思ったが。四面楚歌。


「天梃さん...よろしく..」


向けられる敵意の視線。理由は明白。このクラスでの女子のランクと言われるものが存在する。当然一番上は有栖さん。それに次いで天梃さん。そしてクールビューティーとして密かに囁かれる石漱さん。この三人が偶然にも俺の周りに集まり囲む形になったからである。


「冬歌ちゃんにー棗ちゃんも近くでよかったー」


「そうね。有栖さんとは余り話した事はないけど、これも何かの縁ね」


「そうだね。もっともっと仲良くなろうね」


やめてくれ。俺を中心に話を広げないでくれ。視線が痛いんだよ。休み時間にやってくれ。




終業の音が響く。逃げるように席を立つ。こんな雰囲気の中じゃ生きてる気がしない。移動教室を理由に逃げる。戦略的撤退。そんな中不意に掴まれる腕。ビクッとする身体。振り返ると有栖さんが笑顔でこちらを見ている。


「せっかく席近くなったんだからみんなで行こうよ」


みんな?何で“みんな”に俺が入ってるんだ?


「い、いや。有栖さんも天梃さんも、石漱さんもAクラスだし俺とは違う教室なんだが」


「いいじゃん。途中までは一緒だしさ。舞ちゃんも石漱さんもいいよね?」


「一緒にいこー」


「構わない」


俺の同意は求めないこの空気。ふざけるな。俺の安息の時間まで奪う気か?だがそんな思っても言葉にして伝えるなんて俺に出来るはずない。ただ事の成り行きを見ているしか出来ない。そして刺さる視線達。痛い。視線が?違う。掴まれている腕が痛い。何だ?こんな華奢な女の子の腕でこんな力。いや勘違いか?こんなことになって変な感覚に襲われているだけか?握られる腕に視線を落とす。


「あ。ごめんねずっと握ってて。準備するから待っててー」




“チッ”


どこからか聞こえた舌打ちに似た音。周りを見渡してもそれがどこから聞こえたのか分からない。こんな状況なんだ。ほかの生徒に舌打ちくらいされる。胃が痛くなる。この先は地獄か。それとも破滅か。俺に選択の余地はない。



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