臼井君は本に恋してる?
教科の間違いがあったものの、無事クラス分けは終わった。俺はB。普通だな。ただ驚いたのが天梃さんがAだということ。本人には悪いがてっきりCだと思っていた。雰囲気だけで判断してはいけないな。
「今度からは、各クラス毎に教室が違うので間違わないように」
先生の締めの言葉と共に教室内の生徒は立ち上がる。同じように俺も立ち上がる。ふと目線をあげると天梃さんが謝罪の意なのか手を合わせながら口ぱくでごめんねとしていた。俺はとりあえず片手を挙げ気にするなの動作を返した。
それからは、数学と国語のクラス分けがそつがなく行われた。俺は当然ながら全てBだ。普通だな。
高校生初日は想定外な事が多々あったが、これからの高校生活には支障の無い程度だったと思う。今までに無い不思議な事も時間が経てばそれはただの経験でしかない。きっと彼女らの記憶からも俺という存在は消えていくだろう。
そして帰りのホームルーム。この一日で自然と出来上がったグループ同士がホームルーム後の事を話している。たった一日でめでたいものだ。羨ましいとか、寂しいとか、そんな感情は全くない。だからといって友達はいらないとかそんなぼっち思考は持ち合わせてはいない。自論ではあるがお互いになにかしらの共通点や利害が一致すれば自然と友達になるものだと思っている。ただ実績が伴わないだけで。
「帰りにいつもの本屋に寄るか」
本は良い。空想や作り話であっても向き合っているその瞬間はそれらが自分を中心とした物語へと変わる。読み手で本は幾多にも変化する。人が作り出した産物の中で紙と文字でここまで人を虜に出来るなんて素晴らしいという言葉に尽きる。
などと考えているとホームルームが終わった。俺は鞄を持ち足早に下駄箱へ急ぐ。靴を履き、学校を後にする。同じように帰る生徒、部活の準備をしている生徒、それらを背に帰路に着く。
電車に乗り2駅。見慣れた駅、街。ああ帰ってきたと思える光景が広がる。時間的に丁度人が多い時間。人の間を抜け駅を出る。そして足が向かうは、いつもの本屋。古本を主に扱う本屋だが俺にとっての楽園だ。
俺は気になる本を見つけては立ち読みし、購入するか否かを選定する。この作業をしていると時間はあっという間だ。選定した本を持って彷徨う様は知り合いには見られたくないものだ。
「あら?貴方は...臼井君だったかしら?」
自分の名を呼ばれるなんて微塵も思わない状況下で呼ばれる名前。自然と身体がビクッとする。
「奇遇ね。確か自己紹介で読書が好きって言ってたわね。貴方もここに良く来るのかしら?」
俺が言葉を介さなくても進む事象。そこには同じ高校の制服を着た女子生徒が本片手にこちらを見ている。
「そ、そうだな。ここには良く来るんだが...えっと...」
「そう。私は石漱棗よ。自己紹介は朝にしたはずなのだけれど」
彼女は少し怒ったかのような顔をして睨んでくる。俺がそんな皆の名前を覚えるように見えるか?なんて言えるはずも無い。
「すまない。朝は緊張していて周りの自己紹介に集中できなくてな」
まあ緊張なんかはしてはいないのだが、なんとかこの空気を変えろと本能が囁くから咄嗟にでた嘘だ。
「....まあいいわ。まさかクラスメイトに会うとは思わなかった。隠れ家的なものだったのだけれど」
それはこちらも同じだ。神の悪戯は学校外でも起こるのか。
「貴方はどんな本のジャンルを読むの?少し興味があるわ」
距離感が掴めない人なのか?ここは話を広げる様な展開ではないはずだ。じゃあまた明日といって解散の流れだと思っていたのに。失礼だとは思うが、話している時間を選定の時間に使いたい。
「ジャンルは問わない。作者のこだわりも無い。ただ読んでくれと語りかけてくる様な本を選定して読...」
しまった。本の事になって少し饒舌になってしまった。急に訪れる恥ずかしいという感情。不自然に詰まる言葉。
「ふふっ。貴方って面白いのね。もう少し話をしたい所だけど遅い時間だからまた今度にしましょ。またね」
唐突に現れ、唐突に消えていく彼女の背に別れの言葉も言えないまま見送る。様々な感情が渦巻く中、ただ呆然と立ち尽くす。
ふと我に返り選定した本をレジに持っていく。とりあえず考えるのをやめた。やめたというより放棄したが正しいのかもしれない。
家に着いた頃には7時を過ぎていた。
「ただいま」
家に響くドアが閉まる音とただいまという言葉。しかし返ってくる言葉は無い。それも当然だ。この家には俺一人なのだから。両親がいないとか天涯孤独とかいう重苦しい話ではない。俺には父親しかいない。その父親も長期の海外出張で離れて暮らしている。寂しくは無い。もう慣れた。
いつものように作り置きしておいた晩御飯をつまみに買ってきた本を読む。だが本に集中出来ない。理由は分かっている。今日の濃すぎる出来事が原因だ。有栖さんに始まり、天梃さん、石漱さん、今までにこんな事があっただろうか。もしかしたら普通の人なら気にならない事なのかも知れないが俺にとっては予想外な出来事の連続だった。疲れた。人と、それも異性と関わるとこんなにも疲れるのか。
「....読むのはまた今度にするか」
本を置き、テレビのリモコンに手を伸ばす。目的も無くただ眺める。ある程度時間が経ってお風呂に向かう。髪を乾かし部屋に向かう。また目的も無く携帯を触る。そして寝る。いつもと変わらない日常がここにはある。
「俺はモブ...普通に生きて普通に死ぬ。それが俺」
そう言い聞かせて目を閉じる。
「臼井君.....今寝たんだ....」