臼井君は主人公?
俺は所謂モブと呼ばれる類の人種だ。目立つことも無く、どこにでもいて、気にされない存在。それが俺。
小学生から高校生になった今この瞬間まで彼女も居たこともなければ、これといって友達と呼べる友達がいるわけでもない。
普通。それ以下でもないしそれ以上でもない。
高校生になったからって何か変わるとは思ってもいないし、変えたいとも思わない。無駄なことだと知っているから。
そんな俺が今日から高校生。臼井夏弦は今日もモブとして生きていく。
「あの...臼井君...初めて会った時から好きでした。付き合ってください!!」
「え?」
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「臼井夏弦です。出身中学は南第二中で、趣味は読書です。よろしくお願いします」
何の面白みも無い挨拶。これから一年間教室を共にするクラスメイトに最低限の印象を残す。これでいい。
それから多種多様な挨拶が交わされ、一連の儀式が終わる。この後は大体分かる。皆は儀式の最中にもう“選定している”
自分に利益になるクラスメイトを。
そして、ホームルームが終わると同時に動き出す。
ざわつく教室内を横目に俺は教室を出る。まだ知らない校内を探索したくなった。別に一人が好きな訳ではない。無駄な時間の使い方をしたくないだけだ。
当たり前だが校舎の中は知らない事だらけ。知らない教室に、知らない生徒、知らない教師。どれもが新しく、そして過去形へとなる。物事はこうして認識されて初めて価値があるのだ。それに比べて...
「...何も変わらない」
見上げれば絶え間なく動く雲。雲はいい。同じ形は無い。目の前にある雲一つ一つが新しく、自分に無い斬新さ、新鮮さを見せてくれる。
「ん?あ...あれ?」
見知らぬ場所でハッとする。どうやら気が付かない内に部室棟へ繋がる渡り廊下まで来ていたようだ。
「しまった。この後移動教室だった。早く戻らないと」
今しがた過去形へと変化した外観を背に教室を目指し歩き出す。
風が吹く。力なく歩く俺の体制を崩すには十分な風量が渡り廊下を吹き抜ける。
「お、おっと」
「きゃっ」
俺の言葉に被さる様に誰かの声が聞こえた。その声のする方へ目を向けた。
そこには見知らぬ女子生徒がスカートを押さえながら立っていた。風が吹き抜けた渡り廊下に俺と女子生徒は対面し、そして目が合う。
「....み、見ました?」
なるほど。こんな展開は想定はしていなかった。よく知っている訳ではないが、漫画なんかでは良くある展開だ。まさか俺にこの展開が待ち受けているなんて誰が思うだろうか。しかし、この展開には欠点がある。そう、俺はモブなのだ。これ以上無い危機感を持って返答しなければ俺の高校生活は終焉を迎えるだろう。
「すまない。俺は視力が0.3程度しかない上に、眼鏡を忘れてしまって見た?と言われたところでこの視力では君自身を認識すら出来ていない」
これが今考えうる最適解。視力が悪いに加えて眼鏡が無い、そして相手すら認識できないというトリプルコンボ。この返答は完璧だ。
「...そう。ならよかった!でも..それだけ見えないと危ないよね?教室に戻るんでしょ?連れて行ってあげる。えっと..臼井君だったよね?自己紹介はしたけど私は有栖冬歌。よろしくね」
ん?何故こうなった?今俺は高校生活初日でクラスメイトの女子と歩いてる。俺の基準が正しいかは定かではないが、有栖さんはとてつもなく顔立ちがいい。可愛いも綺麗もどちらも持ち合わせる美少女に見える。クラスメイトの顔なんて興味が無く、全く覚えてなかったがクラスにこんな子が居たことに少しだけ驚いた。
「臼井君はどうして部活棟の方から歩いて来たの?なにか用事?」
少し俯きながら歩く俺の顔を覗き込むように質問してくる。これがあざといというやつなのだろうか
「いや。別に用事があったとかではない。ぼーっとしてたら部室棟まで来ていた」
教室の雰囲気が合わなくて...というのはさすがに言えない。それだとただのぼっちだ。
「そっか。眼鏡ないんだから気をつけないとね。怪我しちゃうよ」
ふと疑問に思った。俺は無意識に部活棟まで来てしまい時間が無いから“戻る最中”だったにも関わらず、有栖さんはあの時間から部室棟に向かって渡り廊下を歩いて来ていた。しかしこうして一緒に戻っている事に疑問が尽きない。
「有栖さんは何か用事があったのでは?部室棟に向かって歩いてたし。俺のせいで戻る事になったのなら謝るよ。すまn」
「無いよ?たまたまだよ。散歩みたいな?そんな感じかな」
俺の言葉を遮るように喋りだす彼女の顔は笑みを浮かべている。傍から見れば可愛らしい笑顔なんだろうが不思議と寒気を覚えた。何故かは分からないが。
それから他愛も無い話をしながら歩き教室に着いた。教室内はまだ騒がしく、この時点で最低限のカースト関係が出来ているようにも見える。まあ俺には関係ない事だが。
「すまない。眼鏡は教室に忘れただけだからこんな事にはならないように気をつけるよ。ありがとう」
今更だが眼鏡など掛けてはいない。小さな嘘に少しだけ胸がちくっとする。
「大丈夫!楽しかったし、散歩もできたし!それじゃまたね!」
そして彼女は戻っていく。見れば分かる、このクラスにおいてのカーストの上位であろうグループに。やはり俺と有栖さんの居場所は違う。同じクラスであっても。まあもう関わることは無いだろう。俺はいつも通りモブとして過ごすだけ。
移動教室の為の仕度を始めた。確か科目毎の班分けだったか。科目毎にA~Cに分けられる、学力が良いとA、そんな感じだ。
「確か今回は数学だったかな」
「ん?違うよー。英語だよー」
気の抜けるような口調が助言をする。え?と思いながら声の主に目を向けた。
「あ、ああそうだったか。ありがとう」
「いいよー。最初から間違えると嫌だもんねー。よかったねー」
声の主は隣の席の女子生徒。確か名前は
「天梃さん...でしたっけ?」
「そうだよー。天梃舞ですー。改めてよろしくねー」
彼女は無邪気に笑みを浮かべながら手を差し伸べてきた。神は俺に試練でも与えているのか?女子との接触なんて無いに等しい俺に手を握れと?どうしたら正解なのかが分からない。差し出された手に視線を落とし、そして彼女に再度目を向ける。相変わらず笑顔でこちらを見ている。
「え、ん。あ、ああ...よ、よろしく」
俺は初めて女の子の手に自ら触れた。
やわらかい。暖かい。手が小さい。この間2秒くらいだが、俺の脳内には新しい情報が次々と流れ込んできた。
「あー。そろそろ行かなきゃー。そうだー一緒に行こうよー」
「そうだなそろそろ行かないとまずいな。じゃあ行...ん?俺とか?」
この短い時間に俺には過多な展開か続いている。渡り廊下といい、今といい、なんなのだこれは。
「んー?臼井君しかいないじゃーん。おもそろいねー」
何かを考える暇無く天梃さんに連れて行かれるように教室を出た。
別に何かを話しながら移動した訳でもない。延々と天梃さんが話すことに相槌を打っていただけ。それでも笑顔を絶やさず話す彼女に少し尊敬の念を抱いた。俺には無理な芸当だ。
「ここだねー。なんかクラス分けするんだよねー。緊張するねー」
そう言って天梃さんはこちらに手を振りながらざわつく教室の中に消えていった。ほんの少しの時間だったが、彼女の技量の高さに驚かされ、自分の無能さに更に落胆した。
俺にも彼女のような技量があれば少しは違った生き方になっていたんだろうか。そんな事を考えながら黒板に目を向けた
「......数学かよ....」