人殺しの野良猫さんと私。
説明不足ではないか、書きすぎていないか、そんな事を悩みながら書き上げた作品です。
是非とも最後までお付き合いください。
中学一年の夏休み。
その長く、そして学生からしたら短く感じられる微妙な時期に、私の人生は一変した。
懐いてくれている近所の野良猫を撫で回していたら、急に何かに驚いてどこかへ走り去ってしまう。
私にはそれがとても不自然に思えて、気紛れに追いかけてしまった。
よく考えたら人間に聞こえないような音に反応しただけだろうって簡単に予想できたはずなのに。
その時の私はまるで導かれるようにそこへと吸い込まれていった。
建設途中で放置され、廃墟みたいになってるビルの中。
野良猫を探していた私はそこで、大きな迷い猫に出会った。
「おじさん、猫を見ませんでしたか?」
声をかけるとビクっと身を震わせ、私に何かを向ける。
とても背が高くて、スタイルがいいのに黒ずくめでファッションセンスはちょっと微妙。
だけど海外の血が入っているのか彫りが深くて海外の俳優さんみたい。
「……子供? クソっ、最後の最後でこんなミスを……」
「おじさん、猫を見ませんでしたか?」
おじさんは答えない。
ただ苦悶の表情で私を見下ろし、その手に握られた物の引き金を引くか迷っているようだった。
おじさんの向こうには、血まみれの肉塊が転がっている。
きっとおじさんが殺したんだろう。
見てしまったからには私も殺されると思う……のに、おじさんはなかなか引き金を引かない。
「殺さないんですか?」
「……君は、怖くないのか?」
おじさんは私に銃口を向けたまま、返事をした。
質問は無視されたけど。
「おじさんは殺し屋さん?」
「……あぁ、よく知ってるね」
「漫画で見ました」
「ちっ、最近の子供は漫画で非日常に触れすぎて恐怖感情まで狂ってるのか?」
「いえ、普通漫画で知ってるからと言って怖い物は怖いと思いますよ? お化けだって怖いですし」
「……君は全く怖そうにしてないじゃないか」
「だって殺し屋さんの殺しの現場を見てしまったんだから私は殺されるんでしょう? もう騒ぐだけ無駄じゃないですか」
おじさんは信じられない物を見たという感じで顔を引きつらせた。
「冥土の土産って言葉があるじゃないですか」
「あ、あぁ」
「何も分からず死ぬのは悲しいのでおじさんの事を教えてくれませんか? そこで死んでる人は何をしたんです?」
「…………別に、何も」
「何もしてないのに殺したんですか?」
「こいつが何をしたどこの誰かなんて俺には関係ないんだ。依頼され、俺はその依頼を遂行しただけだよ」
「目撃者は殺すんですよね?」
「ああ」
「じゃあどうして迷ったんです?」
おじさんは何故か泣きそうな顔になった。
「俺は……この仕事を最後に足を洗う予定だったんだ」
「そうなんですか?」
「ああ。これが最後の殺し。そう思ってたのに……最後の最後で君みたいな子供に……」
「じゃあ私がおじさんの最後の人になれるんですね。きっと忘れませんよね? なら構いませんのでどうぞやっちゃって下さい」
「な、なんなんだ君は……どうして、そんな……死ぬのが怖くないのかい?」
「私はもう死んでるようなものなんです。生きてる意味が無いそうなので」
「……詳しく、聞かせてもらっても?」
なんだか妙な流れになってしまった。
惨めになるからあまり自分の事は話したくないけど、おじさんが私の事を知って、覚えててくれるのなら……。
「簡単ですよ、私が親からも学校やクラスメイトからも必要とされてないだけです」
「イジメかい?」
「言いにくい事を平気で聞いてきますね。私は居るだけで人の気分を害するんだそうです。家でもよくそう言われますし」
「もしかして虐待とか……?」
「私は殺人鬼の娘なんですよね。父は幼い少女ばかりを十五人ほど殺害した事になってます。ほんとはやってないのに。先日死刑が執行されました。母は私のせいだと……」
私のせいなのは間違ってない。
おじさんがまたひどい顔になった。
「もう何年も前の事ですよ。でもそういうのって人の記憶からはなかなか消えないので。私にとっては誰よりもそうですしね。仕方ないから受け入れるしかありません。ただ、辛いというよりあまりにもこの世が生きにくいと感じてしまって、近いうちに死のうと思ってました」
「そ、それはダメだ」
「おかしな事を言いますね? おじさんは殺し屋で、私を殺してくれるんでしょう? 最後の一人として、私が生きていた事を覚えていてくれるんでしょう? ねぇ、今更やっぱやめたなんて言わないですよね……?」
私は不覚にも感情的になってしまい、気が付いたら涙腺が緩んでいた。
「僕に君は……殺せない。この男を最後にするって決めていたから」
それは困る。せっかく私を消してくれそうな人を見つけたのに。
おじさんは私に向けていた銃口を引っ込めて、しゃがみ、私と同じ高さで優しい言葉を吐く。
「君はまだ若いじゃないか。僕と違って未来がある。生きていればいい事が……」
「おじさんは生きてていい事ありましたか?」
「……あぁ、勿論だよ」
「おじさん、嘘付きですね。もしそれが本当ならどうしてそんな顔するの?」
いい事あった? って聞いたとき、どうしてそんな辛そうな顔をしたの?
私にはおじさんが今にも泣き出しそうに見えて、いつも野良猫にしているようにその頭を撫でた。
「私ね、野良猫を撫でるのが好きなんです」
「ははっ、僕は野良猫かい?」
「違うって自信持って言えます?」
おじさんはついに、ほんの少しだけど涙を浮かべる。
「おじさんが私を消してくれないなら、せめて覚えていて下さい。私が、ここに居たって事」
「君は……死ぬ気だろ? 駄目だよ。それはダメだ」
殺してくれないのに死ぬのを止めるの? じゃあどうやって私は消えたらいいの?
「私を消すか、どこかへ連れて行って」
「君を……? でも僕は……」
「殺人罪に誘拐罪が増えるだけです」
「でも僕は殺し屋なんだよ?」
「今日で終わりなんでしょう?」
にゃーん、と私が追いかけていた野良猫の声が聞こえた。
殺し屋の野良猫さんに会わせてくれてありがとね野良猫さん。
「きっと僕の命を狙う奴がいる。危険すぎるよ」
だから、いいのに。
「君は僕みたいなのと一緒にいちゃいけないよ」
「人殺しだから?」
「そうだよ」
おじさんの声はとても優しくて、私に向けられた物とは思えないほど暖かかった。
まるで最後まで私を守ってくれたお父さんみたい。
「誰か居ますかー?」
私とおじさんだけの空間に、邪魔者の声が響く。
「ほら、きっとお巡りさんだ。君はこっちじゃなくあちらへお帰り」
きっとここへ入っていく私を誰かが見てて、巡回してるお巡りさんに言ったんだろう。
余計な事を、と思ったけれど私は今ここで決断しなきゃいけない。
これはそのいいきっかけになるのかも。
「おじさん。罪は償わないの?」
「……人殺しを罪と感じていたら殺し屋はできないよ」
そっか。やっぱり野良猫おじさんは嘘付きだ。
だったら……。
「お巡りさん、こっちです!」
「そうか、君は第三の道を選んだんだね。君が生きる役に立てるのならそれもいいさ」
足音が近付いてくる。
そして、お巡りさんがこちらに気付いた。
「おじさんの言うとおり私は第三の道を選ぶ事にしました」
「君、ここは危ないから……っ、う、うわぁぁぁっ!!」
お巡りさんが死体に気付いて叫ぶ。
私は走り、お巡りさんへ駆け寄った。
「き、君怪我はないかい!? あ、あの人が、やったのかい!?」
「私は大丈夫です。あの人が殺しました」
おじさんの方を振り向くと、しゃがんだまま、にっこりと優しく微笑んでいた。
私は……。
「お巡りさん、ごめんなさい」
鞄の中に隠していた包丁で、お巡りさんの胸のあたりを思い切り突き刺す。
「ぎゃっ、な、何を……!?」
私の力じゃ一度刺したくらいじゃ致命傷にならなかった。
さすがに大人の男の人はしぶとい。
「ごめんなさい」
痛みにうずくまるお巡りさんにもう一度包丁を振り下ろす。
「き、君は何をやっているんだ!」
おじさんが私に駆け寄って来るけれど、止められるまでにあと二回は刺せる。
二回目は首に、崩れ落ちたので三回目は背中に。四回目を振り上げたところでおじさんに包丁を奪われてしまった。
「なぜこんな事を……! 早く救急車を……!」
「おじさん、この人もう死んでるよ?」
返り血に染まった私を見ておじさんは顔をくしゃくしゃにした。
「どうして……」
「おじさんは人殺しを罪と思ってないって言ったけど、本当はすっごく苦しんでるよね」
「何を……」
おじさんがうろたえる。少し可愛い。
「私を人殺しの側に置くわけにいかないから遠ざけようとしたんでしょう? だけど大丈夫。私も人殺しだね」
「君は……そんなことの為に、この人を殺したのか?」
「私にとっては自分を殺すか他人を殺すかの違いしかなかったよ?」
「……そうか。君はそこまで思い詰めていたんだね」
おじさんがまた私の前でしゃがみ、今度はぎゅっと抱きしめてくれた。
「すまなかった……君の悩みを、もっとちゃんと聞いてあげるべきだった」
それは私への謝罪に聞こえるけど、きっと自分への戒めの言葉。
「これで私達人殺しですね。でも私誰も頼る人がいないんです。このままだったら帰りに飛び降りて死のうと思うんですけどおじさんはこれからどうしますか?」
「君って子は……まいったな」
そう言っておじさんはくすりと笑った。
「いいよ。おじさんはこれから君を誘拐する。そして遠くへ連れ去る。もう二度とこの街、そして家族や友達の所には帰ってこれない。それでもいいかい?」
「はい♪」
「その代わり……二人で沢山、思い出を作ろう。いっぱいいっぱい」
「いっぱい、ですか?」
「そうさ、いっぱいだ」
今日で私はこの街と別れを告げ、今までの自分ともさよならする。
野良猫を探しに来て野良猫に拾われるなんて、確かに生きていれば面白い事もあるものだ。
「まずはその血を落とさないとね」
「だったらこのすぐ近くに私の家があります。母は絶対に二階から降りて来ないので、簡単に準備して出発しましょう」
おじさんは心配そうだったけど私は知ってる。
母は二階で寝てて、もう起き上がってこないから私が何をしても問題無い。
「君の正面は血で汚れすぎてる。隠しながら行かなきゃならないから……僕が背負っていくよ。ほら、乗って」
おじさんが私に背を向け、私はそこへ体重を預ける。
こんなふうに誰かに密着するなんて父以来だった。
ふいに涙が溢れる。
「大丈夫かい?」
「……うん、大丈夫」
軽々と私の体を持ち上げるおじさんは、野良猫というよりもまるで狼のように力強かった。
家までの道を急ぎながら、おじさんは私に一つ約束をしてくれと言う。
「この先、もう人殺しなんてしちゃだめだよ? 僕ももう引退したんだから。約束ね?」
「……うん、もう人殺しはしないよ」
約束。私はもう人を殺したりしない。おじさんが居れば大丈夫。
「そういえば君……随分軽いけれど今いくつだい?」
「十三です。もう少しで結婚もできますよ?」
「ははっ、その時は寂しくなるね」
「……ばか」
「何か言ったかい?」
「な に も !」
狼さんだと思ったけれどやっぱりこの人は野良猫だ。
危険な音には敏感で、私の言葉も巧みにかわす。
でも、それでもこの人は私にとって運命の野良猫。
きっとおじさんからしたら私も野良猫なんだろうな。
野良猫同士、仲良くしようね。
おじさんの背に揺られながら、この先の事を思う。
やっぱり生きていればいろんな事があるものだ。
生きていたらいろんな事があったであろう子達に、そして私を可哀想な子だと勘違いしているおじさんに、心から謝罪する。
「……ごめんなさい」
おじさんはそんな私に笑いかけ、「君に何かあったら僕が守るよ」なんてお父さんと同じことを言う。
「……ごめんなさい」
私は、おじさんと違って……。
人殺しを罪だと思った事が無かった。
お読み頂きありがとうございます。
少しでも読者様の中に何かを残す事ができたら幸いです。
もし気に入って頂けましたら感じたままで構いませんので評価の方をお願い致します。勿論感想なども大歓迎ですのでお気軽に足跡を残していって下さいませ。
毎日投稿しているファンタジーや、不定期連載のラブコメ、ネット小説大賞で準グランプリを頂いた短編などもありますので是非作者の他作品など覗いて見て頂けると嬉しいです♪
それでは、また別の作品でお会いできる事を願って。
PS.同じ世界観、同時間軸別視点の短編があります。
夏の終わりに野良猫の声。
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