お嬢様系ヒロイン登場
屋上でニコチンヤンキーガール(憶測)との密会を終えた俺が放課後の喧騒に包まれた校舎を脱出すると、校門の辺りに見慣れた銀髪が春風にたなびく様子が見えた。
「アイリさん帰ってなかったの?」
俺が気持ち駆け足になって近寄ると、彼女は涼しい顔で暴れる髪を押さえ、
「私は使用人よ? 使用者を待つのは当然じゃない」
と、意識高い系サラリーマンっぽいことを言う。屋上に行く前に「先帰っててくれ」と言っておいたのに待ってるとは、健気なものだ。将来は命じられてない仕事を率先して請け負って自滅するタイプだな。
「んなこと気にしてくれなくてもいいのに」
「お給金を貰っているもの。仕事は果たして当然だわ」
「そんなこと言ってっけどさー、実は俺と一緒に帰りたくて待ってたんじゃないの?」
「自惚れもいいとこね」
「ですよね」
肩を並べて国道沿いに歩いている途中、
「……ところで、あなたは放課後に何をしていたの?」
アイリさんがそんなことを聞いてきた。
「別に、ちょっと呼び出されてたんだよ」
「先生に?」
「チゲエよ。生徒だ生徒」
「果たしあいでもしたの?」
「なんでそうなんだよ……友達になってくれって言われたんだよ」
実際にそのようなことは言われていないが、おそらく同程度の意味だっただろう。アッチの言葉で言えばダチ公といったところか。
「相手は男? 女?」
「ンだァそんなこと……女だよ」
「そう……それで、その人は可愛かったのかしら?」
やけに相手のことを聞きたがる。嫉妬かな。コイツマジで俺のこと好きなんじゃねえの?
「あー、どうだろうな。俺からすればかわいかったけど」
「そう」
そこでようやく質問責めは終わった。
しかし、なぜか気まずい空気が流れ出す。
さっきまで真横に並んで歩いていたアイリさんがなぜか一歩先行しているから、彼女の表情はうかがい知れない。けど確かに背中から不機嫌なオーラを発しているのが分かる。幼馴染だからね、俺たち。
やっぱり嫉妬なのかな?
* * *
「はい、じゃあ今日は先週行った課題確認テストを返却します」
うえ~、という声がそこここから上がる。
そういえば、そんなテストもやったっけな。あんま覚えていない。
春休み中に高校から出されていた課題を範囲とするテストだったのだが、なかなかどうして高校入試レベルの難易度だった。受検を終えてやっと勉学からオサラバできると思っていた連中はきっと手を抜いて解答したに違いない。成績にも反映されないみたいだからな。
俺はといえば天才なので、特に対策しなくともつまずくことなく完答できた。そもそも問題が春休み課題からのまるまる転載なので、見覚えさえあれば芋づる式に解答がずるずると出てきたのだ。天才に転載は通用しないのである。
順次返却されていく中で名前が呼ばれたので前に出ると、「素晴らしい。頑張りましたね」と佐伯先生に褒められた。結果表を見ると、俺は国数英三教科ですべて満点1位をとっており、当然のごとく総合順位も278人中1位である。大して嬉しくないのだが、佐伯先生がやたら嬉しそうにしていたので、思わずこちらもにやけてしまった。かわいい女だ。まあ、惚れた男が目の前にいるのだから無理ないよな。
「ねね、進藤くん何位だった?」
俺が席に戻ると、弓月さんが興味津々といった様子で尋ねてきた。
彼女の手には自信の結果表が握られている。担任と副担任の二人がかりで返却していたので、俺より出席番号の遅い彼女の手にも行き渡っていた。
「1位だよ」
俺がさりげなく言うと、不意に彼女の様子が変わった。さっきまで浮かべていたニヤニヤ笑いが消え、目を見開きわなわなと身体を震わせ始めた。
「嘘……」
「すぐバレる嘘つくか? ホラ」
俺は自分の手にあった紙切れを開き、「1」の数字が並んだ順位を見せる。
「マジだ……」
「だろ? そもそも嘘ついてまで1位とることのどこが――」
「すっっっっっっっっっっっごい!!!」
弓月は感極まったとばかりに俺の手を握りしめ、激しくシェイクする。お、おお。いきなり手握ってくんなよ。好きンなっちまうだろうがヨ……。
「進藤くんすごっ! あんな難しいテストで全教科満点とか、すごっ!」
「分かった、分かったから一旦手ェ放してくれ。肩外れっから」
「あ、ごめん」
弓月は手を放したが、変わらず羨望のまなざしで俺のことを見つめている。
そこにテスト結果を握りしめたけいちゃんがやって来る。
「ねね、燕とタカちゃん、テストどうだった?」
「わたしは134位。ケイは?」
「あたしはね~、54位!」
と言って、誇らしげに己の結果表を見せつける。「すごっ! 負けた~」と弓月さんは悔しそうに言い、俺は見にまわる。
「タカちゃんは?」
「1位」
「えっウソ!?」
弓月さんと同じような反応をされた。1位がなんかおかしいのだろうか。
俺が結果表を見せると、けいちゃんは目を点にした。
「すごい……丸が一つ……二つ……三つ……」
「おーい、ケイ戻ってこ~い」
「はっ!」
リアルに戻ってきたけいちゃんは今度は目を輝かせた。
「タカちゃんすごっ! 今度のテストの時勉強教えてよ!」
「あ? 別にいいけど」
「あ、ずる~い。わたしもわたしも!」
と、けいちゃんと弓月さん二人に教えを乞われる。
美少女JKたちに言い寄られる俺。
なんかすっげえ……
キモチイイッッ!!
まさか学年1位をとるだけでこんなに構ってもらえるとは思ってもみなかった。俺にとって勉強はルーティーンワークの一環でしかなかったし、できて当たり前なのだ。小中時代は友達も話しかけてくれる人も一人を除いて皆無だったし、その一人も俺にテスト結果を聞きに来るほどではなかったから、こんな風に両親と先生とおばあちゃん以外に褒められたのは初めてだ。
悪くない。
むしろ超キモチイイ。
北島康介が金メダルを獲った時もこんくらい気持ちよかったんだろうな。
「じゃあさ、進藤くんは一年の入試首席に勝ったってことだよね?」
「あァ? ッたりめえだろうがよ」
そもそも入試の1位は俺だ。合格発表後に成績照会をして5教科合計492点の1位だったことを確認したのだから。勝ったもクソもない。
「ああ~、首席ってあの子だっけ? ほら、ウチのクラスの」
とけいちゃんが送る視線の先にいたのは、長い黒髪が特徴的な女子生徒だった。
廊下側前から三列目なので、斜めから顔が見える。
くりくりとした大きな目を持ち、通った鼻筋と紅葉のように紅い頬と雪のように白い肌の対照が特徴的な、前髪ぱっつんの姫カット美少女だ。
てかあんなかわいい女の子がウチのクラスにいたことに今まで気づかなかった。教卓前の席も不便なものだ。弓月さんとけいちゃんでA組美少女ツートップを飾ると思ってたが、今度からはあの子を加えてスリートップの攻撃的フォーメーションにしよう。
「名前なんだっけ」
「清心院撫子さんだよ。どっかのお嬢様って噂の」
「ヘエ~」
清心院撫子さんか、覚えておこう。
これでA組BBCならぬASYの誕生だ。中盤にクロース、ディフェンスにラモスがいれば申し分ない。今年のリーガ・エスパニョーラはもらったな。
俺たち三人が清心院さんを見ているとこちらに気づいたのか、彼女は結果表から目を上げてこちらを見てにっこりと笑った。なんとも上品な笑い方である。
清心院さんがこちらへ寄って来る。
「みなさま、ごきげんよう。わたくしに何かご用でしょうか?」
「ごきげんよう、マドモアゼルナデシコ。いや、ちょっとこっちでおしゃべりしてた時に清心院さんの名前が挙がったんだよ」
「そうそう、今年の入試首席だって」
「そうだよ」
ね~、と仲良しAYコンビがワンツーパスをする。なかなか良いコンビネーションだ。
「あら、わたくしは首席ではありませんよ?」
「え? でも入学式で新入生代表務めてたよね?」
「ええ」
なるほど、今年の新入生代表は彼女だったのか。悪いことをしたな。
「新入生代表挨拶って首席の人がするもんじゃ……」
「わたくしは2位でした」
「え、2位?」
「ええ」
清心院さんが首肯する。
「なんでも首席の方が辞退されたとかで、わたくしに声がかかったのです」
「え、じゃあまさか入試の首席って――」
三人が俺のことを見る。
「ああ、そうだ。俺だよ」
「やっぱりか~。だから今回も1位なんだね」
「あら、あなたが1位だったのですか? えーっと……」
「進藤敬だ。ダーリンでいいぞ」
「わたくしは撫子で構いません。それで、敬くんが1位なんですね?」
「ああ」
「そうですか……また、負けてしまいましたわ」
力なく笑い、自身の結果表を見せる撫子。そこには総合順位278人中2位と書かれていた。
「フーム。マ、仕方ないね。次頑張れや」
「たかちゃんが励ますとこじゃないでしょ!」
けいちゃんのツッコミに残りの二人が笑う。
やがて先生が「座りなさい」と声をかけたので、朝のホームルームが再開された。