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不良に絡まれている先生を助ける

 学校から出て帰路を歩いている最中も、アイリさんは俺の手を離す気配がない。


「あの~アイリさん」

「何かしら?」

「手、繋いだままでいンすか?」


 それを聞いた途端、アイリさんは猫のように後ろへはねた。それから表情を戻し、


「……ごめんなさい、気づかなかったわ」

「あ、そっスか」


 いくらなんでも手を握ってることに気づかないなんてことはないだろう。もしかして俺の存在に気づかなかったとか? そんなに影薄い覚えはないんだけどなあ。


 などと考えているうちにスーパーに到着する。


 アイリさんはカートにカゴを載せ、店内を巡回しつつ慣れた手つきで食材を放り込んでいく。


「あの~アイリさん」

「何?」

「ポテチ食いたいんスけど」

「却下よ」


 俺の持っていたポテトチップスコンソメ味が取り上げられ、元の鞘へ戻っていく。たまに機嫌が良い時なんかがあれば買ってくれることもあるが、今日はそうでもなかったらしい。


 実家にいた頃は親が許していてくれたから食べていたものの、元来菓子類を好まないアイリさんが財布を握るようになってからは、たまにしか食べなくなっている。菓子くらい買っても困らない程度には実家から仕送りを貰っているのだが、「健康に悪い」という理由で遠ざけられている。

 こっそり買っても処分されるし。





 食料の買い出しを終えて両手にレジ袋を提げて帰っている途中のことだった。


 横を歩いていたアイリさんがふと歩みを止めた。


「……何かしら、あれは」


 俺がアイリさんの見ている方を向くと、視線の先には複数人の人間がいた。車道を挟んだ斜め向かい、しかも結構距離があるのでやり取りははっきり見えない。


「なんだろうな、神輿とか?」

「それなら担がれてる神輿があるでしょう」


 なんだか胸に一抹の不安を抱えながら前進すると、次第に俺のあまり視力のよくない目にも光景の詳細が入ってきた。


 男3人と……女が一人。


 男たちの方は高校生だろうか。今時流行らないジャラジャラしたチェーンを腰パンにぶら下げており、髪を金や茶なんかに染めている。後ろ姿からでも分かる不良だ。


 対して、男たちに囲まれている女性の方はというと、はたから見ても分かるくらいに怯え切ってしまっており、腰が抜けたのか、塀に身体を預けている状態である。


 幸い車道がそう広くないので、その相貌も分かる。


 黒髪のサイドテールを肩に垂らし、小柄な体格。顔は相当整っており、ナンパというか脅迫まがいのことをされるのもうなずけてしまう。


 というか、あれ……。


「先生……?」


 あろうことか、俺の目の前で強姦秒読みになっている女性は我が1年A組の副担任である……えーっと、佐伯さえき美也子みやこ先生その人だったのだ。


「知り合いなの?」

「ああ、てかウチの副担任だよ」

「あら、それは偶然ね」


 目の前の異常事態を見てもアイリさんは飄々としている。普通の人なら怒るなり慌てるなりしそうなものだが、普段からの余裕の態度を見慣れている俺から見ればむしろ飄々としている方がアイリさんにとって自然だ。


「どうするの?」

「どうするって……助けないと」

「警察に通報しないの? あなたが行っても何にもならないわよ」

「じゃあアイリさんが通報してくれ。俺は先生の貞操を守るために時間稼ぎする」


 俺は両手に提げたレジ袋を地面に落とした。


 レジ袋から納豆のパックが零れ落ちる。


「待ってろ先生ッ……今行くぞ!」


 俺は車が来ないことを確認してから道路に飛び出し、先生を囲っている三人のうち金髪の男の背中に組み付いた。


「おわっなんだ!?」


 金髪は若干焦った声を出したがすぐにふりほどく。


 なるほど、力じゃこっちの分が悪い。やはり勝つことではなく警察が来るまでの時間稼ぎが精いっぱいのようだ。


「んだテメェ!」


 茶髪の方が俺に対して盛大なメンチを切る。俺は一歩も臆さず先生の前に立った。


「女子供に手ェ上げる奴はおばあちゃんでも許せねえッ!」


 逆に言い返す。後ろで先生が「あ、あなたは確か……」と呟いた無言になる。あなたの愛すべき生徒ですよ、ボク。


「邪魔すんじゃねえよ!」


 黒髪の一番体格の良い奴が右こぶしを俺に振り抜く。俺はそれを紙一重でかわすが、反撃にまでは移れない。


「クソがッ!」


 避けたところに金髪のストレートが顔面にモロに入ってしまう。


「痛ってェ……!!」

「キャア!」


 後ろで先生が悲鳴をあげた。もしかして暴力沙汰に慣れてないのか? いけないなあ先生。我が青葉二高はクローズも真っ青のヤンキーとヤンキーが唾競りあう魔窟ですよ(嘘)。


 俺は油断した金髪の腹めがけて脚を蹴り上げた。

 つま先が彼のみぞおち付近にクリーンヒットした感触を覚える。思ったよりも肉を蹴ってる感じがして、不快感があった。


「こんにゃろ!」


 が、茶髪に後ろから羽交い絞めにされる。俺は振りほどこうともがいたが、残念なことにビクともしない。


 黒髪がニヤニヤ笑いながら俺の前に立つ。よく見たら鼻や口なんかにもピアスを開けているし、こりゃ佐伯先生が怖がるのも無理ないよ。


「舐めた真似してくれやがって……よぉ!」

「ガハッ……!!」


 黒髪の大きな握りこぶしが、俺の腹を撃ちぬいた。途端に全身を鉛が走るような鈍痛が走って崩れ落ちそうになる。


 が、許されない。


 俺は十字架にかかるキリストのように両腕を水平に伸ばしたまま、ずるずると身体だけを沈める。


「こんなもんじゃあ済まねえからなあ!」


 黒髪は勢いに乗って拳や肘、脚を使いながら俺の身体を滅多打ちにしていく。顔、腹、脚、あらゆる場所を攻撃され、その度に叫びたくなるような激痛に襲われる。


 口の中に何かが溜まっていたから吐いたところ、血だった。

 顔を殴られ、口の中が切れたらしい。


 黒髪に一方的なリンチを加えられ、俺は意識を手放しそうになる。

 そろそろ限界かな、起きたら病院のベッドの上とかやめてくれよ、あわよくば佐伯先生の膝枕の上に寝かされていてくれよ。などと思いながらされるがままにしていると、



「そこまでよ」



 底冷えのするような声が聞こえた。


「あァ?」


 金髪が振り返った先に立っていたのは――


「一人に対して三人でなんて、恥ずかしくないの?」




 アイリさんだった。




「んだよ、女か」

「いや、でもめっちゃかわいくね?」

「確かに! もうコイツでもよくね?」


 そう言うと、茶髪はズボンに手をを突っ込んでオラつきながらアイリさんの方へ歩く。コイツらは下半身に脳みそがついているようだ。多分頭の中には脳の代わりにニコチンでも詰められているのだろう。


「よお姉ちゃん。今暇?」

「あなたに教える必要はないわ」

「……これからさあ、俺らと遊ばない?」

「断る、って言ったら?」

「そしたらなあ――こうすンだよ!」


 言うや否や、茶髪が拳をアイリさんに振りかぶった。


 俺は目をつぶった。


 が、


「ぐほぉっ!」


 聞こえたのは――茶髪の声。


 恐る恐る目を開けると、茶髪の男がアイリさんの目の前で崩れ落ちて失神していた。


「な、なんだこの女ァ!」


 続いて飛びかかった金髪も、蹴り一撃で仕留める。


「ごほっ……」


 腹を押さえてうずくまる金髪。それを冷ややかに見下してから、アイリさんは黒髪の男を睨む。


「あなたも……やる気?」

「このっ!」


 挑発されたと思ったのか、黒髪は回し蹴りをアイリさんめがけて放つ。


 が、それを彼女は右手で軽々と受け止めた。


「なにっ!?」

「腰が入ってないの――よ!」


 そしてカウンターに、男の股間を蹴り上げた。

 俺の股間にも寒気が走った。

 男は声を上げることもできず、白目をむいて気絶した。


 後に残ったのは――アイリさんただ一人。


 あろうことか、たった一人の美少女が、三人の屈強な男を瞬く間に沈めてしまったのだ。


 地面に這いつくばりながら茫然と見上げる俺に気づくと、アイリさんはさっきまで浮かべていた怒りの形相からふっと柔和な顔に変わる。


「ごめんなさい、入ってくるのが遅れて」


 ――ああ。


 そうだった。

 思い出した。


「アイリさんって……」



 ――喧嘩めちゃくちゃ強かったじゃん。

 俺を守るためとかいって、変な武術とか勉強してたじゃん。



 そのことを思い出すと同時に、俺は意識を手放した。

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