高校初日
4月6日。
まだ桜前線が関東で油を売っている間に、今日から俺の所属する青葉第二高等学校の入学式が執り行われる運びとなった。
今日までいろいろあった。
基本的に俺は部屋で政治問題に対して怒りの拳を振り上げながらパソコンに向かっていたのだが、その間に両親はアパートの下調べや立地の確認を経て賃貸借契約を結び、俺とアイリさんの愛の巣となる(予定)2LDKへの荷物の搬入が済まされていた。
受検当日まで特に俺は自分を追い込むこともしなかったが危なげなく合格。アイリさんも編入試験をパスした。
そして惰眠をむさぼりつつも時折母親に自炊や掃除の方法を教わって残りの月日を過ごした後、すっかり引きこもり思考に毒された脳を無理やり切り替えて学校指定の紺色のブレザーに身を包み、俺は校門の前に立っている。
「ここが……新たなる戦場か」
「新しい学び舎ね、敬」
俺の隣には、これも学校指定の濃紺のブレザーを着たアイリさんがカバンを片手に立っている。
彼女とは中学が別々だったから制服姿はあまり見る機会がなかったが、大人びたオーラは消えず、しかし同時に高校生らしい少女的初々しさも満ち溢れ、それがうまい具合にマリアージュして俺の口の中に溶けて広がった。
成長するにつれてますます磨きのかかる美貌はやはり人目を惹きつけるのか、同じく新入生らしい男女が通り過ぎる度にアイリさんをチラ見している。
やっぱり、この人は目立つんだなあ。
「じゃあ、行くか」
「ええ」
二人は『祝御入学!』と書かれた看板の立てかけられた校門を通り、コンクリ建ての校舎へと足を踏み入れた。
* * *
入学式はつつがなく終わった。
こういう式はグダりがちで退屈なものだと相場が決まっているのだが、流石県下ナンバーワンの進学校というべきか、校長も来賓もしっかりと引き際を心得ていた。戦場では引き際を心得ない奴が真っ先に死ぬと言うし、彼らは歴戦の猛者なのかもしれない。
俺は1年A組への配属と相成ったので、体育館から4階へと階段をのぼり、どんづまりの教室へと入る。
入学式前にすでに一度ここへは来ていたので、俺は自分の席である教卓の真ん前という外れくじに座った。外れくじ、とは言うものの、つい授業を真面目に受けちゃう系男子の俺にとってはおあつらえ向きだ。
教室内を初々しい雰囲気が充満している。俺は前の席なので生徒の様子はうかがえないが、どことなく浮かれているのは察知できた。
しばらくすると、教室前方のドアを開けて白髪交じりの中年男性が入って来る。後ろには若い女教師(美人)が付き従っている。
「えー、みなさん、まずはご入学おめでとうございます。私は今年一年間A組の担当をさせていただきます、渡辺です」
「同じく、一年間A組の副担任をします、佐伯です」
二人が頭を下げるのと同時に、俺も頭を下げた。
「まあ今日は入学式と軽いホームルームをした後に教科書を配布して終わりですので、本格的な授業は明日からになりますが、もうみなさんは高校生ですので――」
と、ここからは年相応の自覚をしなさいといった決まり文句。それを受け流すと、自己紹介の段になる。
自己紹介か。
何を話せば良いのだろうか。
あいにく俺は気の利いたことを言うのが得意じゃない。何か人に言える趣味があるわけでもないので、出身中学と名前を言って終わりだろう。出身に関しては他県ということだから誰かいじってくれないかな。
「秋田県から来ました進藤敬です。部活に入る予定はありません。これからよろしくお願いします」
無難に自己紹介を終えてまばらな拍手を受けつつ着席。心なしか女子からの視線がやや強かった気がするな。俺が吉沢亮にクリソツだからかな?
ややあって俺の隣の席の人の番になると、なぜか男子から「おお……」という声があがった。なんだなんだ?
その人物は教卓に立ってクラス内を見回した。そして俺と目が合うと、にっこりと笑った――気がした。
確かにすげえかわいいな。
その女子生徒は長い茶髪の髪を後ろでくくった活発そうな美少女だった。くりくりと大きな目やかわいらしい唇など、まさにアイドルのような見た目の彼女はアイリさんとは正反対の美を備えている。
「星月中学校から来ました、弓月燕です。中学まではテニスをしていて、高校でも続けようと思ってます。好きなものは甘いものと友達で~……嫌いなものは勉強ですっ」
どっと教室が笑いに包まれる。
俺も周囲にやや遅れをとりつつ笑ってみる。
「これからよろしくお願いします!」
弓月と名乗った少女が頭を下げると同時に、はちきれんばかりの拍手が湧きおこる。俺とは大違いだ。オイオイ、どうなってやがる。俺が吉沢亮に似すぎてて嫉妬でもしてたのか?
自己紹介が終わって担任が明日以降の簡単な連絡事項を述べて、教科書類を受け取った後は放課後となった。
教室を見渡せば、すでになかよしグループ的なサムシングがいくつも散見される。隅っこで固まる男子の群れは陰キャ軍団って感じがするし、俺の後方、すなわち中央付近でだべっている男女のグループは陽キャ
のオーラが出ている。多分これからこのクラスを仕切っていくのはアイツらになる。
先述の弓月燕も陽キャグループに混じっている。というか、その中心にいる。やっぱり顔が良くて溌溂としてれば似たような奴らが集まってくるのだろうか。俺は顔は及第点だからあとは明るくなればいいだけだな。
さて、見事ともだちづくりのスタートダッシュに乗り遅れた俺は突っ伏していた机から顔を上げ、さもちょっと寝てましたと言わんばかりに目をこすって時計を見て慌てる演技をした。無論誰も見ていないだろうが、こうして寝てましたアピールをすることによって俺はぼっちじゃなくてお昼寝が好きなひるね姫的評価を得られるというわけだ。
机の中から出した文庫本をリュックサックに入れて帰ろうと席を立った途端、にわかに教室がざわついた。
正確に言えば、めいめい好き勝手に鳴り響いていた音が指揮者の統一のもとに清澄な音楽を織り上げたといった感じのざわめきだ。
その指揮者は誰であるかというと――
「おい、なんだよあの子」
「めちゃくちゃ美人じゃねえか」
「誰かに用があるのかな……」
教室前方で開けられた扉の前に、冬海アイリ――俺の幼馴染兼俺の使用人兼同居人の銀髪赤目超絶美少女が立っていた。
アイリさんは教室内をキョロキョロ見回していたが、俺の姿に目を止めるとふんわりと口元をほころばせ、こちらへ歩いてきた。
「敬、帰りましょう」
そう言った途端、またクラスがざわめき始めた。「アイツ、あんなかわいい子と仲良かったのか」「付き合ってるのかな」などと好き勝手言われている。
心なしか、好奇心と嫉妬の視線が痛い。きっと俺が吉沢亮に似てるから、アイリさんが女子から嫉妬を買っているのだろう。
そんな居心地の悪い空気の中でも俺は俺であることを捨てない。
「や~んアイリちゃん、ずっと待ってたんだから~! もう、タカシのこと待たせちゃめっ! だよ?」
「……それはなんのキャラかしら?」
「彼氏好き好き自分好き好き系超絶ぶりっ子女子高生(非処女)。高校生になったし折角だから、な」
「はあ……馬鹿馬鹿しい。早く帰りましょう。今日は買い出しに行かないといけないんだから、ほら」
「うおっ!」
俺はアイリに無理やり引っ立てられ、、なおも俺の物まねや謎の銀髪美少女の登場に混乱する教室を後にした。