一人暮らしではなくて同棲だった
「と言っても、いきなり勘当をするんじゃない」
俺が豆鉄砲を食らった鳩みたいな顔をしていると、父さんは付け加えた。
「高校入学と同時に、お前には一人暮らしをしてもらう」
「え、一人暮らし?」
「ああ、一人暮らしだ」
「ちょ、ちょ待てよ。父さんもさっき言った通り、俺には生活能力がないんだよ。それで実家を追い出されたら、マジで死んじゃうって!」
キムタクっぽい顔を作ってから母さんの方を向き、
「母さんもそう思うよな?」
だが母さんは優し気な目をして、
「残念だけど、母さんもそっちの方がいいと思うわ。もともと、どこかのタイミングで敬くんには自立能力をつけてもらおうと思ってたの。いい機会だから、高校入学なら区切りがいいし、それに近くの中学校よりも遠くの高校に行った方が、新しい生活を始めるにはいいんじゃないかしら?」
「それは……一理あるけどさ。でも、実際問題無理だろ。俺家事できないってさっき言ったじゃん」
「大丈夫だ、それならば問題ない。アイリを一緒に住ませるからな」
「え、アイリさんを?」
アイリさんとは俺の家に雇われた使用人兼俺の幼馴染である。
物心つく前からよく一緒に遊んでいて、理由は分からんが俺の家の使用人になってここで住み込みで働いている。
俺たちが成長してからは父さん母さんはもっぱらアイリさんに家事を仕切らせ、自分たちは仕事に邁進しているというのが我が進藤家の内情だ。
ちなみに俺は今まで学校と家を往復するだけの日々を送ってきたし、これからもアイリさんに家事を任せてプロネット住民にでもなるつもりだ。テキトーに他人のニュースパクってそれっぽいコメントつけたらアクセスも稼げるだろう。
「確かにアイリさんと一緒なら死ぬことはないだろうけど、倫理的にダメだろそれは。だいたい俺は男でアイリさんは女じゃないか。間違いが起こったらどうするんだよ」
「その時は責任をとればいいさ」
「簡単そうに言うなよ……それに父さんと母さんも、アイリさんがいなくなったら家事とかどうすんだよ?」
「父さんと母さんはお前ほど家事ができないわけじゃないからな」
「……あ、あと一番大事な問題が残ってるだろ!」
「大事な問題?」
「アイリさんが嫌がるかもしれないだろ! いくら俺たちが雇用主でアイリさんが労働者だからって、俺は男でアイリさんは女だぞ? 本人が嫌がるかもしれないだろ? いや、嫌がるはずだ。でもあんまり嫌がられると悲しいな……」
「それなら本人に聞いてみるか?」
そう言って、父さんは母さんに目配せする。母さんは得たりと頷き、二階へ上がっていった。
「アイリちゃーん、ちょっといい?」と母さんがアイリさんを呼ぶ声が聞こえる。
やがて、母さんがアイリさんを連れて一階へ戻ってきた。
「お呼びですか?」
そう言って、アイリさんは俺たちがかけるテーブルの脇に立った。
相変わらず隙の無い人だ。
腰まで伸びた銀髪は相変わらずよく手入れされてサラサラだし、この世のものとは思えない美貌には軽く微笑みが浮かんでいる。
急に呼び出されたゆえ部屋着姿なのだが、それですら彼女が着ればフォーマルな礼装に見えてしまう。
彼女にならば何をさせても美しく映えるだろう。たとえそれが熱湯風呂リアクション芸だったとしても。
これで17歳――俺よりわずか一つ年上なのだから驚きである。世慣れたレディーと思ってもおかしくない。
そう言うと、なぜか彼女の機嫌は悪くなるのだが……。
「すまないな、部屋でゆっくりしている時に来てもらって」
「いえ、進藤さんの呼び出しですから。それで、ご用件は?」
「ああ、実は高校進学と同時に敬に自立してもらおうと思ってな。だがいきなり一人暮らしというのも不安だし、まずはアイリを一緒に住まわせようと思って呼んだんだ。どうだ? 無理なら無理と言ってくれ」
アイリさんは父さんから話を聞くと、考え込むように顎に手を当てた。その間に母さんが椅子を一つ出し、彼女に座るようにうながす。アイリさんは「ありがとうございます」と言って着席してから、
「私は全く構いません」
「は!?」
俺は思わず椅子から跳ね上がった。その拍子に膝をテーブルの下にぶつけた。
「ま、マジで言ってる?」
「ええ、大マジよ」
アイリさんは全く動揺した様子もなく言う。
「でも、俺は男だぞ?」
「それがどうしたの?」
「いや、男と女一つ屋根の下っていったら、もう間違いが起こらない保証なんて――」
「間違いを起こすの?」
「え? いや……」
「敬にそんな度胸ないわよね?」
「うるせえな、俺だってやる時はやるぞ! なめんな!」
「嘘ばっかり」
涼し気に言ってから父さんに向き直り、
「そういうわけなので、私なら大丈夫です。敬は県外の高校を受検するんですか?」
「そのつもりだ」
「では、私も同じ高校に転入手続きを行います」
「そうしてくれると、助かる」
そして、当の俺を置き去りにして話はトントン拍子に進んでいく。
「さあ、というわけでまずは敬には県外の高校を受検してもらうぞ。場所はそうだな……宮城県の青葉第二高校なんかどうだ? お前にはちょうどいいだろう」
「どこだよそこ」
「県下ナンバーワンの進学率を誇っていて、旧帝や早慶への進学実績も確かなものだ。どうだ? お前の夢にとっても悪いところじゃない」
「……確かにな。この県の高校だってたかが知れてるだろうから」
「決まりだな」
父さんは満足げにうなずいた。
それから引っ越し先が決まり、必要な家具を通販で見繕う。家具に関して俺は全くのド素人だから、そこは全てアイリに一任した。彼女は真剣な表情で一つ一つ吟味しながらカートに入れていき、最後に購入ボタンをクリックした。洗濯機などの購入は後回しとする。
次に妹の幸奈へ俺が高校進学と同時に引っ越しをすることを伝える。俺が彼女の部屋のドアの前でお伺いを立てるように平伏すると、「……そ」という一文字の啓示を示して扉を閉めた。幸奈神はご機嫌斜めらしい。
こうして俺の自立支援プログラムは着々と現実へと移行されていったのだった。