不登校、そして一人暮らしへ
「あそこまで言うことねえだろ……」
平日の真昼間、カーテンを閉めた自室の隅で俺は体育座りをしながら、我妻のフリ方に対する愚痴をこぼす。
あの日――俺が我妻にフラれてから、今日で一週間が経つ。
その間俺は一回も学校に行っていない。
* * *
なんだか、失恋のショックとそれに想い人から「キモ」とか「ありえない」とか心ない罵倒を加えられて、気がめいってしまった。
そもそも、俺は中学校なんか行きたくなかったんだ。
だってクラスメイトは馬鹿だし、いつも騒いで授業中断してるし、俺に構ってくれないし。
そんな状況で手を差し伸べてくれたのが我妻だったのだ。そんな彼女に手ひどいフラれ方をしては、もう次の日からどんな顔をして会えば良いのか分からない。唯一の登校理由だった彼女に合わせる顔がない。
我妻と話せないならもうあの掃きだめに行く必要もない。
幸い俺は勉強ができる天才なので、中学なんて行かなくっても高校入試は問題ない。通信簿は体育以外いつもオール5だったからね。
今は10月だし、修学旅行というビッグイベントもあるがスルーしてしまえば良い。最愛の人を喪い友達のいなくなった俺に集団行動など苦痛でしかないし、東京や鎌倉は行こうと思えばいつでも行ける。というか、制服着て田舎丸出しで都会を練り歩く方がダサい。
だから俺は今後一度も学校に行かずに中学生を終えてしまおうと肚を決めた。
いつも思い切りは良いが少し時間が経つとだんだん不安になってくる性分の俺にとってはまさに思い立ったが吉日、決心の揺らがぬうちに退路を断ってしまうべく俺は失恋したその日のうちに両親と向き合って腹積もりを明かした。
父さんは企業のやり手社長、母さんはその顧問弁護士という肩書で両者多忙だったが、幸いというべきか俺のスペシャルな日は双方早く帰宅していた。
「そうか……」
父さんは俺の話を聞くと腕を組んでワイシャツの襟に顔をうずめ、沈思黙考の構えに入った。なんかイチイチビジネスマンくさい。
「敬くんがツラいのは分かるけど、でも不登校なんて……まだ、これからもあるのに」
一方で母さんは、俺のことを心配してくれつつも俺が提出した不登校の建白書には不賛成のようだ。
母さんは忙しい中で時間を見つけては俺に愛情を注いでくれたから、どちらかというと母さんの方が俺の言うことを理解してくれると思っていたから意外だった。
父さんは家庭を母さんに任せがちだった分後ろめたさを感じてか、何も言わない。変な遠慮をするなあ。こういう時こそブレストでクリエイティヴなオピニオンを出してコンセンサスを形成すべきだろう。アグリーしろ。
「母さん。確かに俺はフラれてツラかったんだけど、それ以上に俺と話してくれる唯一の人を喪ってしまったから、もう学校に行きたくないんだ。もともと二年生の時点で不登校になろうと思ってたんだよ。もう受検に必要な知識は覚えたし、模試もトップだったから。でも、そんな学校に彩を与えてくれたのが、我妻さんだったんだよ。確かに失恋の痛手はあるけど、それ以上に話し相手を喪ったことがツラいんだ」
「でも話し相手ならいくらでも――」
「母さん」
そこでシンキングタイムに入っていた父さんが低い声を出した。
「どうしたの?」
「俺がこういうことに口を出すのもなんだけど、敬の言い分を受け入れてやってはどうだ?」
「でも――」
「敬がこういう、人づきあいの下手な子に育ったのは親の責任でもある。それを理屈を曲げて無理に学校に通わせても、敬のためにならないんじゃないのか? 学校は集団生活を学ばせる側面もあるが、それでいじめられて集団から排斥されては元も子もない。それよりかは、中学はここでいったん区切りをつけて、高校生活でこそ敬にとって必要なことを学ばせた方がいいとも思わないか?」
「悟さん……」
父さんの真摯なオピニオンを聞いて、母さんは顔をうつむけた。そして脳内でセッションを一通り終えた後、
「……分かったわ。そうね、行きたくもない学校に無理して通わせることなんてないものね」
「母さん……」
「ただし、条件がある」
と、ここで父さんが割って入ってきた。
「なんだよ、条件って」
「父さんは普段忙しくてあまり家にいてやれないし、母さんも母さんで抱えている案件が多い。母さんはそれでも時間をつくって子育てをしてきてくれたが、やはり時間が足りなかったようだ」
「何が言いたいんだよ」
「お前には、生活能力が全般的に足りてない」
父さんは、重々しい声でそう告げた。
「生活能力? 何言ってんだよ父さん、俺はそんなことないぞ」
「料理はできるのか?」
「……急になんだよ」
「できないよな。洗濯は?」
「……」
「掃除も、その他の日常に必要な雑事もまともにこなせないよな。第一一人でコンビニも行けないじゃないか。店員が怖くて」
「ばっ……! あれは昔の話じゃねえか! 最近は一人で行けるようになったんだぞ!」
最近では学校帰りにコンビニで買い食いなんてこともできるようになった。最初は怖かったけど、店員さんの笑顔マシマシの接客によって俺の恐怖心は拭い去られたのだ。あの美人の石川さん、絶対に俺に気がある。いつも笑顔で応対してくれるし。
すると、父さんは一層顔をしかめ、
「スーパーは?」
「……」
「行けないだろう? スーパーには食料品を買いに行かなきゃならないのに」
「い、いつか行けるようになるから」
「そう言ってもう15歳じゃないか。大丈夫か? 俺が言うのもなんだが、やっぱりお前には生活能力が欠けているように思える」
父さんが言うと、母さんは申し訳なさそうな顔を浮かべた。あれ、もしかして叱られてる?
「父さんも母さんも、その点では申し訳ないと思ってる。が、一方でそれはお前の怠慢でもある。そこで、だ」
そう言うと、父さんはこちらへ身を乗り出して、俺にとっては寝耳に水、青天の霹靂のような言葉を述べた。
「お前には、ここを出て行ってもらう」