プロローグ
「お父さん、お母さんってどんな人なの?」
「どんなって…うーん、どうだろうな、お前を大事にしてるようだったな」
父は、一度悩んでから天井の電灯よりも少し外れた、そんなところに目をくれてそう言った。
僕は、母の眼差しを知らない
「おじいちゃん、お母さんって、何でいないの?」
「…遠い所に、いるからさ。」
おじいちゃんは、優しく、そして静かな声で空を指さした
僕は、母の声を知らない
「お兄ちゃん、お母さんは…」
「もういいだろ快、それより、あっちにおやつが置いてあるから、食べに行こうぜ」
兄はテストで悪い点を取ったようなばつのわるい顔で、僕の名を呼んで本を閉じて台所を指さす。
…僕は、母の名前を知らない
「…っ」
うっすらと目を開くと、そこは見慣れた光景で、
翳ったところは茶色とも灰色とも言えない色に落ち、光のラインのみが天井を本来より明るい白で照らし出されている。
不意に日光を直視してしまってか、太陽の光の場所から光の流れたライン状に目を閉じても緑にも似ついた色で数秒ちかちかと残る。
そんな視界が嫌で、つい薄く目を細め、窓の向こうにある棚に目を向けた。
写真立てには、一本の樹と、僕の家族と、赤ん坊の僕が映った紙切れが、サイズにも合わずに左の淵に沿うように入っている。
…僕には、母がいたころの記憶が無い。
それは記憶喪失などでもなんでもなく、幼かった僕には覚えるほどのことができなかった、というだけではあるのだが、まるで記憶喪失の少年の気分を味わっているような感覚に浸れる。
まるでファンタジー気分ではあるが、解らないものを考えるという言い回しであることを考えると皮肉なもので、決して心から楽しむことは出来やしなかった
と、まあ、そんな僕の悩みは露知らず、写真の中の母親に当たるであろう若い女性は、樹に軽く手を触れ、薄く笑いを浮かべている。
そんな表情が、少し気を苛立たせさえしたが、彼女にそんな声は今更届く訳もないし、写真に呼び掛けたところで返事が返って来たら世界に電話なるものは必要もない。
「…はぁ。」
無駄だ、無駄。
この世界には、考えて何とかなるものとならないもの両方があるとは言うが、僕みたいなごく普通の人間は後者が多すぎていやになる。
特に最近なんて、解らないことや考えもいらない苦悶ばかりで酷い話だ
「僕も、遠い所に行きたいよ、母さん…」
拳を握り、奥歯に力を籠める。
そんな中、僕の耳に自分の声ではない、聴きなれた声が入ってくる。
「何を感傷に浸ってんだか知らねえけど、取込み中悪いが飯はもう冷めてるぞ」
全く、人がこの閑寂な部屋の中で感傷に浸っている中で、能天気すぎる奴だ。
なんて心で言ってみるが、結局の所僕にとっては大切な家族である故にか、どうにも怒りはわかないようだ。
「…不思議なもんだよ。」
「ん、どうしたんだ」
「あ、いや何も?」
つい口に出してしまった言葉を、急いで僕は訂正する。
「…ああ、その写真か?爺ちゃんにお前には秘密にしろって言われてたんだけど、それの場所ぐらいだったら教えてやってもいいぜ?」
「…本当!?」
「…その代わり」
と言って、兄はすっと僕の前に一本指を立てる
「内緒?」
「違う、こ、れ、だ」
と言って、兄は指で円を作りにっと笑う。
「…はいはい」
相変わらず漬け込みの激しい図々しい兄だ。なんて心ひそかに毒づきつつ、そっと百円玉を渡す
「にしても、前々から気になってたもんなお前。」
「そういうの良いから、教えて」
「…しゃあねえなあ…」
と言って兄は自信満々に腕を組み、やれやれとしつつもどこかうれしそうな表情で、悪い笑みを浮かべた
久し振りに小説投稿しました、まだまだ拙いですが、評価をくださると嬉しいです。
閲覧誠にありがとうございました。
これから瘣樹を連載していきますので、ぜひ愛読くださると嬉しいです