大谷選手をめぐるスキャンダルとスポーツ不要論
初出:令和6年3月26日
MLBで大活躍の大谷祥平選手がスキャンダルに巻き込まれているようです。
①大谷肩代わり説
当初のマスコミの発表では事件の概要はこうでした。
大谷選手の専属通訳である水原氏がギャンブルで多額の借金を背負い、それを知った大谷選手が水原氏の借金を肩代わりすべく、ギャンブルの胴元、ボウヤー氏にお金を振り込んだ、という話です。
②水原窃盗説
ところが数日して事件の概要が違ってきました。
水原氏が大谷選手の口座から金を盗み、勝手にボウヤー氏に振り込んだ、という話です。
現在のところ、これが事件の公式の真相になっています。
③大谷真犯人説
一方、米国のSNSなどでは大谷選手が真犯人で水原氏はスケープゴートではないか、という書き込みが目立つようです。
本当は大谷選手がギャンブルに手を染めていたが、公になるとドジャーズ球団としては多額の移籍金で獲得した選手を失うことになる。またMLB機構としても大谷というスーパースターを失うことはメジャーリーグ自体の人気の低迷につながる。
そこで当初、①の肩代わり説をマスコミが発表した。ギャンブルをしていたのは水原氏とすれば大谷選手は刑法に問われることはない。
ところがMLBの規約でメジャーリーガーがギャンブルに関与した場合、出場停止処分などの罰則規定がある。①の肩代わり説では大谷選手はアウトになる可能性が出てきた。
そこで②の水原窃盗説を採用。これなら大谷選手は完全にセーフ。
水原氏には”悪者”を演じてもらう代償に、それ相当の金額を口止め料や保釈金として払えばよい。大谷選手の個人貯金だけでなくドジャーズ球団やMLB機構の資金を使えば財源はいくらでもある。
こういう説がネット上で流布しているようです。
ここでクイズです。
Q:事件の真相は何でしょうか。
A:①の大谷肩代わり説が正しい
B:②の水原窃盗説が正しい
C:③の大谷真犯人説が正しい
いかがでしょうか。
1.”神聖にして侵すべからず”大谷マスコミ報道
もともと最初から②の水原窃盗説をマスコミが発表していればこの事件は問題ありませんでした。ところがなぜ最初に①の肩代わり説が発表されたのでしょうか。
陰謀論的に勘繰ると③の大谷真犯人説が最も整合性があるかに見えます。ところが日本の多くの大谷ファンは③を否定します。その根拠としては「大谷選手は聖人だから」という書き込みを複数見つけました。
かつてのイチロー選手もそうでしたが日本のマスコミは大谷選手に関して、まるで皇室のように”神聖にして侵すべからず”ルールで報道している感じがします。批判的な記事は一切載せず、ひたすら選手をほめまくります。
実際に本人に会ったことがない人に大谷選手がどのような人間かわからないはずなのに、日本のマスコミの情報から「大谷選手は聖人だから」悪いことをするはずはない、という先入観がわれわれ日本人に形成されています。
一方、米国民はそうした先入観がないので③の大谷真犯人説を簡単に受け入れるのではないでしょうか。
真相は私にもわからないし、また真犯人が必ずしも処分されないことは日本の政治スキャンダルを見てもありそうな話です。
しかしながら”神聖にして侵すべからず”大谷マスコミ報道に対しては、そろそろわれわれは眼を見開くべきときだと思うのです。
2.英語と日本語の二刀流を
それにしろ、③が真相でないなら、そもそも大谷選手が通訳を雇っていること自体が諸悪の根源なのです。
ピッチャーとホームランバッターの二刀流というベーブルース以来の離れ業をやってのけた大谷選手。英語をもっと勉強して英語と日本語の両方がしゃべれる語学の二刀流を目指してはどうでしょう。
かつて松坂投手がMLBでプレーしていたとき、試合中、キャッチャーがブルペンに走り、松坂投手となにやら打ち合わせをしていました。テレビでは会話の内容までは聞こえませんが二人が英語で長時間しゃべっていたのは明らか。バッテリーの作戦会議といったところでしょうか。
MLBで通訳なしでプレーすること。大谷選手に必要なのはこれでしょう。
3.スポーツ不要論
私はかつて「なろう」で「スポーツ不要論」というエッセーを書きました。お読みになった方もいるでしょうか。
今回の私の「富士山回答」はこのスポーツ不要論そのものです。
スポーツは何も生産しません。
大事な仕事は生活必需物資の物づくりです。そういうことにわれわれ人民は気づくべきです。
球団のスポンサー企業はスター選手には何億という年俸を与え、自社の社員にはその10分の1の給料も支払いません。もし球団を持たなければ企業は社員に倍額以上の給料を与える余裕があるはずです。
世の中の莫大な資本がスポーツ興行に使われます。この資金をわれわれ人民の生活に使えたら、われわれはどれだけ豊かになれるでしょうか。
球場の建設費は膨大です。一方、われわれは一生働いた金を使ってウサギ小屋と揶揄されるマイホームを買います。球場の建設費を住宅ローンに回せたら、どれだけ私たちの暮らしは豊かになるでしょう。
学校では体育教育でスポーツを子供たちに強要し、スポーツの部活動は子供たちから多くの時間を奪います。
健康のためのスポーツならラジオ体操ぐらいで済むはずです。体育の時間は大幅に削減すべきです。
また学校は勉強をするところです。部活動は学校とは別の任意のスポーツクラブを作って、やりたい人だけがそこに通うというのはどうでしょう。
以上、社会全体がスポーツにかけるコストを減らして、われわれ人民の生活費に回すこと。
スター選手を礼賛する前に思考停止せず、こうしたことを意識すべきでしょう。
(つづく)
「スポーツ不要論」
お読みでない方は是非お読みください。
https://ncode.syosetu.com/n2249da/




