1-2_異世界転生者はいっぱい
眠りから目が覚める。人生で幾度となく経験したその感覚。特異な部分があるとすれば、ゴリゴリと背中を刺激する小さな砂利の存在。
空は今まで見たどんなものよりも高く、そこを満たす空気も初めての味わい。
俺は狙撃銃を抱き締めていて、それが先程の出来事が現実であることの証明書となる。
天を仰いでいると何かの息遣いが聞こえ、右に寝返りを打つ。すると、それはそれは可愛らしい顔をした誰かが同じように倒れていた。
ショートカットで、俺と同じ世界の物と思われる服にハーフパンツ。中性的な容姿で、少女か少年かよく分からない。
周囲を見回しても人影はなく、林に囲まれた街道のような場所。
「ここは古典的な判別方法でいこう」
男だったらギリギリアウト。女だったら普通にアウトの手段。手をハエのように擦り合わせてから、恐る恐る股間に触れる。
「男だ……!」
この瞬間だけ、世界で一番格好いい声が出ていたと思う。
もし女の子だったらヒロイン確実だったのにガッカリ。よく見ると、彼が扱うには少々大きすぎる剣が寄り添うように置かれていた。
きっと、同じような境遇なんだろう。俺が死んでも喜ぶやつは多いが、この子みたいな人間が死んだら多くの人が悲しむはず。
なんだか放っておけなくて、肩を軽く揺すってみた。同じ人間とは思えないほど、しなやかで華奢。こんな身体で戦っていけるのだろうか。
「ぅん? おかーさん?」
目を覚ました少年は、甘えるような声でそう言う。
「ああ、あんたのお母さんだぜぇ」
思わず、悪ノリ心に火がついた。
「って! 違ぁう!」
勢い良く飛び起きて、激しいツッコミを繰り出す。どうやら元気そうだ。
「おはようさん。そっちも死んだら女神が出てきたって感じ?」
「――うん」
表情は一瞬で暗くなり、俯いてしまった。恐らく、酷い死に方をして、家族なんかが心配なんだろう。
「ほぼ同時にこっちに来たのも何かの縁だ。とりあえず、俺の死因でも聞いて笑ってくれ。俺はなぁ、靴下履こうとしたらバランス崩して、テーブルにガツンって感じだ。酷えだろ?」
「ぷっ……。あ、ごめんなさい笑ったりして。痛かったですよね」
どこまで聖人なんだコイツは。
「ボクはもっと酷いですよ。道路に飛び出した猫を助けようとしたら、トラックに引かれてしまって。運転手さんや家族に迷惑を……」
(ド定番役満キタァッ! 何だよこの主人公補正。俺絶対勝てないわコレ)
涙を今にも落としそうなほど瞳をうるませ、肩を震わせた。その背中を、強すぎない程度に叩くしかできなかった。
「とりあえず、靴下のせいで死んだマヌケの名前はノギだ。異世界転生の同期なんだし、呼び捨てにしてくれ」
これ以上元気づける方法も思いつかず、適当に自己紹介して、右手を握手の形にして差し出す。
「ボクは【四季折晴】。四季折々の四季折が名字で、名前は天気の晴れの字。ハルって呼んで下さい」
握り返してきた手はあまりにも小さく、これが剣を握るために付いているものだとは思えなかった。
一方俺の手はさんざん使い込んだせいで皮膚が固くなり、革手袋のよう。
そんな手を握ったせいなのか、彼の涙は少し引っ込んでいて、笑顔を見せてくれる。
「とりあえず、街とかそういうもんを探そう。俺はともかく。ハルは食料と水の問題がある」
俺の能力はどこまで不死身かは分からなかったが、ちゃんと効果が出ているのなら、当分は死ねないはずだ。
彼に悟られないよう、近くにあった尖った石で腕を強引に傷つけてみたが、想像以上の速度で傷口が閉じていく。どうやら、全てが真実のようだ。
自傷行為には、それなりの覚悟がいる。しかし、不死身の肉体がそうさせているのか、恐怖という感情が弱まっていた。それが急に湧き出てきた自信にも繋がっているのかもしれない。
なんとか少年を立たせ、道なりに進もうとした瞬間。
「キャーッ!」
(キタッ! 定番の、女の子がモンスターに襲われて悲鳴を上げるやつ!)
声の方に視線をやると、ゴブリンとしか言えない容姿のモンスターに襲われる、いかにもメインヒロインみたいな女の子。こちらに走って逃げてくる。
「さぁッ! 俺の胸に飛び込んでこいッ!」
両手を広げて彼女を待ち構えるが、俺を通り過ぎてハルの方に抱きついた。
真顔! 俺は世界で一番の真顔をしている。ああ分かっていたさ。可愛らしさすらある主人公の少年と、序盤で仲間になる回復魔法をなかなか覚えられないタイプの蛮族。誰もが前者を選ぶ。
銃を斜めに構え、アイアンサイトで先頭のゴブリンに狙いを定めた。それぞれ、肉厚のナタを持っている。
この銃の無限の定義はどうなっているのか分からないが、十発は撃てるはず。壊れないなら鈍器としても使える。
落ち着いて安全装置を解除し、送弾。過剰な力で狙いがブレないよう、静かな射撃を心がけた。
撃鉄が落ちる直前まで引き金を絞り、じわりと指先に力を入れる。すると撃針が雷管を叩き、股間の辺りがきゅっとなるほどの素晴らしい炸裂音。
弾丸は狙い通りに飛翔し、一体の胴体を貫く。いや、抉った。
霧状になった血液が飛び散り、残りの二体を染め上げる。俺もゴブリンも呆気にとられて動きが一瞬止まるが、激昂したゴブリンの「ギャーギャー」という鳴き声で我に返った。
急いで次弾を薬室に送るが、人間を上回る身体能力のゴブリンは足が早く、一瞬で間合いを詰められ、なまくらのナタで首を叩き切られてしまう。
刃は骨にまで達し、その音が耳から頭へ届く。頭を打ったときとは比べ物にならないほど嫌な感じ。鈍痛と鋭痛がせめぎ合い、ひたすら「痛い」という文字を反芻した。
ただ、それだけ。酷く痛むが、気が遠くなることもなく、意識ははっきりしている。目も見えているし、腕もぎこちないながらも動かせた。
「ガボ! ゴボボボボッ!」
傷は声帯にも及んでいて、罵倒の言葉を上手く言えない。相当口汚く罵ったので、聞こえなくてよかったのかも。
俺の首をやってくれたゴブリンに飛びついて、引きずり倒してから馬乗りになる。間髪入れず、銃のストック部分でひたすら殴った。折りたたみ式なので壊れないか心配だったが、歪むどころか傷一つ付かない。
生憎、俺が選んだのは敵を上品に殺せる武器ではない。撃つか殴るかの便利な道具だ。
小鬼の生命力は凄まじく、四、五回殴ったにもかかわらず、爪で俺の右目を引っ掻く力を残している。一方、首の吹き出すような出血は止まり始めていた。
耳はしっかり機能していて、女の子の泣き声に、ハルのたじろぐ声。それに混じって僅かに聞こえる、土と砂利の上を歩く音。
仲間を撲殺されている合間、もう一匹は俺を後ろから狙っている。なかなか、勝利に貪欲な種族だ。
足元のやつが伸びているのを確認して、振り向きざまに銃口を臭そうな口へ突っ込む。迷わず引き金を引いて、顎から上を肉塊にしてやった。
今までだったら、それなりに疲労感の感じる一連の行動。しかしながら、不死身の肉体は素晴らしく、ほとんど息苦しさを感じない。それに、殺そうとするのもされるのも怖くなかった。
殺した三体の子鬼は影のように黒くなり、地面に溶けていく。この世界の怪物は、死体が残らないのだろうか?
声はまだグズグズとした音が混ざり、右側の視界はぼんやりしていてやや赤い。
「オゥ、ダイジョグ……ウブガ……」
咳払いをして、喉の通りを良くしてもう一度。
「ダイジョウブか?」
モンスターの襲撃から助けたんだ。こんなことをされたら、彼女の脳内で俺と結婚から老後までの妄想をしているに違いない。
「イヤァァァッ! 今度はアンデッド系のモンスタァー! 助けてくださいぃ!」
ハルは抱きつかれ、頬を赤く染めていた。
「あ、あの。この人もボクと同じ人間で――」
「ニ……ニンゲンニ……モドシ……テ……」
アンデッドモンスターとまで言われ、カチンと来る。もうこうなったら徹底的にビビらせてやろう。全身をガクガクと震わせ、手を伸ばすと、二人は悲鳴を上げて一目散に逃げていった。
その先には巨大な街が広がっていて、そこでギルドとか寝床を探せと言わんばかり。
傷が完璧に治るまで、近場にあった太い木を背もたれに腰を下ろす。
すると、ゴワゴワとした感触が右の太ももを刺激した。それはポケットに入っていた小冊子によって引き起こされている。
血で汚さないよう、服で手を拭ってからそれを取って開く。
その小さく地味な書物は、女神から授かった武器や能力の仕様書のようなもの。未知の言語なのだが、自然と意味が分かった。
銃は念じることで取り出したり仕舞ったりが可能。マガジンは、MPを消費して生み出せる。少しでもMPを節約したい場合は、弾薬だけ生成するといい。この世界に物質としてではなく、概念として召喚しているので、基本的に壊れることはない。ただし、弾丸は火薬を消耗したり、弾頭が潰れたりすることも機能の一つなので、壊れるようになっている。――武器の女神エポン
私が授けた特殊能力は、障壁などに干渉することが可能になるもの。単純に破壊する能力というより、あらゆるものを物理領域に引きずり堕とす能力。運動エネルギーと合わさることで性能は格段に上がる仕組み。女神より格上の障壁相手でも、破壊できる可能性はある。これは、不可能を無くす力。ぜひ、正しく使ってくれ。――破壊の女神クトラ
キミは、面白い選択をしたね。不死身の肉体はどうかな? 怪我をしたときにすごく痛いかもだけど、厄介な魔法が多いこの世界では良い能力だと思うよ。女神に悪意を持った魔法もあるからね。君の選んだ武器と能力は、これからやっていくにはちょっと地味だと思ったから、おまけにキミの肉体と精神をバランスよくイジってある。頑張ってね。――めちゃんこカワイイ自然の女神イーチャ
最後の一文で、その他諸々がどうでもよくなるインパクト。どこをどう弄ったのあまり考えたくないが、確実に精神を弄られている。ゴブリンを見た瞬間「殺そう」という単純な感情に塗り潰されたので、それは明白だった。
目はバッチリ治り、首の傷もミミズ腫れ程度。立ち上がって女神の説明書をポケットにねじ込む。
説明にあった通り、手の平に弾丸を意識する。すると、細長く黄土色の弾丸が一発、手品のように現れた。
生成される瞬間をよく観察すると、瞬間的に現れるように見えるが、実際に使える段階になるまで一秒ほどのタイムラグがあるらしい。
次の戦いに備えて薬室に弾丸を送り、安全装置を掛ける。マガジンに使った分の三発を込めて、十一発打てる状態にした。
特にマジックポイントなるものが使われた体感はなく、どれ程の数を生成できるか分からない。試しに弾の入ったマガジンを生成してみると、喉の渇きや空腹とは別の何かを感じる。これが、MPの消費という感覚。落ち着いた場所に行けたら、生成できる数を数えてみよう。
銃の方は、出し入れが自由自在。直前の装弾数のままで何処かに消えるらしい。
しかし、出すのにも微妙なタイムラグがあるので、肩に掛けるためのスリングを使い、背負って街に向かう。
邪魔に感じるとき以外は手に持っていたほうが咄嗟に対応できるし、武器を背負って旅をするという、一つの憧れを満たしてくれる。
――ノギは、いつもより大げさな一歩を踏み出した。ハルに追い越されてしまった隙間を埋めるように。




