6-8_エウターテスの憂鬱
俺はテントの中でノートパソコンを開き、ネットに繋がりもしないブラウザを眺めていた。
「ご主人、なんか不気味ですよその行為」
「しょーがねーだろネット中毒なんだから」
最新型のパソコンに標準インストールされているゲームはなんだか物足りない。それならばと、古いWindows95のノートパソコンを生成してみた。
これには標準でHover!という、ホバークラフトを操作して旗を集めるシンプルな主観視点ゲームが入っている。XPのピンボールでもいいのだが、今はこっちの気分だ。
つまみのアヒージョを携帯コンロで加熱し、こちらの酒にしてはアルコール度数の高いエールをがぶ飲みしながらプレイ。
思った以上に熱中してしまい、一時間はそれに費やしてしまった。その間にくろすけは寝てしまい、話し相手もいない。
「ふぅ……。そろそろ寝るか」
この身体では、数日に一度眠れば十分。しかし、一応癖で人並みに睡眠時間を使っている。
横になってみるが、戦闘の興奮とゲームのせいで覚醒してしまい、瞼は落ちようとしない。
眠くなるまでの間、エウターテスへの嫌がらせに、妄想の中でスク水と黒ニーソを着せたり、猫耳メイドにして奉仕させた。
きっと俺の邪念はアイツに届き、ダメージを与えているはず。
――ノギの思惑通り、エウターテスは強烈な精神汚染を受けていた。
「うっ……。またですか……」
ここは薄暗くて湿っぽく、青白く微かに光る岩に囲まれている。エウターテスとその協力者以外、場所を知らない。
常人だったら、あまり長居したくない空間。四隅に緑色の炎を灯す燭台があり、その中央に彼女は鎮座している。
燭台から少しずつエネルギーを吸収して回復に努めていたが、度重なる精神攻撃でむしろ消耗しつつあった。
「エウターテス様、またノギという男の嫌がらせですか?」
そう言うのは、癒風市を襲撃した錬金術師と同じようなローブを着崩した女。エウターテスと比べればやや年上に見え、少しツンとした印象。
「ええ。あまり口に出したくないような邪念が心の中に……」
ローブの女は彼女の背中に手を触れ、気遣うようにさすった。
「大丈夫ですよ、すぐにアイツを始末してみせますから。所詮人間。いくら肉体を優れたものに置き換えようとも、無敵の心を作り上げることはできません。だから、そこを攻めるのです」
ローブの女は女神の耳元でそう囁く。
しかし、ノギと直接戦ったことのある彼女は、それを妙策とは思えなかった。
「あの男は、私を殺した人間の再来。回りくどいやり方でどうにかなるとは思いません」
「あらぁ、なんだか妬けちゃう。ある意味、私達より信頼されてるって感じで。最初から神様だった貴女には解らないと思うけど、人間ってすごく脆いのよ」
「ならば、あの男は既に人間ではないということになります。強烈な好奇心と欲望を隠すため、人間の仮面を被っている」
ローブの女はエウターテスから離れて正面に立ち、少し芝居がかった振る舞いをする。
「では尚更、その仮面が剥がれ落ちる前に始末してしまいましょう。エウターテス様の創り上げる平和な世界。それを壊す怪物は必要ありませんから。それに、少しでもアイツの妨害になれば、貴女を回復させるための時間稼ぎになります」
「そうですね。では、お願いします。でも一体どんな手を……?」
「それは、お楽しみですっ」
承認を得た彼女は、ローブを翻してその場を後にした。
エウターテスはノギからの攻撃に耐えるため、力を送ってくる燭台に集中する。
その緑炎の先に、自らが殺した夫婦の姿が揺らいだ。
彼らは、本来救済の対象だった存在。エウターテスという、幸福を振りまくだけの女神であり続けるため、殺してしまった。
以前ほどの力があれば、蘇らせることもできたが、今は立て続けに力を奪われそれもできない。
今更になって、ケンジが持っていた杖【フギン・ムニン】を使っていれば、彼らを殺さずに済んでいたのではないかという感情が芽生えてくる。
その杖は彼らが必要だと言うので、一時的に貸している状態。この先しばらくは、自らの粗相を包み隠すには殺害という手段しかない。
エウターテスは、不完全な自分をひたすら責め立てた。
――ノギは妄想で弄んだ女神がそこまで苦しんでいるとは知らず、今度は黒いガーターベルト装備のナース服を着せて看護させていた。
女神を冒涜する興奮半分、脳にしっかりとイメージを起こす疲労半分。そのせいで、少しばかり眠くなってきたような気がする。
しかし、外から風が草を倒すそれとは違う音が聞こえ、再び覚醒した。
枕元に出しっぱなしにしていたMP-443。それを手にし、テントからそっと出る。
闇は一層深まり、世界そのものが寝静まっていた。
音のした方を探ると、アリシアで一安心。薄着で肌には汗を浮かべ、なんだか色っぽい。
「こんな夜中に鍛錬か? 明日大丈夫なんだろうな?」
「起こしてしまったか。これはいつものことだから気にするな」
彼女は俺を見るやいなや、緩んでいた表情を引き締めた。
「寝る前に俺の顔を見せて悪かったな。今夜は悪夢決定か?」
「そうだな。私の苦労の日々が一瞬で否定されてしまったから、寝入りも寝覚めも悪くなりそうだ」
「たかが一発弾かれて、弱っちいリザードマンとの戦いを見ただけでそう決めつけるなよ」
アリシアは小さくため息をついて、俺から視線を逸らす。
「いや、それだけで十分理解できた。まぁ、魔法を使えば私のほうが強いが」
「そうかもな」
それ以上言葉を交わすこともなく、各自テントに戻り、夜を明かした。




