6-6_キケンな夜道
腹は満たされ、それぞれが穏やかな時間を過ごす。
レンカとカヤは、焚き火を眺めながらとりとめのない会話をし、アリシアは荷物の整理をゆっくりと行っている。
食器の後片付けは消してしまえばいいので恐ろしく簡単だ。
地球にいた頃は、今頃ネットで動画漁りをしていた時間帯。どうも手持ち無沙汰になってしまう。
お気に入りのサイトを巡回できないというのは、いつになっても慣れないし、カルラとSNSで下らない面白画像のやり取りもできない。
図鑑の奥深くを探ってもゲーム機は見つからないので、それを持ち込んだ転生者を今度見つけないと、禁断症状でどうにかなりそうだ。
アリシアは地球産の映画やアニメを知っているらしいので、ザンヘルに戻ったら聞いてみよう。
そう思って彼女を横目で見ると、布の袋を持って皆に語りかける。
「鍛錬ついでに、向こうの川で洗濯をしてくる。しばらく帰ってこないから、先に寝ていて構わない。何か一緒に洗っておいてほしいものはあるか?」
それはいつものことらしく、カヤはテントでさっと着替え、今まで着ていた服を渡す。
「いつもありがとね」
「気にするな。レンカはどうする?」
「お手伝いしなくていいんスか?」
レンカはあんなんだが、根は真面目の塊。ちょっと申し訳無さそうだ。
「洗濯も修行になる。握力が必要な剣士なら、喜んでやるべき仕事。私にやらせてくれ」
「えっと、じゃあお願いするっス」
いくらアリシアとはいえ、暗闇に一人ほっぽりだすのはどうかと俺の脳内天使が囁く。脳内悪魔も下心があるのでそれに賛同した。
「お嬢さん一人で夜道を逝くなんて危険だゼっ。俺もついてくゼっ」
「いやこの場合、そこらのモンスターより強力かつ下心のあるノギのほうが危険だろう」
再び脳内天使が囁き、俺に入れ知恵をする。それに従って、俺はアリシアを説得。
「じゃあ俺のパンツ洗ってくれるのか!? パンツだぞ。パ、ン、ツ!」
「うっ、それだけはなんとしてでも避けたい。――くっ、好きにしろっ」
「なんか自分で傷つくほうに持っていった気がする……」
しかし、脳内天使と脳内悪魔は下卑た笑みを浮かべ、拳をコツンとぶつける。こいつらグルだ。
くろすけをレンカとカヤの護衛に残し、アリシアと二人きりで川の方へ向かう。月こそ無いものの、それより二回りほど小さい星がいくつか浮かんでいて、意外と明るい。
それでも草むらなんかがあって見づらい部分もあったので、フラッシュライトとLEDランタンで周囲を照らし、背負ったM4のポジションを気にしながら進む。
洗濯物の入った袋は、鍛錬や女物だからと言う理由で持たせてくれなかった。
「あぁ、ハルきゅん……。離れれば離れるほど恋しくなる……。ノギを見ていたせいで疲弊した精神を慰めてほしい……」
「俺は邪神かなんかか? いや待てよ、俺は女神の力でくろすけを使役している……。それは邪神とも解釈が可能だ。つまり俺って神!?」
「今、全世界の神が、ノギと一緒くたにされたことに憤りを感じているはずだ」
やはり彼女は、俺を貶すことに関しては群を抜いている。しかし、次の言葉はどこかしっとりとした言い方だった。
「……だが、これから女神を殺しに行くんだ。そのくらいの意気込みは必要かもしれない」
アリシアが信念を貫けば、エウターテスという女神は敵になる。全ての女神が敵になるわけではないが、どこか思うところはあるのだろう。
一時の無言の後、再び彼女から話しかけてくる。
「ノギ……。言うまいと思っていたが、この感情の昂りは抑えられない」
唐突に、凛とした美しい顔で思わせぶりなことを言うので、狼狽えてしまう。
(なにこの堅物女剣士が告白する前みたいなセリフ!)
その華奢なようでしっかりした足を止め、俺の目を見た。この先の言葉を想像して、心臓の鼓動が早くなる。
「お前が本来の実力を出せる得物……。その腰のナイフだろう? なぜ私と戦ったとき、本気を見せなかった?」
おもいっきり「ズコー」っという擬音を出しながらズッコケたい。というか、もうズッコケた後だ。
いや、今回は変に期待した俺が悪い。何事もなかったように振る舞い、咳払いをする。
「……別に大した理由じゃない。奥の手は出し惜しみするもんだ」
マリを狙った一撃。それだけで見抜いていたようだ。
「なぜ剣ではなくナイフを極めた? 地球には剣道というものがあるとは耳にしたが、短剣道というものもあるのか?」
「ナイフは道具の基礎にして究極。剣よりも慣れ親しんできたし、使うやつを多く見てきただけだ。まぁ実際には、ナイフと拳銃の組み合わせなんだが」
「むぅ。それだけの理由で私の剣が弾かれたということは、修業の日々が否定されたようだ。よし、確かめるために手合わせしよう」
こっちの世界の住人は、地球人よりも温厚で闘争心が低いなんてイーチャは言っていたが、アリシアは違う。ギルドの一部の連中も喧嘩っ早くて戦いは好きだが、アリシアほどじゃないはず。
「俺のは、ただの殺しと自衛の手段。誰かと安全に手合わせするような訓練もしちゃいない。無理やり斬りかかってきたらハルに言いつけちゃうぞ!」
「そ、それは困る……」
既に袋を置いて剣の柄に触れていた彼女は、シュンとして渋々諦めた。
間もなく川辺にたどり着き、洗い場に良さそうな場所を探す。
浅瀬で流れの穏やかな場所を見つけ、アリシアは洗濯を始める。石鹸と洗濯板の古典的なやり方で、丁寧に汚れを落としていく。
俺も荷物入れのコンテナから着替えを取り出し、石鹸を溶かして染み込ませ、大雑把に揉み洗い。
一応は護衛のつもりで付いてきたので、周囲にモンスターの気配がないかと警戒していた。
しかし、なんだかよく分からない虫の鳴き声と、風が川や草原を撫でる音だけ。静かな夜だ。
安心しつつも、なんだか妙な胸騒ぎを感じていたので、警戒を解かない。
――それが功を奏した。
川向うで何かがギラリと光り、咄嗟にナイトビジョン機能のある双眼鏡でそれを探る。
「トカゲ……人間……?」
そいつは弓を引き絞り、後は指を離すだけで矢は放たれてしまう。
狙いは俺ではなく、洗濯に集中しているアリシア。
「避けろッ!!」
そうは言ったものの、間に合わないかもしれないと思い、飛びかかって突き飛ばす。
トカゲ人間の狙いは精確で、彼女のいた場所――。つまり、俺の左肩に突き刺さった。
「くっ、ついに本性を現したかケダモノめ!」
「俺の肩見ろ! 敵だ!」
返しの付いた木製の矢。それを無理やり引き抜くと、俺の血液とは別に、黄色い粘つく液体が塗布されていた。
「毒なのか?」
次の弓が来る前に、咄嗟に拳銃を生成して傷口を毒ごとふっとばした。
それがいくらか血流に乗ってしまったとはいえ、量が少なければ俺の耐性でどうにかなる。
――無意識に呼び出した拳銃。それはロシア製のMP-443。ノギと名乗る前の俺が愛用していた拳銃の一つ。
「よりにもよって、これを出しちまったか」
なぜだか消すに消せなくて、ズボンに挟んでからM4を構え、矢が飛んできた方を狙った。
M4に乗っけているのは普通のスコープなので、真っ暗で見えなかったが、次の攻撃をさせないよう、制圧射撃に一発ずつ適当に撃つ。
「あいたたたっ! あぁなんてことだ。ノギに突き飛ばされたせいで足を挫いてしまった。これでは戦えん。ノギが本気で戦ってくれないと、二人共死んでしまうかもしれない」
長々と棒読みで痛がるアリシア。彼女はどうにかして俺の戦いを見たいらしい。
「くそっ、めんどくさいやつだな」
仕方なく、偽りの怪我人を引きずって岩陰に持っていく。
「もう少し丁寧に運んで欲しい」
「ならお姫様抱っこが良かったか?」
「それは嫌だ」
俺の深い溜息は、風向きを変えそうなほど。
こうなったら、彼女の望み通り見せてやろう。ノギではない俺のやり方を。




