6-2_俺の中の――
イーチャを呼び出し、宿の廊下の隅っこへ行く。
なぜこんなことをしたかというと、ちょっとばかし自らの身体に不安感を感じ始めたからだ。
「なぁ、俺の身体を弄ったってことは、前よりどう変化したか分かるか?」
「そう言われても、キミの数値を見たりする力は――」
俺の気になっている部分は、化学的な検査で見ようと思えば見えるもの。
「ああ、いや。そうじゃなくてな。女神を殺した人間の力――。強化兵を再現したやつだと思うんだが、別のものに変化してるってことは?」
「単純にそれが強くなるってことは十分にありえるけど、他のものに変わるとは思えないなぁ」
そう言いつつも、彼女は確かめるため、俺の左手に触れた。印は赤く光り、イーチャの力を感じる。
「んんーむ。再生能力に身体が馴染んでる感じだけど、それ以外の力は感じないよ……」
「すまん。俺の思い違いだ」
突拍子もない問いかけに彼女は頭上に「?」を浮かべている。
「――で。カヤ、盗み聞きは勘弁してくれよ」
廊下の曲がり角から、バツの悪そうな顔で頭を掻きながら出てくるカヤ。わざとらしい笑い声を作りながら、俺達の方へ来る。
「あははー。ごめんごめん。ノギくんの身体ってなんか面白そうだから、つい。盗賊の性なんだ。でも、ステルススキルを見破るなんて、どうやって?」
「体臭だ」
カヤが目をパチクリさせながら、鼻を自分のあちこちに押し付けて匂いを確かめる。
「キミはホントに……」
イーチャの見上げつつも見下すような視線をかいくぐり、異議を唱えた。
「いや別に変な意味じゃなくて。ほら、あるだろ? 香水とか食べ物じゃない、独特の人間のにおいってやつが。ちょっとばかし鼻がいいから、嗅ぎ分けの練習をしたことがあるんだ。色々と役に立つし」
「キミは、やっぱ犬として生きたほうがいいと思うよ」
やはり、俺の立場が日を追うごとに落ちているが、マイナスの桁が一だろうが十だろうがもうあまり変わらない。
イーチャは「うーむ」とカヤを見て、何かを思いつく。
「カヤ、盗み聞きしたついでに頼みを聞いてくれないかい?」
「うん?」
「いろいろ考えたんだけど、シャルとルファをメッセンジャーとして少し預かりたい。遠距離用の通話アイテムを持っていればいいんだけど、今更そんな高いものを用意するのは大変だし。だから、その穴埋めにノギに付いて行ってくれないかい? 無理にとは言わないからさ」
てっきりあのポンコツ達を抱えて出かけることになるかと思っていたが、意外な提案。
「おお、カヤなら安心だ。一番デキる子って感じだし」
「そんな、あたしなんて全然!」
戦闘力で言えばアリシアやハルが優れているが、こちらの知識を持ちつつ、いざってときの冷静さと身軽さを持っている彼女は旅の仲間として欲しい。
「女神のスーパー念話でエポンから聞いたんだけど、どうも群青の谷の地形が変わったらしいんだよ。結構派手に崩れたみたいだから、身体能力に優れた二人に絞ったほうが安全かなって」
彼女の提案に俺も乗っかりたい理由があったので、「スーパー念話」の部分に突っ込みたい気持ちを抑えた。
「昨日の戦いで、俺とくろすけで守れるのは二人が限界。三人抱えて戦うのは少し難しいって感じた。だから、俺からも頼むよ」
「あたしはいいけど、レンカちゃんはその二人と離れ離れになるのは嫌がったりしないかな?」
なら本人達に聞くのが一番。ダッシュで部屋の扉を開け、簡潔に話す。
「ちょっと予定変えたいんだけど。シャルとルファはイーチャに付いていく。レンカはそのまま俺と槍の回収。おーけい?」
シャルは「はーい、分かりました」と言い、ルファは腕で輪っかを作ってぴょんぴょん跳ねる。こっちでもマルで合意を表現できるらしい。
レンカは「えぇ! 二人旅なんてまずいっスよ! 絶対間違いが起きるっス!」などと騒いでいる。
カヤが俺の後ろから出てきて「ごめーん、あたしも行くことになったんだ」と言うと、レンカは少しだけしょんぼりした。
さっきから思わせぶりな態度が続くので、変に意識してしまいそうだ。
すぐにイーチャのほうに戻り、結果を伝える。
「オッケーだってさ」
「それなら決まりだね。あの肉片の正体が分かったら、シャルとルファに伝えてザンヘルのギルドへ送り届ける。それと、ハル達と合流できるようにしておこう。エウターテスに所在地はバレているから、この街にもあまり長居できないだろうし」
「槍を回収したら、俺はどうすればいい?」
イーチャは予め用意してあったかのように、すぐ答えを出した。
「キミもザンヘルに戻って、私が帰ってくるまでクエストを受けて特訓あるのみかな? 今の状態だと、どうしても受け身になるしかないしね」
「となると、結構長旅だな」
群青の谷へ行くには、ガラル砂漠を迂回する必要がある。用を済ませ、再びこの街に戻ってからザンヘルへ向かうというのは効率が悪い。なので、群青の谷からザンヘルへ直接戻ったほうが半分程度の時間で済む。
俺の能力があれば、食料や水の問題をある程度無視して突っ切れるのでそのルートで行こうと思う。
することが見えてきたカヤは、やる気に満ち溢れている様子。有り難いとは思いつつも、言わずにはいられなかった。
「……エウターテスってのは、この世界にとっては都合の良い存在なのかもしれない。それを殺すことに抵抗はないのか?」
「誰かの不幸で幸せになるのは嫌かな。それはみんなも同じだから、きっと協力してくれると思うよ。盗賊のあたしが言うのもなんか変だけど」
その言葉は俺に酷く刺さった。人を不幸にして幸福になり、生き永らえてきた俺とは正反対の考え。
経緯を知ってしまった彼女達は、俺の戦いに協力するつもりでいる。
俺はこちらの世界の幸福を奪い、地球という愛着のある場所を守ろうとしている敵でもある。
それどころか、エウターテスという絶対的な存在を殺してみたいという好奇心にも突き動かされていた。
「そうか……。みんな、いいやつだな……」
――俺はきっと、悪いやつだ。




