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女神殺しの銃槍士  作者: カブメント
0話 まだ現実
3/43

0-3_現実の中の非現実

 ゲームセンターの外は夕暮れ時。暑いようで、風が涼しくなんとも言えない体感温度。


 帰りがけにコンビニで唐揚げ弁当とロング缶ハイボールに、つまみ用のコンビーフを買う。

 AO0の中ではもっと豪華な食事にありつけるが、現実の食事と比べると物足りない。

 どんな高級ステーキをゲームの中で腹に入れても、絶対に満たされることはない。味は少しぼやけているし、快楽という意味では現実の食パン一枚にすら劣る。


 空から女の子が落ちてきたり、トラックに引かれるなんてことはなく、平凡な帰路。ほんの数年前は、ここまで穏やかな気持ちになれることはなかった。


 俺は久しぶりのコンビーフに上機嫌になりながら、家の扉を開ける。


 この家に「ただいま」と言って言葉を返してくれる人間はいない。しかし、寂しさよりも気楽さが圧勝している。

 何よりも、家の中で全裸で踊り狂っても許されるというのは素晴らしい。


 唐揚げ弁当を貪り、コンビーフを缶から直接かじりながらハイボールを呷る。これこそが、生きていると実感できる最高の瞬間だ。


 なんとなく見ていたテレビは、世界的な食糧難への対策をAIに任せるか否かの話題や、トラックに轢かれた少年の話題などを淡々と流していた。

 なにか録画を見ようにも、あと少しで出かけなければならない。

 わざわざ暗いものを見せられるのも下らなく思い、テレビの電源を消す。


 部屋の隅に置いたゴミ袋に唐揚げ弁当の容器を投げ捨て、ハイボール片手にノートパソコンを開き、動画サイトのランキングを流し見。

 相も変わらず、何年もネットミームとして漂う男の動画がチラホラと現れるいつもの光景。


 今日手に入れたカードをふと思い出し、小さな書類棚にあった白い封筒を引っ張り出す。

 そこに赤いボールペンで「プレゼント」と書き込んだ――が、物足りなさを感じ丁寧なハートマークもいくつか添える。

 封筒にカードを入れてから、今度渡すのを忘れないよう、デスクトップパソコンや軽作業で使用する作業机の上に乗せた。


「これでよしっと」


 ちょうど視界に入ったデジタル時計は約束した六時の十分前。することもないので、さっさと出かけることにする。

 だが、「出る」と言ってもそこは電子の世界。この家から踏み出す必要はない。


 隣の部屋に繋がる扉を開けると、部屋のど真ん中に設置された物々しい椅子がある。それは歯科治療に使う椅子に見えなくもない。AO0には劣るが、家庭用としては最新のVR機器だ。

 装置に腰掛けるとぐにゃりとクッションが沈み、少し不安定に感じるがそれは必要な要素。浮かんでいるようにも感じる座り心地であればあるほど良い。


 両サイドから特殊な黒いシートを引っ張り出し、上着のように袖を通した。

 そして、シートの差し込みバックルをロックしてから締め上げ、ヘッドホンと一体型のゴーグルを装着。網膜投影なので液晶の何倍も没入感がある。


 右の肘当てに設置された電源を手探りで押し、脱力。これにはコツが必要で、上手くやらないとVR酔いやプレイ中の誤作動に繋がる。


 電源が入ると、上半身のシートと足の三方を保持する装置に電気が流れ、ぴりりとした感触が広がった。

 間もなく強烈な浮遊感に包まれ、VR空間に入り込む準備が完了。後はソフトが完全に立ち上がるのを待つだけ――。


「ようこそ【アストラン】へ」


 そう淑やか女の声が聞こえると、地に足がつく感覚が生まれる。

 目の前には雲が少し散らされた空。足元には一枚板で形成されたグレーの床。ここはいわゆる待機室というやつで、アバターや入るワールドを選んだりする場所。


 現実と同じ感覚で身体を動かそうとすると、脳からの電気信号を装置が読み取り、ゲーム内に反映される。一方現実の身体は、装置から送られる打ち消し信号で動かない。

 その結果、ゲームの中で体を動かしているような感覚を味わえるという仕組み。一見危険なシステムだが、ユーザーの過失以外で事故は起きていない。


 ウィンドウを意識するとそれが視界に現れ、ワールドの項目に指を触れる。現れた一覧をスクロールしていくと「ページの街」の項目が見つかり、それの中にある噴水公園を探して選択した。


 ワールド名の由来は「物語のページから切り取った世界だから」という粋なもの。

 そこはあまりにも広大なので、指定した場所から始められるようになっている。


 この世界では自前のアバターが使え、会話を楽しんだり、ユーザーが作成した各種ゲームをプレイ可能だ。

 俺のアバターは六万も払って作ってもらったもので、自らの身体を機械でスキャンし、ほぼ完璧に再現。そうすることで、限りなくホンモノに近い触覚が得られ、没入感を楽しめる。


 とはいえ、部屋のホコリ臭さや、さっきまで飲んでいたハイボールの匂いが消えるわけではないので若干現実に引き戻されてしまうが、頭からそれを払い除けた。


 間もなく視界に目を閉じるアニメーションが表示されたので、それに従って瞼を落とす。

 一際強い浮遊感を身に受けた次の瞬間には、心地よい涼しさに包まれ、人々の足音や話し声に囲まれる。

 ゆっくりと瞼を持ち上げると、地球上のどの街よりも美しい赤銅色と白色で構成された町並みが現れた。


 これはドイツにあるハイデルベルクを参考に、美しさを誇張して作られたワールドだ。

 現実離れした光の表現は、最新のライティング技術がもたらしたもの。リアルさを優先したAO0では体験できない世界。


 しかし、ドレスコードのないチャンネルを使用しているので、場にそぐわないアバター達が往来している。

 鎧騎士や逆関節の二足歩行ロボット。著作権的にアレなマスコットキャラに、全力疾走するちくわの集団。これはこれで面白いので、悪くない。


 それらを眺めていると、「おーい!」と背後から弾むような可愛い声。大きな噴水の音にかき消されそうになりながらも、しっかりと俺に届いた。

 その方に振り返ると、踊り子のようなきらびやかな衣装に身を包んだ、ピンク髪の小柄な少女が大きく手を振っていた。


 俺が彼女に気づくと、全速力で胸に飛び込んでくる。いつものことなので、空中でキャッチしてから、衝撃を殺すようにくるりと一回転してから下ろした。そうすると、彼女の頭は俺のみぞおち辺りの高さに来る。


「もう来てたのか。俺も、もうちょっと早く来ればよかった」


「会いたいって思ったら、早めに出てきちゃった」


 あまりにも可愛らしい笑顔で言うものだから、心臓の鼓動が早まるどころか一瞬止まる。なんとか心臓を動かし、平静を保つ。


「そ、そうか。そりゃ嬉しい。――新しい服も似合ってる」


「えへへ。ありがとう!」


 俺の褒めた服がしっかりと見えるように、踊り子装束らしく踊りながら披露した。それも強烈に可愛らしく、再び心停止したので、可愛さが限界を超える前に話題を変える。


「とりあえず移動しようか。今日はデートのついでに、ここの新エリアをテストしなきゃいけないんだから」


「うん!」


 俺の腕に頬ずりするように抱き付き、うっとりしている彼女は【カルラ】という。こちらの世界で恋人になってから結構経つ。彼女もまた赤猫商会の人間だが、特別気を遣う仕事ではないので、デートついでに引き受けた。


 二人でいろいろなことをして遊んだ。ツーリングや宇宙人退治に、幽霊が出る廃墟探索。それに、一夜を共にしたことも――。


「ん? 私の顔見て思い出しちゃった?」


 カルラは俺の心を見透かし、腰をくねらせさらに密着してくる。


「ちが……くはないけど……。とにかくお仕事だお仕事! ほら行くぞ!」


 投げ上げるように彼女を持ち上げ、お姫様抱っこ。ちょっと暴れたが、すぐに大人しくなった。

 俺の身体は確かに自宅にあるし、彼女の温もりや僅かな重さは機械が生み出したもの。しかし、カルラというキャラクターは、間違いなく生きていた。


 そんな恋人を抱き抱えたまま、路地裏にある開かずの扉まで行く。それは木製で、存在感ある立派な扉だ。

 そこには俺の拳ほどある南京錠がぶら下がっていて、本来は入れない。この先にワールドを管理するためのスタッフルームがあり、そこから新エリアに向かう。


 脳内でシステムウィンドウに「出てこい」と念じ、カルラを落とさないよう右人差し指を動かして操作する。

 いかにもRPGな鍵が手の平に現れたが、今の状態では鍵を開けるのは少し難しい。それをカルラに投げ渡し、腰を落とすと代わりに開けてくれる。


 使用済みの鍵は、俺のシステムウィンドウにカルラが押し込むと格納された。

 内開きの扉を腰で押し開けると、ランタンで光源を確保している薄暗い小規模の図書館が現れる。


 本を読むために中央に置かれた長机には、地球上には存在しない鉱石のサンプルや、発光する青いガラスのような花なんかが静かに佇んでいた。

 多くの本は未知の言語で書かれていて読めないが、一部に環境や通信の設定を行うための端末として機能するものが混じっている。


 カルラをそっと下ろし、再び腕を組んだ形になったまま図書館の奥を目指す。

 俺は何度か入っているので慣れているが、彼女は初めてなので、置かれたものを一つ一つじっくりと見ていた。


「いい雰囲気だろ?」


「初めてなのに、なんか落ち着く。ここでノギとゆっくり過ごすだけでも幸せになれそう」


 彼女の発言一つ一つが脳の奥底に届き、愛おしく感じる。そんな彼女に、一番奥にある扉の先を見せて驚かせたい。


「ほら、この先だ」


 カルラを俺の前に立たせ、彼女の視界に入らないように腕を伸ばし、少し強めに扉を開ける。

 すると、図書館の中に華やかな風が流れ込んだ。


 ピンクの髪がそよぎ、瞳は宇宙ガラスよりも複雑に煌めく。

 言葉で表現する代わりに息を呑み、一歩踏み出す。小さな少女の脚は、膝下まで伸びた芝のような草に飲まれるが、絡まることはない。


 カルラから視線を少し上げると、青々と茂った草原に、宝石が浮かんでいるように見えた。実際は浮いていないのだが、図書館にあった、ガラスのような花を咲かせる植物が生えているせいでそう見える。


 とても美しい情景だがそれは序の口。もっと上に視線をやると、とてつもなく巨大な滝を身に纏った天を貫く巨木。

 太さは一周歩く気にもなれないほどあり、よく見ると巨木から大木が生えていて、その下には街が見える。


 もし夢が叶うのなら、こういう世界に永住したい。現実の中の非現実だけでは、どこか物足りなさがある。


 カルラは壮大な景色に身震い。胸いっぱいにこみ上げた感情を発散するため、駆け出したと思えば草の中に飛び込む。

 俺もカルラの側までゆっくりと歩み、腰を下ろした。


 葉っぱはひんやりとしていて、土や砂利の硬さを感じさせないほど弾力がある。その気持ち良さに懐柔され、思わず後ろへ倒れてしまう。


「いい寝心地。この調子なら普通に公開できそうだ」


「うーん。でももう少し待ったほうがいいかな」


 カルラは何やら不服な様子。こちらが不思議がると、彼女は仰向けのまま顔を俺に向けた。


「だって、二人占めできなくなるんだよ? この風景」


「たしかに。ちょっと嘘ついちゃうか。バグが見つかったってな」


 半分本気の冗談に笑い合っていると、カルラが馬乗りになってくる。その顔を見て、あの封筒のことが頭に浮かんだ。


「なあ【カルロ】。お前が欲しがってたカード手に入ったんだけど、いつ取りにくる? 部屋に置いとくから、勝手に入って持っていってもいいけど」


 カルロ――。それは、カルラを操るプレイヤーの名前。ガチムチの元ルチャリブレ選手。もちろん男だ。


「その名前……お兄ちゃんは会話に出さないって約束だよねぇ……」


 うっかり口が滑ってしまい、親友のカルロに話しかけてしまう。そんな俺の口を懲らしめるよう、彼女は思いっきり俺の口角を引っ張った。


いひゃいいひゃいいたいいたい


 あくまで俺が恋しているのはカルラ。

 カルロも俺に気があるわけではなく、この世界に生まれたカルラが俺を愛しているだけ。


「そうそう兄ちゃんな。アイツがすごく欲しがってたやつだから、伝えといてくれ」


 ロールプレイに水を差して機嫌が悪くなったのか、俺に跨ったまま頬を膨らませてそっぽを向く。

 何度も彼女に謝っていると、不意に俺の腰がぐんと沈み、どんどん飲み込まれていく。


「うわぁっ! 当たり判定バグってんじゃねーかこの地面!」


 慌てて上体を起こし、カルラも一緒に飲み込まれないように退いてもらう。なんとか抜け出そうとしたが、自力では上がってこれる気配がない。

 へそ下辺りまで地面に潜ってしまい、今まで味わったことのない感覚に鳥肌が立つ。


「わわっ、ちょっと大丈夫!?」


カルラが必死に俺の右腕を引っ張ると、少しだけ持ち上がる。その勢いに合わせて左腕で地面を押すと、ずるんという感触とともに抜け出せた。


「うへぇ、気持ち悪ぅ。現実の身体が変な汗かいちまったみたいだ」


 システムの想定外で発生した触覚は、下半身の感覚を狂わせる。脚の肉が痛みなくひっくり返ったようで、上手く立てない。頑張って立ち上がろうとしたが転けてしまった。


「ごめんカルラ、一回抜けて入り直してくるわ。このままじゃ上手く歩けないし、軽くシャワー浴びてくる。十分もかからないから、ここで待っててくれ」


「もう! 変なこと言うからバチが当たったんだよ?」


 そう言いながらも、俺に肩を貸してくれる優しいカルラ。


 彼女の言葉に言い返すこともできず、システムウィンドウの一番下にある終了ボタンを押す。

 そして、アニメーションに合わせて目を閉じるとあの浮遊感が訪れた。黒い背景にアストランのロゴが表示されると、嘘のように脚の不快感は治まり、再び全身に力が入る。


 ――広大な世界に、カルラは一人取り残されてしまった。

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