5.5-1_カルラとカルロ
カルラは、ノギと離れ離れになったあの場所で一人佇んでいた。
いつもの調子だったはずの彼が消えてしまった理由が分からず、一日のうちの数時間をここで過ごしている。
頁の街の新エリアは、ノギのせいで致命的なバグが見つかり、未だ公開できていない。
彼の部屋に訪れたとき、血痕と片方の靴下が目に飛び込んできたときは心臓が酷く跳ねた。
誰かに襲撃されたのではないかと思い、知り合いに頼んで専門的な調査をしても、そういった痕跡は見つからなかったので、ちょっとした怪我だと信じたい。
怪我をして病院に向かう途中で力尽きたとしたら、とっくに彼の遺体は見つかっているはず。なので、その線も違う。
周辺の病院へ向かうのに川や水路の近くを通る必要がなく、流されたということも考えにくい。
彼も使っていた【Falco】という、キャラクターロールプレイオンリーのSNSを利用し、呼びかけてみたものの、有力な情報は集まらなかった。
もちろん、ノギの投稿は途切れたまま。最後のセリフが「金髪おねえさんに甘やかされながら永眠したい」だったので、カルラまで何だか恥ずかしくなる。
あの男はそう簡単に死ぬはずがない。そう思うと、少しだけ希望が湧いてきた。
今日は、彼を探す方法のアプローチを大幅に変えてみようと考える。
そうと決まれば早速行動だ。アストランからログアウトし、カルラからカルロへと戻る。
ゴーグルを外すと、ゲーム内の華奢な少女とは対照的な豪腕が視界に映った。
この瞬間、完全に別人格に切り替わるのだから面白い。人間は外面に大きく引っ張られ、内面までも変えてしまうのだから。
今日は休みだったが、ノギの過去と関わりのある社長に会うため、赤猫商会の小さなビルへ洒落た黄色いマッスルカーを走らせた。
カードケースに彼が残した衣装カードを忍ばせ、まるで形見のように持ち歩いている。
社長室の扉をその太い腕で叩くと、少しばかり派手に大きな音が鳴る。そのせいで、社長は誰が来たのか分かったようだ。
「なんだカルロか? 休みなのにどうした? ――まぁとりあえず入ってくれ」
カルロが扉を開けると、恰幅のいい男が資料で散らかった机に座りながら麦茶を飲んでいた。彼はラフな格好をしているようで、小洒落たシャツを着こなしている。
「失礼しますよっと。――いきなりなんですが社長、ちょっと頼みがありましてね……」
「どうしたどうした? 妙に改まってさ」
彼は【榊伸二郎】この赤猫商会の社長で、ノギの過去と多少関わりのある男。
少しばかり抜けているような立ち振舞だが、誰よりもまっすぐで力強いものを持っている。
麦茶を飲み干し、仕事机からソファに移り、カルロへ向かいに座るよう促した。筋肉質の巨体でそこに腰掛けると、ソファのバネが悲鳴を上げる。
「いきなりなんですが、ノギが会いに行きそうな昔の友人とか、アイツを恨んでるやつを教えてくれませんかね? そういうとこ、片っ端から当たってみたいと思ってるんです」
「それは本気か? ――本気だとしても、あんまりオススメしたくない所を紹介することになるんだけど」
社長は笑顔に渋面が混ざってしまい、微妙な顔をしてしまう。心配や葛藤をいつも笑みの奥に隠しているが、ノギに続きカルロにも何かあったらと思い、それが出てしまったのだろう。
「そんなオススメできないような場所から逃げてきたのも俺なんで、他の人よりは多少上手くやれますよ。事情が事情だから警察にも行きにくいですし」
「うーん、確かにノギをこのまま行方不明でほっとくのも嫌だしなぁ」
社長は顎を指先でイジり、悩みに悩んでいる。
「とにかく、アイツが無言で居なくなるなんて異常なんですよ。今頃、どっかの地下組織とドンパチやってるんじゃないかと心配で」
「あぁ、それはありそうだな。でも、それだったら【谷神】から連絡でも来そうもんだけど」
社長の言う谷神は、赤猫商会の親会社。ノギは元々谷神の下っ端で、その縁があってここへ入ってきた。
カルロの真剣さに当てられ、榊伸二郎は結論を出す。社長だとかそういう立場を置いておいて、一人の男として彼を心配していた。
「――解ったよ。お前の腕っぷしなら、この国で危険な場所なんてほとんど無いか。でも、俺が紹介できるのは一箇所しかないし、ノギに行き着く可能性はゼロに近い」
「それでも構いません」
そうカルロが答えると社長は立ち上がり、小さな風景画の前に立つ。その額縁の隙間に指を入れ、何かを押さえつつ右へスライドさせると金庫が出てきた。
長めの暗証番号を打ち込みながら社長は言う。
「とりあえず、【癒風市】に行ってみるといい。ノギと関わりのある場所なんてほとんど地下に埋もれたけど、俺とあいつの知り合いが生きているはず。そいつの名前は【壱蔵】ってクソジジイだ。榊伸二郎に頼まれたと言えば、あの爺さんはお前にも口を開くだろう」
彼が金庫から取り出したものは、金属製のカードと折り畳まれた地図。カードには複雑な削り加工がしてあり、それだけでも結構な価値がありそうだ。
そのまま地図を机の上に広げ、赤いマジックで三箇所に何かを書き込んでいく。
「これがあれば癒風市の裏側に入れる。カードの暗証番号は『4989』だ。語呂合わせで『四苦八苦』って覚えればいい。間違っても、正規のゲート以外から入るなよ? 撃ち殺されるぞぉ」
「ははは、気をつけます」
四苦八苦の部分にカルロは突っ込みたかったが、それに被せるようにおっかないことを言うものだから、うまく返せない終わる。
――カルロは、癒風市の裏側をノギから聞いたことがあった。
谷神なんかが支配している、地下街や一部のビル。そこはかつて、未承認の医薬品や武器の取引が行われていたとんでもない場所だ。
都市伝説なんかで頻繁に語られるが、内情は徹底して隠蔽されている。
「――飛行機はしばらく飛ばないしなぁ。となると車か。それだと、ここからは少し遠い。明日も休み入れとくけどいいか?」
「ええ、それでお願いします」
社長はカルロの頑丈な肩をドンと叩き、「気をつけろよ」と言って送り出す。




