5-6_風俗街大決戦
雨も止んだので、冷えて固まった溶岩に降りる。まだそこからは湯気が出ていて、場所によってはまだ熱を持っているようだ。
レンカの様子を窺いつつ、俺はイーチャに駆け寄る。
「助かったよ、イーチャちゃん」
「女神様にずいぶんとラフな言い方だなぁ。まぁ、そっちの方が好きだけどね」
彼女の行使した能力は凄まじく、自然の女神という肩書に偽りはなかった。それどころか、自然現象を組み合わせ、異常な現象までをも引き起こす。
「ちょっとやりすぎちゃったかな?」
「熔岩の片付け大変だぞこりゃ。――あっそうだ。女神の奇跡が生み出した石なんだし、一欠片金貨一枚で売るってのはどうだ?」
「そんなアコギな商売しない」
分け前に期待していたがそれは無さそう。残念だ。
緩んでいたイーチャの顔が一瞬で険しくなり、彼女の視線の先を追う。破壊した鎧からこぼれた中身は蠢き始め、結合を繰り返して巨大化していく。
「おい死んでないぞアレ!」
「そんな……。魔力の気配は消えてるのにっ!」
イーチャは困惑しつつも、先程の蔦を呼び出して締め上げようとする。しかし、その肉片は蔦の養分を吸い上げ、枯れさせてしまった。
俺は火炎放射器を生成して、小さな物から燃やしていったが間に合いそうもない。ゲル化ガソリンの熱にもある程度耐え、消し炭にできたのはほんの僅か。
残りの繊維質の肉片が合体すると、四メートルはある巨大な肉塊になる。まるで、ブロブとかいうモンスターのようだ。
炸裂弾が使える対物ライフルのXM109。それを火炎放射器と入れ替えで生成し、迷わず連射した。
肉に食い込んで爆発すれば、多少の穴は空くものの、流動してそれがなかったことになる。
これ以上強力な武器となると、ロケットランチャーくらいしか出せないが、それの場合十発撃てれば上出来。それが効かなかった場合、打つ手が無くなってしまう。
――レンカは俺のことを「自分だけでなんとかしようと思う」人間だと言った。それなのにイーチャに助けられ、こうして立っている。それだけではなく、この前はハルにだって助けられた。
ここは、レンカに頼ってもいいのかもしれない。あの矢には持続ダメージがあるので、何本も射れば弱らせられるはず。
「くろすけ! レンカを守りつつ、射線を確保するんだ! レンカはとにかく撃ちまくってくれ! 誤射とか気にするな!」
「りょーかいっス!」
元気いっぱいの返事をすると、折り畳んでいた弓を展開し、同時に五本の光の矢を弦につがえ、放つ。
相変わらず目は瞑っていたが、そのうちの二本が肉塊に当たり、三本が俺に当たった。
「なんで俺のほうが多いんだ!? あっちのほうが的でかいのによ!」
俺の能力で、刺さった矢は物理的なものへ変わっている。多少痛むがそれを無理やり引き抜き、生成したコンパウンドボウで再び発射した。
ヤツに食い込んだ矢は、エネルギーを送り込み、着弾点を中心に赤っぽい身体が黒ずんでくる。
「どんどん撃ちまくれ!」
レンカは再び五本の矢を乱れ打ち。今度はそれをしっかりと避け、地面に刺さった矢を拾って同じ様に叩き込む。
結構効いているらしく、肉塊が自重を支える力が少し弱くなったようだ。これなら勝てるかもしれないが、決定力に欠ける。
次の矢を用意しようとするも、肉塊が蠢き、レンカの乗っていた三角屋根まで肉の触手を伸ばした。
くろすけは彼女を乗せて逃したが、足場にしていた場所は派手に抉れてしまう。
「ひぇー! すごい威力っス!」
大きく離れた彼女達は肉塊の攻撃対象から外れたらしく、今度は俺と女神様。肉塊は身体のあちこちを棘のように伸ばし、貫こうとしてくる。
俺は手元の影を円盤状に変形させ、丸ノコのように高速回転。ラジコンのごとく操って目の前で飛ばし、肉片を斬り落として防いだ。
「イーチャ、これどうやって倒すんだ? 戦車でも生成しなきゃ無理だぞ」
「戦車か……。よしやってみよう! 私が本気を出すよりは安全なはずだよ!」
俺のMPでは、戦車の「せ」の字くらいしか出せない。どうやるのかと聞く前に、肉塊は一際大きな触手を伸ばし、叩き潰そうとしてくる。
それは横に避けられないほど太く形作られていた。イーチャが障壁を展開しようとしたが間に合わない。
俺は彼女を抱き抱え、自らの背中で攻撃を受けつつ、軽くジャンプ。衝撃を殺しながら地面を転がった。
結構派手に飛ばされたので、女神様の怪我が心配だ。確認するため、馬乗りのまま小さな頭や首を探ったが、血は出ていない。俺の腕が軽くすりむけ、背骨の骨髄が少し漏れた程度で済んだらしい。
「どっか痛い所あるか?」
「大丈夫、お陰様で無傷だよ。左手を貸して」
言われるがままに差し出すと、赤い印がいつもより激しく発光しながら現れる。俺の手を奪い取るように彼女が握ると、その輝きは増した。
「これは……」
俺の心がかつてないほど満たされる。底なしの気力が湧き出て、生成の限界を感じさせない。
力が十分に満たされると、イーチャがまっすぐこちらを見つめ、力強い声で言った。
「これはMPなんて数値化されたものじゃない。古来から存在していて、あらゆる世界で行使されてきた、精神が生み出す奇跡の力」
左手はイーチャと繋いだまま、右手を肉塊の方へ向け、脳内に戦車の姿を思い浮かべる。新型機が登場した今でも、陸の王者として君臨するM1A2エイブラムス。しかも、最新の改良型だ。
それの砲身、装甲、エンジン、電子機器。全ての情報が脳に負荷をかけ、集中力や身体の機能に異常をきたす。
眼球は恐ろしく痛み、全身の筋肉が異常に痙攣。喉からは意図せずとも掠れた呻きが漏れた。
脳が狂った信号を送るので、イーチャの手を握り潰してしまいそうになったが、意地でも堪える。
肉塊再度の攻撃がこちらに届く前に、エイブラムスの生成は何とか終わった。
その正面装甲は容易く攻撃を防ぎ、サスペンションが働いて少し揺れる程度。生成によって強度が上昇していなくても、結果は同じだっただろう。
生成中に比べると楽だが、それでも戦車は脳を圧迫し続けていた。
「イーチャはレンカを頼む。それと、砲撃の被害をできるだけ抑えてくれ」
「分かったよ」
遠くの屋根に移っていたレンカの元へ、蔦の階段を作って走っていくイーチャ。それと入れ替わりで、くろすけを呼び戻す。
「行くぞ」
「はい」
戦車に近付こうとすると触手が飛んできたので、ズボンに挟んでいたUSPで撃ち返しながら前進し、くろすけは自らの爪で引き裂く。
エンジンがある後部から飛びつき、出っ張りなどを利用してよじ登った。
それでも猛攻は続くので、ハッチの前に設置された、二つのM2重機関銃を撃ちまくって弱らせる。右側が俺で、もう片方はくろすけ。
触手がある程度引っ込んだところで乗り込み、エンジン始動。ガスタービン式特有の、ジェット戦闘機のような音が高揚感を生む。
その間も装甲を殴られ続けたが、車両全体にくろすけを行き渡らせ、操縦士以外の仕事をやらせる。二丁の機銃も引き続き火を吹き、触手を遠ざけた。
まもなく回転数が安定し、走行可能な状態になる。
「流石ガスタービンエンジン。始動が早い」
ほぼ仰向けの座席で、必死にワイルドオプスでの操縦を思い出し、最小限の機能だけ使う。
なんとか前進まで漕ぎ着け、砲塔を軽く動かしてみる。どうやら、ちゃんと操作できているようだ。
戦車が前進するのに合わせ、肉塊の後部に蔦の壁が作られる。何層にも重なり合ったそれなら、あの砲弾も使えそうだ。
「くろすけ、APFSDSを装填してくれ。先端が矢みたいなやつだ」
今の脳の状態では彼を上手く操れないので、軽く誘導する程度。弾のある場所に影の手を弾薬庫へ誘導し、そこの扉の中にある砲弾を取り出させる。それから薬室に入れ、蓋を閉じてロックした。
「装填完了です」
「ようし、念の為停止して撃つぞ。合図まで外の機銃は頼む。主砲同軸のやつも使ってくれ」
「はい」
計三つの銃口から鉛玉が連射され、肉塊に食い込む。そのおかげか、繊維同士の結合が弱まり、動きが鈍ってきた。
一方こちらの脳も鈍っている。それでも、何とかくろすけを操り、砲身の向きの最終調整。弱点なんて見当たらないので、ど真ん中に照準を合わせた。
「Fire!」
俺の合図でくろすけはトリガーを操作し、爆音とともに砲弾が発射される。
APFSDS弾は、発射して間もなく空気抵抗でカバーが外れ、本当に矢のように細い形状となり、飛翔する。
どんぐり型の砲弾に比べ、凄まじい初速を誇るそれは炸薬などの小細工を必要とせず、装甲に対して圧倒的な貫通力を発揮する。
目標は人間の腕力でも傷つけられるほど柔らかいので、その衝撃は着弾点から広がり、全体を損傷させた。それは高度を保てなくなり、溶けるように崩れていく。
貫通した砲弾は、イーチャの作った蔦の壁を何層かぶち抜き、なんとか止まった。
「目標に命中。だが完全には破壊できていない。踏み潰すぞ」
エイブラムスを全速力で走らせ、履帯は石畳を砕きながら進む。
踏みつける直前で思いっきりブレーキを掛けて、ドロドロになった肉塊に滑りながら乗り上げた。
そのまま右の履帯を前に回転させ、左の履帯を後ろに回転。いわゆる超信地旋回というやつだ。
車体が五週もする頃。元々挽肉のようだったそれは、砂利と混ざりながら更に細かく砕かれ、抵抗してくる気配が無くなる。
くろすけの目を使って外の様子を窺ってみたが、蠢いている肉片はほんの少し。残りは足で踏んづけたほうが効率がいい。
脳の疲労も限界で、座席に座ったままエイブラムスを消してしまう。もう少しこれの感触を楽しみたかったが、限界だ。
戦車が消えると一気に力が抜け、踏み潰した肉の塊に落っこちる。
「あぁー、死ぬ。これ死ねるわ。不死身とか関係なしに精神がダメになるやつ」
脳から送られてくる信号は狂っていて、何とか膝立ちになったが、どうもうまく身体が動かせないし、考えもまとまらない。
十秒もすれば気分が楽になるかと思ったが、そんなことはなかった。もう「ぬーん」しか頭に浮かんでこない。
「キミ! 大丈夫かい!? あぁ、実行する前によく考えるんだった。まさか戦車があんなに複雑なものだとは……」
イーチャが近づいてきてなんか言っているが、なんなんだろう?
そうこうしていると、なんとも落ち着く香りに包まれる。レンカだろうか?
「しっかりするっス。結局無茶しちゃうんスからもう……」
細い彼女の腕では、俺を持ち上げるのは大変だろう。なので、俺もどこかを掴んで立ち上がろうと――。
「ん……?」
なんだかいい感じに柔らかい。その感触が俺の精神状態を安定させ、意識をハッキリさせてくれる。
「お? 何だこの物体は?」
手探りでそれが何かを確かめていると、段々と全貌が掴めてくる。というか、俺が掴んでるのはレンカの尻だこれ。あ、不味い。思いっきり触っちゃった。
まだ正気が戻っていないふりをしながらそれを弄くり回し、どう切り抜けるか考えていた。
「桃かな? はっはっは」
「ぎょぁぁぁぁ!! なななっ!」
ヤバイもう策を考える時間が。砂肝亭であんなことやらかしといて、今ここでガチのセクハラ事件起こしたら――。
「何してるんスかぁぁ!!」
レンカが暴れた拍子に膝蹴りが顎に直撃。俺の脳みそはスカスカなので、それはそれは派手に揺れたことだろう。
その衝撃は、微妙なバランスで保っていた意識を全部ぶっ飛ばしてしまった。ここからの記憶は曖昧だ。
「あぁ! 思いっきり蹴っちゃったっス! 口から血がっ! わたし殺人犯にっ!」
地面で伸びているノギの首に手を当て、脈をとるイーチャ。しかし、ノギの血管はうんともすんとも言わない。
やり方が間違っているのかと何度も場所を変えるが、結果は変わらなかった。
「し、死んでる……。うっ……ひっく。うわぁぁぁぁん!」
「あぁぁぁぁ! こんなことになるなら、わたしが痴女みたいに大人しく触らせていればよかったっスぅ!」
二人の少女が泣き崩れる最中、騒ぎを聞いて駆けつけたアリシア。彼女はあろうことか、ノギの遺体の腹を蹴飛ばし、生死を確かめる。
「ごふっ!」
いい感じに彼の心臓を刺激したのか、息を吹き返した。それを見たアリシアは、からからと笑ってから言う。
「何だ生きているじゃないか。ざんね……良かった良かった」
甦ったノギは、すっくと立ち上がりアリシアの手を握る。
「なっ、何をする?」
彼の様子はおかしく、妙に顔つきがキラキラとしていた。
「アリシア……。俺は、ひと目見たときからお前のことが好きだったんだ!」
思いもしない相手からの告白に、アリシアは眉をしかめた。
「何を言っているんだお前は? そうか、打ちどころが悪かったんだな!」
そう彼女が言うとノギの手を振り解き、強烈な右フックを繰り出した。
実質防御力ゼロの彼に、ステータス補正が効きまくった拳は凄まじい威力を発揮する。
「ごふふっうッ!!」
顔が三日月のように曲がったノギが地面を数回転がり、壁で頭を打ったが、結果的に意識を取り戻した。
ふらつきながらも立ち上がり、俺が俺であることを噛みしめる。
何故か顔が酷く歪んでいたので、思いっきり顔を叩いて元に戻す。
「何が起きたんだ?」
周りには泣きじゃくるイーチャに、赤面したレンカ。唯一ニュートラルな顔をしていたアリシアに聞く。
「私が駆けつけたときにはお前が気を失っていたから、思いっきり殴って目を覚まさせてやったんだ」
どうりで顔が曲がっていたわけだ。
「おおそうか、助かったよ。殴られたときの記憶が無いのは残念だが」
「残念? まるでそういう趣味があるみたいな言い草だな……」
「多少は」
アリシアが汚物を見るような目になって距離を取ったので、次はレンカに何故赤くなってるのか聞いてみる。
「なあ、どうしたんだ? 熱でもあるのか?」
「ななな、なんでもないっス! そんな近づかなくてもいいっスから!」
いつもは馴れ馴れしいレンカが妙に他人行儀。気を失っている間、何かあったのだろうか?
「ん?」
彼女を見ていると、手の辺りが妙な多幸感に包まれた。それを持ち上げてワキワキさせると、一層赤くなる。
「なんだ? この手に何かあるのか? 教えてくれよ!」
「ぎゃー! 近づかないでほしいっス! その手をやめるっス」
逃げる彼女がなんだか面白くて追っかけ回す。
しばらく追いかけっこを続けていると、涙目になったレンカが振り返って弓を引き絞る。何と、今回はしっかりと目を見開いていた。
「嘘だろッ!?」
今まで狙いをつけることができなかったレンカは、ここに来て急にそれができるようになる。そのことが何だか嬉しかった。
彼女の放った矢は俺のみぞおちに刺さり、俺の体力を削っていく。その痛みは今までの誤射とは違い、意図的なもの。
「成長したな……レンカ」
「んーもうっ!」
攻撃に動じない俺が気に入らないレンカは、頬を思いっきりつねってきた。それから、そっぽを向いてしまう。
ナイフでサクッと矢叩き折り、それを抜いて投げ捨てる。
今度はイーチャの様子を見てみると、どうやら泣き止んだらしい。それでも、俺の顔を心配するように仰ぐ。
「で、この肉塊は何だったんだ?」
足元の肉塊は、先程の大きさから想像できないほどに干からびていた。
「鎧は間違いなくエウターテス製だよ。でも、中身は分からない。魔力とかはほとんど感じられないし、そういう生物だったとしか……。とりあえず、これはエポンに送って解析してもらおう」
イーチャですら知らないとなると、俺には調べようがない。その解析結果を待つしかないようだ。
「でも、ここまでして剣の欠片を取り戻しに来るなんてよ……」
「それだけエウターテスも切羽詰まっていたというわけだ。あんな微小な力を取り戻すためにキミを襲ったんだから。今度こそしばらく襲撃はないと思うけど……」
「だといいんだが」
今回はレンカとイーチャのおかげでどうにかなったが、もし一人だったらと思うと恐ろしい。早急に女神殺しの槍を手に入れる必要がある。
今日は酷く疲れたので、その辺の出店で何か買って帰ろう。
(――ああ、あのおねえさんめっちゃ好みだったなぁ)




