5-5_風俗街大乱戦
白っぽくて高級そうな鉄の鎧を纏った彼らは、「聖騎士」という言葉を連想させる。
その行列は軽く二十を超えていて、私兵程度しか存在しないこの世界では珍しい光景。
装飾は上品で、歩き方もどこか気取っている。そんな連中がこの風俗街に何の用があって来たのだろう。
鎧の内側にある人の顔を探ろうとしていると、右脇腹が強烈にズキンと痛んだ。
そこにはエウターテスの剣を刺したままにしてあって、耐性をつけている最中。それが反応したということは、ヤツらの正体はあの女神の差金である可能性が高い。
USPを引き抜いて、安全装置を外す。
それと同時に、騎士達の先頭が横にずれる。そして、巨大なクロスボウを構えたヤツが現れた。
そんな時代遅れの武器、銃でぶっ壊してやろうとしたが、周囲の人間はその騎士を不思議がるだけで、逃げようともしない。
相手は金属の鎧で、跳弾でもしたらと思うと引き金が引けなかった。
銃を下げつつ、くろすけを呼び出して影の壁を作る。なんとか間に合って、その初弾は防ぐことに成功した。
咄嗟の判断で、おねえさんが「みんな逃げて!」と叫ぶ。異世界人に効果があるのか分からないが、石畳に数発発砲して、危機感を演出した。
「狙いは俺だ。おねえさんも早く!」
そう促すと、俺の方を二度ほど振り返りながら逃げていく。グッバイ俺の夜遊びタイム。
「鎧野郎ども。楽に死ねると思うなよ」
「おぉ、ご主人の精神パワーが十倍くらいに。理由に目を瞑ればかっこいい」
くろすけからほんの少し影をもぎ取って、右手に纏わせた。それを爪状に変形させ、限界まで研ぎ澄ませていく。
「くろすけ、レンカを屋根の上に連れて行って守ってくれ。鎧じゃ流石に登れないだろ」
「え? わたしもたたか――」
その言葉を聞く前に、くろすけが影で足場を作って持ち上げてしまう。レンカは急上昇に狼狽えたが、すぐに慣れてそれを楽しんでいた。
とにかく鎧連中の強さを測る必要がある。とりあえず手近な槍と盾を持った前衛を狙うことにした。
先頭には特に重装の槍兵が二人いて、その左側へ俺が突っ込むと、上に向けていた円錐型の槍を水平に構え直し、前進してくる。
その動作のタイミングは、気味が悪くなるほどぴったり。
「俺のお楽しみをよくもォッ!!」
脊椎を狙った精密な突き攻撃は、軽く飛んで槍の上部を思いっきり踏みつける。すると、槍の先端部分は石畳に突き刺さり、騎士はバランスを崩す。
俺は槍から飛び降り、着地した勢いで姿勢を低くした。そして、右手の爪で鎧を貫き、腹の中に手を入れる。
「腎臓を引っこ抜いてやる」
影の拳を握りしめ、そのまま中身を引き抜くと、異様なものが手に残った。
ミミズとひき肉の中間のようで、湿った繊維質の物体が、影で補強された指の間から落ちる。
「うげぇ、これは人間じゃねえぞ」
それをじっくり観察する暇もなく、隣の槍兵が槍で斬る様にしつつ向きを変えてきたので、身を屈めて回避し、距離を取った。
「くろすけ! これは何だ!?」
「オレにも分かりません。ナマモノのゴーレムとしか……」
正体はともかく、俺が腹をほじくった鎧は音を立てながら崩れ落ちる。倒せるなら問題ない。
次の攻撃を繰り出すため、走り出そうとしたそのとき。
「なるほど! 上からなら、わたしの弓で狙いやすいっスねっ!」
「止めろぉ! くろすけぇ!」
なんとか勝てそうな状況だというのに、あの矢が俺に当たったら負けかねない。くろすけは影でレンカを囲うようにして、攻撃できないようにした。
「わっ! 何するんスか!」
「レンカさんの矢がご主人に当たったら不味いですから。それに、まだ逃げ遅れた人がいるかもしれませんし」
「うぐぅ」
彼女はなんとか納得してくれたので、攻撃を再開する。
残った盾持ちは背後に回り込んで腰を大きく横に斬り裂き、その後部に居たクロスボウ兵は縦に切り裂く。
その過程で鎧剣士五体に囲まれてしまったが、影を脚に移動させ、そのうちの一体に高速の体当たりをかます。
空中で馬乗りになったまま、T字の形をしたプッシュダガーを生成し、脇の下の隙間にねじ込んで、半回転させる。
奇妙な肉が詰まった騎士は、内部がほんの少しでも傷付くと戦闘不能になるらしく、人間より戦いやすいかもしれない。
地面に落ちてから転がって、次の獲物を定めているときだった。
他よりも小柄で、軽装の鎧が二体カエルのように跳ね回り、集団の後部から飛び出してくる。そいつは両腕のガントレットにダガーを装着していて、如何にも暗殺者という風貌。
それなのに、高貴なデザインセンスをした軽鎧なので逆に禍々しい。
そいつらの速度は凄まじく、目で追えても身体が追いつかない。俺の身体能力は、影の充填をしなければそこらの冒険者にも劣る。
一瞬で右脇腹をダガーで引き裂かれ、もう一体が追撃で左太腿を斬りつけてくる。包帯に包まれていた剣の欠片は、鈴のように鳴りながら石畳を転がった。
それを軽装の一体が拾うと、再び跳ねるようにして、どこかに消えてしまう。
エウターテス一番の目的は剣の欠片。居場所がバレたのも、これのせいかもしれない。
それならば、砂肝亭を飛び出してきて正解だった。あんな場所で戦っていたら、確実に今より悪い状況になっている。
「痛え……けど。虫歯の治療よりはマシだな」
脚に移動させていた影を、四肢に満遍なく行き渡らせ、拳を構え直す。ここまで影が薄まってしまうと、身体をほんの少し保護出来る程度。
くろすけの影をこれ以上受け取った場合、あの軽装のヤツがレンカを襲ったとき、守り切れないかもしれない。そう思うと、これで戦うしかない。
鎧剣士が何体も迫ってきているが、素の走力でも逃げ切れるので後回し。
とりあえずは、軽装のヤツだ。こちらから向かわずとも、右腕を突き出して飛び込んでくるので有難い。
全身から完全に力を抜き、あえて左胸で刃を受ける。それは数ミリ食い込んだだけで、俺の身体を後ろに倒した。
そのまま押し倒そうとしてくるので、右腕を掴んで後ろの壁に背中から叩きつける。
そして、体制を立て直す前に、追撃の飛び蹴り。地面にうつ伏せに崩れたので、首を思いっきり踏みつけて破壊した。
システマ的な身体使いは、防御力の低い俺に欠かせない。あえて攻撃を受けることで相手の隙きを作れるところも便利だ。
――一体倒すだけでこの労力。鎧剣士を七体ほど破壊した頃には、この肉体ですら疲労を感じ始めていた。
途中鉄の大ハンマーで殴ってみたものの、やはり同じ程度の手間はかかる。むしろ重い分疲れてしまうので、素手のほうがやりやすい。
「あーきっつ。何体いるんだよ」
そろそろ他の冒険者が乱入してきてもいい頃だが、その気配はない。さっきまでちらほらいた避難者もぱったり途絶え、俺達以外この街から消えてしまったのではないかと思うほど。
休憩を兼ねて、最小限の動きで鎧剣士の攻撃を回避し続けているときだった。
「上手く避けてね!」
イーチャの声でそう背後から言われたので振り返ると、彼女は二十メートル程先に立っている。両拳を顔の前で合わせ、祈るようにしていた。
間もなく石畳を突き破って、極太の棘蔦植物が何本も生えてきて、鎧騎士達を絡め取る。
俺は急いで飛び上がって、拘束鞭打ち専門店「愛のグレイプニル」の突き出し看板にしがみつき、通りを埋め尽くす蔦の海から逃れた。
イーチャが更に祈りを深めると、蔦が赤熱し、熔岩へと変化する。
「何だ何だ? 何が起こってる?」
その熔岩に鎧は溶かされ、中身がこぼれ落ちていく。
所々で炎が吹き出し、周囲の建物までも燃やしそうになったときには、土砂降りのお天気。
瞬く間に消火され、事態は収束に向かう。




