5-4_風俗街大進軍
砂肝亭を出る直前、USPを生成してズボンのベルトに挟み、アウターで覆い隠す。
「なぁくろすけ。この街の美味いメシ屋知ってたりしないか?」
「オレはザンヘルに取り付いた負の感情の集まりなんで、他所の街はちょっと……。でも、中央の商店街から一つ隣の通りに入ると、いい店があるという思念が残っていますね」
「そんじゃ行ってみるか」
くろすけを精神内に隠してからドアを開けると、街は相変わらず賑わっていた。人の流れは少し減ったが、店の明かりや魔法式の街灯が通りを照らし、まるで昼間ののよう。
別の通りに行ける道を探していると、後ろから変な唸り声が聞こえてくる。
「んんぅーっ!」
それに振り返ると、ハムスターのように頬袋を膨らましたレンカが走ってきた。
「んふっう! んふふふぉ!」
「おう、人間の言葉喋れや」
彼女がそれを飲み込むのを待ってから、改めて話を聞く。
「どうした?」
「わたしもご飯食べ足りないんで、付いてくっス。それに、なんか心配というか」
彼女はどこまでも優しくて、それが俺には少し怖かった。
「気を遣ってまで俺に付き合う必要はないぞ?」
「一緒に行けば、流れで食事代出してくれるんじゃないかと期待してるっス」
「それが目的……。俺の分まで食っておいてまだ食うか」
正直寂しかったので、いつもと同じように振る舞うレンカの存在は心が安らいだ。彼女は行く当てもないのに、俺の手首を掴んで引っ張る。
それに合わせて歩き出し、横道を見つけて入った。
「分かった分かった。馬車が買えるほど高い酒でもなきゃ、奢ってやるよ。でも、俺が怖くないか?」
「ちょっとびっくりしたけど、逆に安心したっス。お姉ちゃんと少し似てるっていうか。普段はほわほわした感じなのに、誰か助けたいって思ったら、どんな汚れ役でもやっちゃうような人なんスよ」
俺のやったことを、汚れ役で片付けられるかは分からない。それでも、レンカには優しさとして解釈されていた。
「でもやっぱ、さっきのはやり過ぎっスね」
「うっ……」
その「お姉ちゃん」の話が出てくると、レンカも少しだけしんみりした様子。並んで歩いていたが、彼女は俺の前に回り込んで言った。
「わたしはいいけど、他の女の子には優しくするっスよ? ノギはちょっと心が強すぎるんで、自分だけでなんとかしようと思うし、なんとかできちゃうことが多い。だから、ちょっと無茶なやり方を選びがちになるんスよ。そういうところがいいんスけどね」
レンカのペースに乗せられそうになってしまい、ついついはぐらかす。
「面目ない。これからはレンカだけいじめる」
「え!? それじゃ、なんか私がマゾ宣言したみたいになるじゃないっスか!? 変なところだけ拾わないでほしいっス!」
レンカは「ぶーぶー」言いながら横腹を小突いてくる。そんないつも通りなやり取りで、俺の気は少しずつ癒やされていく。
――ん? 周りをよく見てみよう。
俺はくろすけの言った「一つ隣の通り」に来ている。俺はてっきり隠れた名店があると思ってここに訪れた。いや確かに店自体はいくつもあるし、間違いではない。
でも、明らかに俺が想定していた店のジャンルと違う。
(風俗街だこれー!!)
路地裏に入り、腹からくろすけの顔だけ出して、小さな声で怒鳴る。
「おいゴルァ! これ絶対飲食店違うだろぉ!」
「違いましたね。オレの中にこういう店が大好きな人間の思念が混じってたようです。これ以上の情報はないので、やっぱ中央の通りに戻りましょうか。ああでも、『食べる』って意味では大差ありませんね。はははっ」
滅多に笑わないくろすけは、こんなタイミングで軽やかに笑い、すぐに引っ込んでしまった。
「うぎゃー!! こここここっ、ここって!」
レンカの悲鳴に振り返ると、この通りの正体に気付いたようだ。ほったらかして逃げるわけにもいかないので、彼女の近くに戻る。
「えぇ、食べに行くってそういう意味だったんスかっ! そういう店にわたしと一緒に行くってどんなプレイっスか!」
「落ち着け。俺はこの街に来たばっかり。つまり、土地勘はない。なのでこれは偶然。おーけー?」
「無意識にこんな場所に来るとは、とんだドスケベセンサーっスね」
どう転んでも俺は変態扱いされてしまう運命なのか。
「とにかく元の通りに戻るぞ」
こんな場所に長居していると、レンカのピンク脳が爆発してしまう。踵を返して置き去りにする素振りを見せれば、勝手についてくるだろう。
俺は素早く足を進めて――。
「あらぁ、お兄さんお店探してるの? 今なら私空いてるけど、寄ってかない?」
不意に近くの店の扉が開き、思いっきりタイプな低身長おねえさんが出てくる。さらりとした長い金髪で、低い身長に見合わないメリハリボディに釘付けになった。
彼女のネグリジェのような衣服は透明すぎて、意味がない。よく見るとピンクの生地だと分かるほどの透明感。その下にある純白の際どい下着を見せるためだけに、その衣服は存在していた。
「おいくらですか?」
脳内に格納していた財布を取り出して、金貨の枚数を数える。金貨一枚で一万ポイント相当なので、十五枚もあれば余裕のはず――。
「なぁにやってんスかぁ!」
「おうレンカ。お金あげるからどっかで飯食ってこい。お釣りはいいから」
「わぁい! ――じゃなくってぇ!」
金貨二枚を受け取りつつ、地団駄を踏むレンカ。
「あらあら、彼女さんいたの? ダメよ、デート中にこんなトコ来ちゃ」
「かかかっ、彼女じゃないっスけど! 仲間がそういう店に入ってるの見ちゃったら、顔合わせるたびに思い出しちゃうっス!」
レンカは腕をブンブン振り回し、俺に金貨を押し付け、ポケットにねじ込んできた。
「そう言われても、地球じゃそういう店行きまくりだったし。彼女公認だったし。もう中毒みたいなもんだし」
VRだけど。
「うわぁ! 初耳っス! 頑張って褒めた苦労を返すっス! てか、彼女ってえぇっ!?」
「彼女いたら悪いか? まぁ、もう会えないんだけどね……」
VRだけど。
「よく分からないけど悪いっス! さらっと重い話し混ぜるのもダメっス!」
それを見ていたおねえさんは「あらあら邪魔しちゃったわね」なんて言いながら笑っている。
せっかくのチャンスをレンカに潰され、がっかりしていると、おねえさんが俺の後ろの方を見て不思議そうな顔をした。
「あら、団体のお客さん……にしては重装備ね?」
それを聞いて振り返ると、二十は軽く超える鎧騎士が足並み揃えてこちらに向かってくる。鉄の擦れる音が、その異様さを引き立てていた。




