5-1_仕組まれたBlessing
とりあえずは、俺の想定通りに事が進んだ。
洗脳されていた少女を送り届けた【ガラル】の街にもギルドの支店があり、そこへ嘘っぱちの報告をする。
獣に食われたという絵空事は面白いほど真実として扱われ、調査部隊が組まれてしまうほど。
実質主犯格を葬ったということと、多くの負傷者を救ったことが評価され、たんまりと報酬を手に入れた。
やはりどんな苦労も、十分な金が手に入ることで報われるというもの。
事件当日夜に、ハルがギルドへイーチャ捜索願を出したところ、一時間後にザンヘルの街で食べ歩きしていたところを発見され、翌日にはイーチャから出向いてくるという。
俺はハルが少女を匿った宿に滞在していて、彼を心配して駆けつけたパーティーも一緒だ。
操られていた彼女の名は【マリ】という。そして、志半ばに消滅した彼は【ケンジ】という名前らしい。
マリは最初落ち着いていたが、徐々に混濁していた記憶が蘇ってしまい錯乱。洗脳中のこともある程度覚えていた。
彼女の乱雑な言葉を整理していくと、過去に何があったのか見えてくる。
ケンジとマリは転生者。こちらの世界の夫婦に拾われ、仲の良い四人パーティーだったという。
転生して孤独だったマリは、騎士の夫と、魔法使いの妻に大切にされ、もう一組の両親のように感じていた。
そして、同じ境遇のケンジという友達。楽しい冒険の毎日。
ケンジはあの杖でモンスター使いをやっていて、どういう訳か、それが人間にも効果があるものだとエウターテスに知られてしまう。
最初は、あの女神に協力するように言われたが断った。転生者を洗脳し、兵隊にするなんて優しい彼にできるわけがない。
ケンジはそのことを夫婦に打ち明け、助けを求める。結果、夫が殺され、次に妻。
エウターテスは、「この世界を救う純粋な女神」であろうとしたが故に、目的を知り、敵対した夫婦を殺した。
それを目の当たりにした彼は、復習を誓う。
奴の目的に合致するよう、マリを洗脳。戦力として捧げたふりをして、生き残ったという。
彼女は、ほんの数週間の間に全て奪われてしまった。
俺はそのことを、何時間も掛けて宿屋の一室で聞き続けるだけ。
どこかの主人公みたいに、気の利いたセリフと温かい抱擁で慰めることなんてできない。
かといって、ハルや他の少女達に全て任せることもできなかった。
今のマリに、暖かく優しい彼らは棘になりかねない。それに、重苦しい話は俺から軽く伝えてしまったほうが、他の面々へのダメージは少なくなる。
とにかく今は時間が必要だ。ケンジを助けられなかった一種の敵でもある俺が、彼女のそれを進める。時間があれば腹も減るし、喉が渇く。悲しみが俺への怒りに変わって生きる気力になるかもしれない。
それを待つように、マリの言葉に普通の相槌を返し、八つ当たりのような言葉は静かに受け止める。
そのとき何度も俺を叩いた。しかしそれに力はなく、泣き崩れ、謝る。
深夜になってもそれが続き、体力の限界が来てもすすり泣き続けた。手の施しようがなく、寝ていたミリィに頼んで眠らせる魔法を使ってもらう。
水すら口に入れるのを拒否したので、応急処置として、回復魔法も施してくれた。最悪、水は俺が無理矢理にでも飲ませるしかない。
ケンジが洗脳を解かなかったのも、こうなるのが分かっていたからだろう。
――次の日の夕方。
二階から見る窓の外は、地球のそれよりも彩度の高い美しい夕暮れ時で、宿の前の通りでは買い物をする人達が行き交う。
日中の気温は結構高いが、夜は上着が欲しくなるほどに冷える。今は一番過ごしやすい時間帯だ。
大都会のザンヘルと比べると、ガラルは地方都市。物価や宿賃が安く、冒険者の一時拠点に最適。
滞在している宿は【砂肝亭】という。街の中心部にある割には、安くて質がいい。
変な名前だったので、思わず女将に名前の由来を聞いてみたところ、「旦那が大砂鮫の砂肝を砂漏質店で売ったときの金で建てたから」という、砂づくしの答えが返ってきて、思わず苦笑いした。
確かにここから西にはがラル砂漠が広がっているのだが、いくらなんでも砂が多すぎだ。
厨房では夕飯の準備が始まり、煮焼きする香りが鼻に届く。それが食欲をくすぐり、晩飯を楽しみにさせる。
この建物は古いが小奇麗。むしろその古さが趣を醸し出していた。部屋も花が飾ってあったり、落ち着きつつも洒落た良い家具を置いてある。
俺は待ち合わせの時間になるまで、部屋に引きこもって影の扱い方を練習していた。
「いいぞ! そうそうそうそうっ! おっぱいはもうちょっと小さく重力に逆らう感じで!」
くろすけの見た目は恐ろしいので、可愛らしい見た目に変身できないかと実験していたら、いつの間にか理想の美少女作りに熱中していた。
漆黒の肌に、メリハリのある身体と切れ長の瞳はなんとも蠱惑的で、俺は力強いガッツポーズを繰り返す。
「ご、ご主人。なんかものすごく恥ずかしいんですけど」
「声はまだ無理か。練習しておくように」
「はぃぃ!」
野太い声を必死に裏返して、可愛い声を目指すくろすけ。これはこれでアリな気がしてきた。
そんなことをしていたら、部屋の近くを通る足音や扉をノックする音には気づけず、二人が入ってきた。
困った顔をしたハルと、拳に血管を浮かべたアリシアだ。
「うおっ、部屋に入ってくるときはノックしろよぉ!」
「散々ノックした! まったく、少し見直したと思えばこれか……」
アリシアは、鬼の形相で「俺と変なコトがなかったか」とハルに問い詰め、全て喋ってしまったので、ある程度のことを知っている。
その過程で、他のパーティーメンバーもエウターテスの襲撃を認知してしまった。なので、そのことを口外しないように厳しく言っておく。
「あの女神の話、他所で喋ってないだろうな?」
「心得ているつもりだ。もし何かあれば、私もマリの味方となる」
とりあえずは大丈夫そうだ。俺が相手以外のときは、正義感の塊のような人物。特に不安要素はない。
「しかし……」
彼女は表情を曇らせ、言葉を詰まらせる。
「なぜ女神様はあんなことを……」
彼女は女神に仕えることを信条とした家の出身。最も信頼する者の行動に、困惑しているのだろう。
マリの境遇を事細かに話したら、気絶するかもしれない。
「それはこれからハッキリさせることだ。俺達の知っている女神が敵となるか味方となるか。楽しみだよ」
ここまで来ると、既に開き直っている。最近はむしろ、VR世界での戦闘のほうが緊張感あるものだったとすら感じている。
敵が増える恐怖より、勝利する数が増えることに期待してしまう。
内なる何かが、次の敵を貪欲に求めていた。それはまるで食欲のようで、当たり前に忍び寄ってくる。
とりあえずはそれを払い除け、服の下にある腹に刺したままにした刃の欠片を撫でた。
セクシーだったくろすけの姿を元に戻し、精神を改める。
「そろそろイーチャが来る頃か」
「ちょうどそのことで私達は呼びに来たんだ。これ以上待たせるんじゃないぞ」
「分かってるって。さっさと答えが知りたいしな」
俺は二人に案内されるまま、宿の細い廊下を進み、一番奥にある角部屋へ向かう。女神は角部屋が好きらしい。
扉の前まで来るとアリシアが「ここだ。失礼のないように」とだけ言い、部屋に入るよう視線で促す。
適当にノックしてから、嫌味のない上品なドアノブに手をかけ、押し開けると彼女は座ることなく待っていた。
向こうはどういう目的で俺が会いに来たのかは知らずに、表情の選択に困っていたが、俺らしからぬ神妙な雰囲気に表情筋を固める。
「最近ぶりだな」
「な、なにか能力に不具合があったの……かな?」
「いやいや、能力はすくすく成長中だ」
そう言っている間に彼女は察したらしく、腹のあたりを凝視した。
「これが分かるなら話は早い。耐性をつけようと腹に刺してあるんだ」
服の中に手を突っ込んで、腹に巻いた包帯の隙間から剣の欠片を取り出す。
こびり付いた血は瞬く間に蒸発してしまい、それに触れた指はチリチリと痛む。
彼女は瞳孔を開き、それを確認するように顔を近づける。まもなく青ざめ、恐怖した。それが最初の返事として機能する。
「単刀直入に聞きたい。この剣を生成した主は、お前達の敵か? 味方か?」
その言葉に彼女はうつむき、拳をわずかに震わせた。
「私はこの女神、エウターテスの敵だ。それだけは信じて欲しい。でも、アイツを信仰する女神も複数存在しているのも事実だ……」
意外な答え。いや、そうでもない。
彼女と話しているうち、女神は普通の人間と何ら変わらない思考を持ち、感情豊かだと知る。強力な力を持つ以外、ただの人間にすぎない。考えの違いが生まれるのは当然だ。
「それなら良かった。その女神を信仰する女神ってのはどいつなのか分かるか?」
「すまない……それは私にも……。いわば邪教。表立ってそのことを公言する女神はいない。でも、他の女神が復活させようと、人間には知りえない儀式を行っていた形跡は見つかっている。それでも、向こう百年は復活できない状態まで追い込んだはずなのに……」
これはややこしい事態になってきた。眼前のちびっこ女神は可愛いから信じたいとして、この先出会う可能性のある女神は、必ず警戒する必要がある。
「キミが私の言葉を信じてくれるというのなら、力を授けた道具と武器の女神、破壊の女神。その三人は私達の味方だよ。それと、あのイスポアもエウターテスを嫌っている。彼女はあんなでも、地球人含めて人間が好きだからね。今はお仕置き部屋だけど」
「そりゃ良かった。気が楽になったし気分も良くなった」
もし全員が敵だったら、最悪能力を奪われ、生身で戦うことになりかねない。
「――そのことで、重ね重ねキミに謝らないといけないんだ。人間が選んだ能力を女神が授けるという仕組みを隠れ蓑にし、全知全能を超えた人物を模倣した能力である『人類の武装』と『女神の破壊』と『魔法に頼らない再生能力』を望む偶然を待ち続けた」
俺の違和感は間違いではなかった。イーチャ達の望む存在だった俺は、彼女達の用意した脚本に沿って踊る傀儡。
「そして、それを見事選んでくれたキミに、力を授けたんだ。精神的にも彼に近く、十分すぎるほど条件を満たしていたからね。他の女神に悟られないよう、他の転生者を招くときと同じように送り込み、何十年も掛けて成長させるつもりで……」
「その人間の話は俺も聞いたことがある。それでなんとかアイツと戦えたのか」
「私達には到底敵わない敵を倒すため、多くの人間を守るため……。一つの命ならと考えてしまった……」
この世界でモンスター退治させる代わりに、強力な力を授け、優遇する。その規定から少しばかりズレた行為。俺からしたら、なかなか面白くて有難いこと。
それに、あんな女神に地球をどうにかされてしまうくらいなら、俺は喜んで戦う。
ただ単純に地球が好きというより、楽しくて愛おしいVR世界や、カルラを生み出した場所だからという理由なのだが。
しかし、彼女からすると、力を授けて戦わせる行為自体残酷なことかもしれない。
女神を殺すことに特化している、『思惑ある能力で送り出した』という負い目の表情をしていた。
イーチャは感極まったのか、口をへの字にしてついには泣き出してしまう。
「貴様ぁっ! 女神様を泣かせるとは何事かぁっ!」
泣き声を察知したアリシアが抜刀して、ドアを蹴破り入ってくる。
容赦なく脳天をかち割ろうとしてきたので、なんとか白刃取りで受け止めた。
「てめぇ! 女神様が作った希望の星様になんてことしやがんだぁ!」
「星は星でも死兆星かデス・スターの類であろう!」
ファンタジー丸出しな女剣士の口から出るとは思えない単語。
「お前、地球の文化に詳しいのな……」
「べ、別にいいだろう! 転生者が持ち込む書物や映像は面白いんだぞ! 私は勉強熱心なんだ!」
そう言いながら、さらに剣に力を込める。
イーチャは目の前で起ころうとしている刀傷沙汰を止めるため、刃の下に来て彼女をたしなめた。
「彼は悪くない。どうかその剣を収めてくれ」
彼女の言葉はてきめんに効果を発揮し、腰の鞘に剣を戻してから速やかに部屋から退散する。
「ふぅ、危うく三枚おろしにされるところだった」
「あの、その……」
イーチャは自然を司る偉大な女神。しかし、俺には見た目相応の少女のようにも思える。そんな彼女に気負わせることはしない。
「スキルボードをうっかり壊したってのは嘘で、全知全能を超えた人間の力を詰め込むためなんだろ? あの女神に対抗できるってんなら、利用したとかそういうのは気にしない」
「ごめんうっかり壊したのは事実」
「ぬぅわんだってぇッ!!」
全てが計画的に設計された能力だと早合点していた俺は、思わず吠えた。そのせいで、引っ込み始めたちびっこ女神の涙が滝のように流れる。
「ふぇぇっ!」
「また泣かせるのか貴様ぁッ!」
再び抜刀しながら飛び込んでくるアリシア。今度は、ハルが後ろ抱きつくようにガッチリホールドしているが、鍛錬の日々を送った彼女を止めることはできない。
ぶった切られると思いきや、俺に剣が届きそうなところで動きが止まり、刃が行ったり来たりする。
「このぉ、外道めぇ。うぇへへ」
アリシアは酷く顔を緩ませ、ハルに抱きつかれる感触を楽しんでいた。
「うーんこの堕落具合。女神より私欲か」
こんなダメな奴を、一目惚れのごとく綺麗だと感じた過去の俺に、 デイビー・クロケットをぶち込んでやりたい。
そう思いつつ、抱きつかれているのが何だか羨ましい俺だった。




