4-7_終わりが始まりを呼ぶ
女神の剣に心臓を貫かれ、血の流れに神聖なものが混じる。それは人間にとっては毒であり、邪悪な神霊を使役する俺にはより酷なものだった。
「そのまま苦しんで浄化されなさい。きっと素晴らしい虚無が待っています」
「それは……死ぬって意味じゃねえか。そんなのはゴメンだ。せっかく不死身になったんだから……てめえの光程度克服してやる……」
強がってはみたものの、かなりキツイ。くろすけを近づけることすら出来ないので、掴んだ箇所から広がる水ぶくれが、女神の全身に広がるまで耐えるしかなかった。
一方俺の身体は、既に水ぶくれを通り越し、あちこちがチーズのように溶け始める。
いよいよ掴む力も無くなりそうというときだった。
「ごめん、腕切っちゃうかも!」
ハルのよく通る声。それが耳を優しくくすぐった直後には、空を切る斬撃が俺の右腕と同時に女神の剣を切断した。
咄嗟に落ちた腕を咥えて、後ろに転がる。
切り口がきれいだったので、取れた腕を切断面に押し付けた。こうしていれば数十秒でくっつくはずだ。
それから斬撃の飛んできた方を見ると、穴の縁から見下ろし、剣を構える少年の姿があった。
「お、おい。こっちに来るな。今すぐ逃げろ!!」
正直死にそうだったので礼を言いたいが、それどころじゃない。
今喧嘩を売った相手は、この世界の理。大口径の弾丸を食らっても、すぐに持ち直して涼しい顔をしている怪物。
全てを知り、逃げ場を失った俺以外が相手にしてはいけない存在だ。
ハルが剣を天に掲げると雷魔法の詠唱が始まり、すぐさま上空に暗雲が立ち込める。
轟音とともに雷が何発も落ちるが、女神は光の霧を上に集めて無力化していく。
しかし、それは俺を救出するには十分な時間を生む。魔力で強化された身体で彼は疾走し、俺を引きずって距離を取った。
襟を掴まれて地面を滑りながら、足裏から背丈より大きな木箱をいくつも生成し、少しでも時間稼ぎに使える場所を増やす。
その一つの裏に身を隠すと、ハルは俺の腹に手を当てて回復魔法を使う。
不安定ながらも右腕がくっつき始めたので、焼けた鉄のように感じる光剣の欠片を引っこ抜いた。
それを投げ捨てようかと思ったが、ふと毒蛇に噛まれたときの対処法を思い出す。
蛇の種類が分からないときは、それを捕まえて医者に見せる。すると、適切な血清を打ってくれるというものだ。
これが俺にとっての毒なら、資料として持ち帰って、聖なるものへの対処法を研究できるかもしれない。それに、全知全能の女神という誰も知らない存在を証明するには、物的証拠であるこれが必要になる。
それが肌に触れないよう、厚めの布に包んでポケットへ入れた。
「逃げろって言っただろ。アレは俺だけが戦っていい相手だ」
「でも、負けそうだったよね?」
こんな状況にもかかわらず、少し意地悪な表情でハルは言う。さっきのフラフラだった彼が懐かしい。
「……ありがとな。正直死ぬかと思った」
「ほら、お肉持ってきたから食べてね。回復ポーションもあるよ」
半ば強引に黒っぽい干し肉を口に入れられ、ポーションも飲まされる。タンパク質と回復ポーションの組み合わせは、素早く回復できるので有難い。
そうしている間に、身を隠すために設置した箱が浄化されていく。くろすけはこっそりと行動するのが得意らしく、何事もなかったように俺の側に付いた。
真っ当なスキルボードを持つハルは、戦力として申し分ない。
こうなってしまったからには、協力してもらうべきなんだろうか。あの女神は力の大半を失っているらしいし、後に力を蓄えられるより、今確実に仕留めたほうが安全なのかもしれない。
「俺の頼みを聞いてくれ」
「いいよ」
内容を言う前に彼は自信たっぷりに返事をした。こうも信頼されるのは、やはりむず痒い。
でも、俺も少しくらい人に甘えたいときもある。それを受け止めてくれる相手が居ることが嬉しかった。
「アイツはあんな穏やかなツラをしているが、少なくとも地球にとっては都合の悪いものだと思う。もう戻れるかは分からないけど、故郷は故郷だから守りたい。何より、正体を知ったことで俺は優先的に消される対象だ。死にたくはないから戦う。人にそっくりなものを倒すのは気が引けるかもしれないけど、一緒に戦ってくれるか?」
「うん、大丈夫だよ。大切なものを壊すのは絶対に許せない。だから、一緒になんとかしよう」
「ありがとう……。もう時間がない。単純な作戦しか思いつかないけど、それで行く。俺が囮をやるから、その剣の斬撃をアイツに叩き込んでくれ。射線に俺がいても、攻撃できると思ったら躊躇うな。その剣の光より、アイツの光のほうが俺には効く。特に問題がなければ、こっちから指示は出さない。アイツより先に考えて先に動くだけだ」
彼は頷いて、飛び出す準備をする。
木箱が十分に時間を稼いでくれたので、俺の右腕はしっかり動くようになった。
くろすけをすべて取り込み、細胞を電気信号で活性化させ、左腕を目に見える速度で生やしていく。
そして、ディザを倒したときのように両腕から爪を生やし、通電と過熱。
――身を隠した木箱が消滅した瞬間、二人同時に飛び出した。
ハルは、無茶な筋力強化をした俺と同等の速度で走り、遮蔽物から遮蔽物へと移動する。
一方の俺は女神へ突っ込みつつ、見えない浄化攻撃を放つ手の平の向きを見ながら躱す。
ふくらはぎの筋肉を爆発させながらの突撃は、激痛を代償に脳が出せる指示の限界を超えた速度での跳躍を可能にする。
単純な直進能力では、追いつける生命体は少ないだろう。
その勢いに任せて爪を突き出すと破壊能力を伴った衝撃波が発生し、女神の光の霧を吹き飛ばした。
霧の防御を失っただけでは諦めてくれず、光の羽をはためかせ、俺を包み殺そうとする。
猛攻から逃れようと、腕を獣のように振り回し、掻き毟りながら歩みを進めた。
遠目に見ると鳥の羽のようだが、間近で見ると細やかな繊維で形成されていて、サナダムシの様で少し気色悪い。
それを一塊斬り落とすたび、腕に米の袋で叩きつけられたような衝撃が伝わる。
「クソッ、剛毛女神め」
俺の言葉が気に障ったのか、羽を叩きつける頻度を上げてきた。斬り裂く効率が上がるので、むしろ都合がいい。
戦いながら感じたが、やはりこいつはひどく弱っている。神聖さが厄介なだけで、単純な戦闘力はディザより低い。
この程度で全知全能の全力だというのなら、それと戦えている俺はとんでもない化物だ。
ハルが女神から見て左斜め後ろに回り込み、剣に力を集める。
視線で悟られぬように努め、女神の胸あたりだけを見ながら腕を振り回して、斬撃を待つ。
その魔力の高まりを感じ取った女神は、左の羽を後ろへと向けた。
あまり触りたくなかったが、右羽を引き千切る勢いで引っ張り攻撃を逸らす。
そして、バランスを崩した女神に、聖なる剣の斬撃が飛翔。
だが、彼女は霧散してするりと手から抜け出す。飛んできた斬撃に俺が当たってしまえば、無様な同士討ちで終わる。すぐに屈んで避けた。
光の霧そのものになった女神は、俺に何度も体当たりを繰り返し、神聖さで焼き殺そうとする。
俺は攻撃を喰らいながらも、両爪を思いっきり打ち鳴らす。
すると熱量が一際高まったので、腕を交差させ、爪をこすり合わせつつ振るった。
その行為は、熱と電気と影の渦を生む。それらが混じりながら光を飲み込もうと空間を抉り進んだ。
比喩表現なんかではなく、渦周囲の景色が激しく歪み、大気が吸われて身構えるほどの突風が発生する。
それが自分の引き起こした現象だとうことに、いまいち実感が湧かない。これこそが転生者の持つべき強力な力だが、流石に禍々しすぎる。
渦に追いつかれた女神は吸い込まれないように実体化したが、いくらか力を吸い取られたらしく、やつれた顔で転がり落ちた。
俺の生み出した渦は徐々に小さくなり、消えてしまう。
もう一発それを放とうにも、爪は所々欠けて使い物にならない。
別の手段で止めを刺そうと、デザートイーグルを呼び出して撃ちまくってやったが、エウターテスは光の壁でそれを弾く。
彼女はボットン便所の底を覗き込んだときのような顔で俺を睨み、自らをボロくなった羽で包んで消えてしまった。
ああクソ逃げられた。このミスは絶対後に響く。今度こそ俺を確実に殺すため、力を蓄えてヤツは戻ってくるはずだ。
どうも俺の運命は酷くねじ曲がっている。いつだって、どん底をギリギリで切り抜ける程度の悪運頼り。
ある意味、どの転生者よりも素晴らしい能力は、最悪の敵と戦うための手立て。はっきりと抗う手段があるというのは、俺の人生にしては恵まれている方だ。
「くろすけ、敵の気配は残ってるか?」
「――残っていませんね。杖も効果範囲から出たらしく、ゴーレムは停止状態です」
USPとナイフ数本を生成し、他の道具を消して頭を軽くする。
少し身体が楽になったところで、フォールディングナイフを腕の爪と自前の骨の間に突っ込んで、テコの原理でえぐり出す。
痛みなんて気にならなくなるほど、次の選択肢をいくつも頭に浮かべては消していった。
「まさか、あの女神が明日に攻めてくるなんてことはないよな?」
「多分、大丈夫だとは思いますが……。神に属する存在は信仰心や認知が力の源。オレ達程度にしか認知されていないということは、数ヶ月から数年規模の蓄えが必要になるかと思います。それに加えて、ご主人の下衆な悪意に曝されて、余計に復活が遅くなるでしょうね」
「下衆は余計だ。――悪意か。これからは一時間に一回、アイツとウンコのヴィジョンを同時に浮かべてやる」
半分冗談で言ってやったんだが、くろすけは少し思考してから口を開く。
「……。あまり認めたくはありませんが、悪くない考えだと思います。ご主人ほどの異常な精神力の高さをもってすれば、それだけで女神の格が落ちるでしょうね」
「マジで効果あんのかよ……」
早速それを実行してから、駆け寄るハルの走り方を見て、怪我の有無を探る。どうやら大丈夫そうだ。
「――なぁ、口裏合わせ頼むぞ。それと、これからもう一仕事頼んでいいか?」
「うん。でも、その前にあの子の様子を見ないと」
「ああ。そのことで頼みたいことがあるんだ」
洗脳されていた少女はあの後気を失ったらしく、地面に伏せていた。
ハルは彼女に回復魔法をかけ、それに俺も近づく。
「このまんま真実を語ったんじゃ、洗脳されていたとはいえ、この子の印象に悪いものが残る。女神のアレコレも面倒だし、俺の作り話で真相は闇の中。いいな?」
そう言うとこちらを横目で見ながら頷く少年。それを確認して、脳内の物語を語った。
「俺は単独で男女の悪党共を見つけ、戦闘を始めた。それはそれは激しい死闘だったんだが、あと一歩のところで、見たこともない獣がその二人を食っちまった。そして、ハルが駆けつけたタイミングで、満腹になった獣はどこかに消えてしまう。俺が火を使ったせいで血の跡も残らず、この物語はおしまい」
「ボクはその見たことのない獣について話せばいいんだね」
「ああそうだ。俺の後を追って、架空の事件の目撃者となる。ハルの言葉なら、信じてくれるやつも多いだろうし。獣の姿は『狼と鹿の中間みたいな見た目で、赤とか青に変色するよく分からないやつ』ということにしておいてくれ。そこの女の子は山菜採りの途中に戦闘に巻き込まれた不幸な通りすがりという設定で行こう。もし嘘がバレたら、俺に脅されたってことにしておけ」
「あんまり嘘をつきたくないけど、この子を守るためだもんね。そういう優しいところ大好きだよっ!」
女神の光なんて屁でもないほどに輝く笑顔でそう言われたら、もっと惚れるぞ。男でも容赦なく結婚申し込むぞ。将来はメジャーリーグ作れるくらいの子供生んで欲しいぞ。
とりあえずその予定は後回しにして、この戦いの後始末を始めようとしたときのこと。少女は目を覚まし、寝ぼけた顔で俺とハルを交互に見ていた。
「あー、えーっと。とりあえず色々面倒なことにならないよう、こっちの可愛い男の子の言うことを聞いてくれ。混乱してるとは思うけど、少しでもマシな終わり方になるように努力する。それまでは、出来るだけ他の人に知ってることを話さないようにな」
乱暴で強引な説明だが、こうするしかない。くろすけの言った「信仰心や認知」とやらを集めないよう、少しでも情報を遮断する必要があった。
「確かあっちの方に街があったよな? そこの宿までこの子を連れて行ってくれ。後から迎えに行くから、そのときゆっくり話をしよう。俺は少しでも仕事した感出すために、負傷者の誘導とか護衛をやる」
「分かった。パーティーにボクは大丈夫だって伝えてね」
「ああ。エウターテスがどう動くか全く想像できない。完全には信頼できないが、他の女神を頼る必要もある。一番接点のあるイーチャと話しをしたいから、暇があったら情報を集めといてくれると助かる」
彼は強く頷き、少女の体調を気遣うように振る舞った。歩けそうだったので、人目を気にしながら、他より低くなった部分を選んで進む。
荒れ気味の大地には、停止したゴーレムに、残党のモンスター。それに、疲労困憊の転生者とその仲間。
ここは正に異世界。無数に展開される、愛と勇気の異世界冒険記で溢れるこの地で、俺はただ殺して生き残ることを最優先に考えていた。
とにかく、順番に出来ることをやるしかない。考えは刃物のように鋭く、一筋であるのが俺に向いている。
エウターテスを殺せと心身に言い聞かせた。
とりあえず、そのための一歩を踏み出す。
ポケットに入っている、女神が生成した剣の破片は今も確かに存在している。その力に慣れるため、腹のあたりに突き刺して、包帯を巻く。
くろすけはその行為を見過ごせないらしい。
「ごっ、ご主人!? 何を考えているんですか? ご主人にそれが刺さってると、繋がってるオレも結構苦しいんですけど!」
「俺もお前もコレに慣れるんだよ。次戦うとき、少しはやりやすくなるだろ」
嫌そうな顔をするくろすけを無視して、負傷者の回収に向かった。
動けない者の数は多く、一人一人運ぶのは大変だ。なのでくろすけを引き伸ばし、一度に十人は乗せて運ぶ。
その途中、透明化したゴブリンを警戒していたのだが、それは最初から存在しなかったように忽然と姿を消す。
エウターテスの神聖さに恐れて逃げ出してしまったと考えるべきか。
透明化したモンスターのアレコレは、あの少女に聞いてみるしかない。
回復能力に特化した転生者の存在もあり、書面上死者は一人も出なかった。
俺だけが、たった一人の少女と故郷を守ろうとした人物の最後を知っている。やり方はどうであれ、自分の正義に従って戦っていた。
その意志を俺が継ぐことで、少しでも報われて欲しい。
一度は殺そうとした相手に、心の中で「安らかに」と言った。




