4-2_見えない戦い
街のすぐ目の前に広がる平原をあっという間に走り抜け、山を超えた先にあるもう一つの平原を目指す。
それは、馬車が唯一通れる谷の先にある。
ここは以前巨大な川だったが、どっかのバカが魔法の試射で地形を変え、川の流れも変えてしまったらしい。
結果、便利な通り道が出来たので、極刑は回避したという。元々生活用水の川ではなかったのも幸いしたという話だ。
「――というわけでして、複数のパーティーが分散した状態でゴーレムに釘付けです。決戦兵器レベルの武器や能力を持つ転生者は誤爆を恐れ、殲滅攻撃を繰り出すこともできず、徐々に疲弊しています」
「ボロボロだな。パーティーを一つ一つ撤退させて再編成するにしても、結構大変だ」
「補給施設を守るため、いくつかのパーティーが先行したきり混戦状態に……」
馬車馬はとても頭がよく、街道沿いに勝手に進むよう訓練されていた。ミラナは地図を広げ、あれこれと戦況を話していく。
「ゴーレムだけならどうにかなっていたかもしれませんが、見えない敵がいるとかいないとか。それに、正規の軍人という職業が存在しない今、人間同士の戦争を上手く進める術もありません」
「いるとかいないとかじゃ困るな……。それで、敵が人間ってのは、どういう経緯で確定したんだ?」
「これを見て下さい」
彼女は地図に挟まった一枚の写真を差し出す。これもまた、転生者が持ち込んで稼業にしているのだろう。
それには、地面の大穴に小さなゴマ粒程度の人影が写っていた。性別すら分からない。
ディザのように人間にそっくりな混沌種なんてのを見たばっかりなので、これを人間だと思い込むのを少しだけ悩んだ。
「この地点に辿り着けたのは、飛行能力者と撮影者だけです。なので、ギルド員や一般人である可能性は無いと思われます。何よりも、二人に迎撃されたということなので、敵であることは間違いありません」
ゴーレムはこの二人が動かしてたいうことは――。
「もしかして、こいつら転生者か?」
「恐らくは。普通のゴーレムより動きが機敏で精確なので、ほぼ確定。万が一ゴーレムの運用に関わっていなくても、空から指示を出せるようにしたいので、この二人の確保をお願いします」
「確保? 殺害禁止?」
「確保はできればで構いません。転生者を牢に入れておくのは街の人間に危害が及ぶ可能性もありますし、仕方のないことです」
戦争と言われて、どれ程の大群と戦わされるのかと思っていたら、その実暗殺任務。
銃という攻撃手段に、一撃必殺となる破壊能力とくろすけの存在。人選はそこまで悪くなかったようだ。
「ご主人、微かに魔力の気配。一応気をつけて下さい」
くろすけが出てきて、馬車の上まで伸びて周囲を見渡す。
「その辺の野良モンスターじゃないのか?」
「いえ、小さすぎてどうにも気味が悪い。まるで、何かで包み隠したような――」
それを聞いた直後、顔面に何かがぶち当たって、そのまま馬車の後ろから吐き出された。
真面目な雰囲気で話していたのに、自分でも聞いたことのない滑稽な呻きを漏らしながら地面を転がっていく。
くろすけも同様に、何かにぶつかる。
ミラナは慌てて馬車を停め、下りて俺の方へ走ってきた。
「いきなりどうしたんですか!? そんなに行きたくないなら、無理にとは言いませんけど……」
これは自分の意志なんかではない。一番強くぶつけた鼻を押さえると、結構派手に血が出ている。そして、目の前の空間にもこびり付いていた。
「な、なんじゃこりゃあ!」
ガラスに血がついているようにも見えるが、どうも違う。血液だけが浮いている。
もし完全に透明な壁があったのなら、一番前を進んでいた馬が先にぶつかるはずだ。
「ご主人、これは恐らく不可視化された魔法領域の一種です」
くろすけは飛び回って、あちこちを引っ掻いて回る。
「こんなにも巨大な魔法領域を、現象であるオレの目からも誤魔化すとは……」
「それの境目が俺の破壊能力と反発して、物質のように機能したってわけか」
「結構しっかりした作りのやつなんで、ご主人にとっては魔法障壁と変わらない存在ですね、これは」
そうと分かれば、無理にでも入ってやる。俺の血が見えない壁の表面を溶かし始め、グツグツといっているので、壊せないことはないだろう。触れた感じ、ディザの防御用障壁に比べたら脆そうだ。
「くろすけ、手伝え」
バールを生成して、血で緩んだ表面に突き立てる。血を塗りたくるように抉っていくと穴が広がったので、くろすけの腕を四本に増やし、勝手に閉じようとする穴を固定させた。
「このくらいあれば通れますか?」
「ああ、十分すぎる」
腰の少し上あたりに空いた穴を跨ぐように通り抜け、閉じる穴に挟まれないようくろすけを引っ張って中へ入れた。
「ふぅ、手間かけやがって」
「ご主人の能力のせいですけどね」
「能力のオンオフも練習しなきゃな」
破壊のエネルギーを高めることはしてきたが、抑えることはできない。思わぬ課題が見つかる。
魔力によって形成された領域は、術者に良い影響を与え、敵に悪い影響を与えるためのもの。まさに敵の術中にハマったと言える。
しかしながら、筋力低下などの違和感は一切感じなかった。俺自身が跳ね除けているのか、別の分かりにくい仕掛けが施してあるのか。
「さぁ、仕切り直して行こう」
「は、はい……」
ミラナに馬車へ戻るように促したとき、馬達が妙な動きを見せた。
耳を伏せ、歯を剥き出しにして落ち着かない様子。二匹の鼻息は荒くなっていく。
「なんだ?」
くろすけを左後ろに待機させ、拳銃を静かに引き抜き、馬の視線の先を探った。
その異様な雰囲気に「見えない敵」という言葉が脳裏を過る。
破壊のエネルギーを爪で弾き、ソナーのようにして扱うが「何か」は引っかからなかった。
魔法領域も、俺の血がこびり付いて始めてその存在を認知できたほど。
この場合、見えなかったからと安心はできない。
瞳に映らなくとも、間違いなくいるのは分かっているし、ゴブリン臭さも僅かに感じる。
俺の緊張がミラナにも伝染していた。
「どうしたんですか?」
「何かいる。とりあえず、馬車の中に」
彼女を半ば強引に押し込み、馬の視線の先に弾丸を一発打ち込む。
ギャッと声がして、着弾したときのそれとは別に、三箇所に小さく砂埃が立ち上った。
「そこか」
勘で撃った三発のうち、二発が何かに当って血を撒き散らす。徐々に透明な何かからゴブリンの姿になり、痙攣しながら息絶えた。
「おっ、感が冴えてるぅ!」
「当たったのは両方急所ですね。でも、こうした方がもっと早い」
くろすけは勝手に巨大な刃へ変形し、周囲を薙ぎ払う。すると、胸のあたりで真っ二つにされたゴブリンが二匹、水気のある音を立てて崩れ落ちた。
「俺の方がスマートに殺った。でも、今度からはそれで駆除しよう」
「ご主人のそういう効率主義、好きですよ」
馬は威嚇を止めたので、馬車に飛び乗って移動を再開する。
息絶えたゴブリンは相も変わらず黒く染まり、地面に溶けていった。
動揺から言葉を失っていたミラナは、徐々に冷静さを取り戻して口を開く。
「見えない敵の正体が分かりましたね。だけど、それを全員に伝達する方法がありません」
「前線の方じゃある程度気づいていそうなもんだけどな。適当に撃った魔法が当たることもあるだろうし」
これから先、敵の猛攻が予想される。予めカスタマイズして格納しておいたM4カービンを取り出し、安全装置がちゃんと掛かっているかを確認した。
バレルは十六インチまで延長し、肉抜きしたハンドガードが特徴的。レシーバーはアンビ化し、一通り使いやすいパーツに変えてあるが、追加したのは高倍率のACOGスコープくらい。
ショートマガジンを使えば、簡易的に狙撃銃としても扱える。
この銃を組み上げるとき、取り憑かれたように手を動かし、この形にしていた。
これも、武器の歴史が記憶に流れ込んできたせいなのだろう。誰かが使いやすいと感じた記憶が、俺にそうさせたと思われる。
そして、二連マガジンポーチも腰のあたりに設置した。生成がどうしても間に合わない場合、これを使う。
MPもやっと増えてきたので、こういうフルオート銃も運用できるようになってきた。とはいえ限界はあるので、緊急時以外は単発で撃つ必要がある。
M4を抱えたまま馬車の縁へ寄りかかり、徐々に高まる殺気の方向へ再び進む。




