3-2_ヒロインの気配はポンコツに沈む
ザンヘルの街では、相も変わらずどの転生者も女の子を引き連れている。
一方の俺は、たまに男集とクエストに出かけるだけだった。
より一層ささくれた俺の心を癒やすため、ギルドの食堂で高いものを手当たり次第貪り食っていたときのこと。
「あの、転生者さんですよね? 戦闘用ゴーレムを倒したっていう……」
丸メガネで、古典的な魔女の格好をしたおさげの少女が話しかけてくる。
その後ろには、革の胸当てをして、メイスをぶら下げた白髪に褐色気味の肌をした女の子。弓を背負っていて、セミロング金髪のレンジャーみたいな子もいた。
揃いも揃ってビクビクしているので、こちらが申し訳なくなってくる。
「そうだけど……どしたの?」
そう答えると、魔女っ子は後ろを向き、何やらひそひそ話し始めた。
後ろの二人に「この人に悪いし、やっぱやめようよ」と言うと、レンジャー娘が「でも生活が……」と呟いたり、メイス娘が「頼るしかないよ」とこっちを見て言う。
「えっと、話はまとまった?」
「はゃ、ひゃい!」
驚いた魔女っ子は、ズレた眼鏡を整えながら戻ってくる。
「えと、その……。言いにくいのですが、生活に困っていまして。最近は、このあたりのモンスターも強く、私達だけじゃ簡単なクエストも危険で……」
「なるほど。でもいいのか俺で? もっとこう、爽やかなイケメンにでも声をかけりゃいいのに」
思わず、自信を失いに失った口から卑屈な言葉が出てしまった。またとないチャンスだというのに。
それに対して首を振ったのは、メイス娘だった。
「実は、何人かに声をかけたんだけど『ヒロインは間に合ってるから他を当たってくれ』って言われちゃって。ぼくたちってそんなに魅力ないかな? もっとえっちっぽい服装のほうが良かったり?」
ぼくっ娘の時点でかなりキャラは立っている。揃いも揃って可愛いし、突っぱねる理由も見つからない。
しかし、言われてみれば転生者が連れ歩いている女の子よりは地味……というか、常識的な格好だ。メイス娘はそこそこ露出が多いが、かなり大人しいデザインの服で、革の胸当てでバッチリガードしている。
他所のパーティーは、清楚ポジションですら痴女じみた服装。それを考えると、あの少年のパーティメンバーはかなりまともな分類だ。
「安心しろ、俺は厚着フェチでもある。君の革の胸当てとか、そっちの子の長い革ブーツ。実に素晴らしい」
指差されたブーツを履くレンジャー娘は、ちょっと引いた顔で変な妄想をぶちまけてくる。
「うわぁ! 変態に声かけちゃったっス! きっと人気のない場所まで行ったら、ゴハンに盛られていたえっちな薬が効き始めて、わたし達まとめてえっちなコトされちゃってうわぁぁぁっ! 嫌なのに嫌じゃなくなっちゃうっス!」
「細かい設定までありがとう。ちなみに、俺だったら薬なんて使わない。とことん嫌がってる方が興奮――おっと、なんでもない」
「ひぇぇっ!」
彼女は自分を抱き締め嫌がる素振りを見せたが、何故か昂ぶっていた。
苦虫を噛み潰したような表情のメイス娘は、魔女っ子の耳を塞いで距離を取る。
「うちのヘンタイと渡り合うのがいるとは……」
「褒めるなよ」
耳を塞がれていた魔女っ子はしゃがんでそれをすり抜け、俺に詰め寄った。
「わ、私はフェチっぽいところないんですか!?」
まさかの問いに戸惑ってしまう。一人だけのけものが嫌だったんだろう。
「えーと、黒っぽい服にお下げで丸メガネっていう、魔女っ子要素のゴテゴテ感?」
レンジャー娘はそんな彼女の後ろに回り込み、自分より一回り小さな身体に抱きついた。
「わたしが普段一番エロいと思ってる部分を教えてあげるっス! ちっちゃいのに、けっこーメリハリのあるボディなんスよ、この子!」
ぶかぶかの服を引っ張ると、彼女が言った通りのシルエットが浮かび上がる。思わず、感動の唸り声を漏らしてしまった。
「おぉ……」
魔女っ子は声にならない悲鳴を上げて、木の杖で犯人をポカスカ殴る。腰の入っていない打撃なので、レンジャー娘は「いたいいたい」と言いながらも、顔は笑っていた。
このまま続けていたら、早朝から深夜まで続きそうなので、俺から真面目に切り出す。
「話は戻すけど、本当に俺でいいのか? 暇してたところだし、そういう事情があるなら手伝うけど」
魔女っ子が瞳を輝かせ、小さく跳ねる。
「本当ですかっ!? ぜひ、お願いします!」
他の二人も無垢な笑顔を咲かせる。それは、最高に可愛らしいものだった。
しかし、それをぶち壊すように、魔女っ子の腹の虫が激しく鳴き叫ぶ。顔を真っ赤にして、その熱量だけでメガネを曇らせてしまうほど。
釣られて二人の虫も鳴く。
「とりあえず、俺が金出すからなんか食うか?」
そう言うと、三人は首に電磁石を仕込まれた赤べこのように首を縦に振った。
遠慮なしに沢山注文し、向かいに並んで座って食べ物を並べる。
腹に入れた分以上出ているんじゃないかと思うほど涙を流し、犬のように頬張った。
「ありがとうございます……ありがとうございます……必ずお金は返しますので……」
「むふぅ……。こんな贅沢を知ってしまったら、ぼくはもう貧乏生活に戻れない。うっうっ……」
「美味い! 美味いっス! これを弱みに肉体関係を強要されるんっスね、わたしたち……」
約一名、一緒にいるとあらぬ誤解を招きそうな人物がいる。いっそのこと、本当に強要してやろうかと思った。
三人は限界まで腹に詰め込み、満足そうだ。その顔を見られるなら、こういう出費も悪くない。
腹が満たされ、余裕が生まれたのか魔女っ子が自己紹介を始めた。
「そうそう。自己紹介しないと。私は【シャル】と言います。この杖【ビード】を使った攻撃魔法の威力は結構自信があるので、任せて下さい」
立ち上がってから杖を天に掲げて、頼りない身体に力を入れてみせる。
その杖に重ねるように、メイスを掲げて続けた。
「ぼくは【ルファ】だよ。自慢のメイス【エフス】は、巨人が振り回したのと変わらない威力が出るんだ」
同じように折り畳まれた弓を展開し、重ねるレンジャー娘。
「わたしは【レンカ】っス! この弓【ディーロウ】なら、どんな邪悪なモンスターもイチコロなんで、ジャンジャン頼るっスよ!」
なんとも独特なノリを持った三人で、賑やかな冒険になりそうだと思いつつ、俺も名を明かす。
「俺はノギだ。不死身の肉体だから、いざってときは盾にしてくれ。便利な道具も使い放題。近距離遠距離は問わず戦えるけど、魔法は全然ダメなんで、そこは勘弁な」
自己紹介を終え、落ち着いた食事に戻ったところで、俺から話題を振る。
「じゃあ、どのクエストやるかの話するか?」
そう提案すると、レンカが手を挙げる。
「一ついいっスか? 満腹なんでわたし眠い――というか寝るっス!」
シャルの太ももを枕にして、素早い動作で寝る体制に入った。
「おいこら、金は欲しくないのかよ?」
「欲しいっっス!!」
勢いよく体勢を戻し、背筋を正す。忙しないやつめ。
シャルはクエスト受注に使う紙をテーブルに置き、差し出してきた。
「実は、これを受注しようと思っていたんです」
その紙を読んでいくと、確かに軽く金稼ぎするには悪くない内容だった。
それは、一晩で現れたという巨大洋館の調査をするというクエスト。そこに潜むモンスターのリスト化や、マップ制作を行うというもの。
しかし、本命は別にあった。
宝飾品が少数見つかっているらしく、彼女達はそれが狙い。まだ入り口周辺しか探索が進んでいないので、換金できそうなものに期待しているという。
「でも、こんな良さそうクエスト、なんで人気がないんだ?」
「そこなんスよ。貴婦人の幽霊を見ただとか、魔法すら効かないゴースト系モンスターが出るって噂が。それのせいで人が集まらないんで、全然調査が進まないんス」
レンカは得意気に語った。
「幽霊ですか。それなら、ご主人の出番ですね」
くろすけが何の予告もなしに俺の背後から出てくるので三人は青ざめた顔になり、ルファは口に含んでいたパンを喉に詰まらせる。
「いきなり出てくんな女の子怖がるだろ撃つぞ」
「すぐに銃口を向けるご主人のほうがよっぽど怖い」
普段使いしている、デザートイーグルL6を顎のあたりに突きつけた。少々使いにくい拳銃だが、どいつもこいつもモンスターの生命力は高いので、これをいつもぶら下げている。
「コイツはくろすけ。大丈夫、いきなり噛みついたりしないから」
「どうも、ご主人の使い魔的な存在やってます。オレは噛みつきませんが、ご主人はよく『女の子に噛みつきたい』と言っているので気をつけて下さい」
「噛みたいとは言ってねえし! てめぇ本当に撃つぞ」
そう言われても彼は動じず、小さく「ははは」と笑った。
「ここで撃ったら、修理費また払わなきゃならないんですよ? 無駄な出費を嫌うご主人が撃つわけ――」
「そぉいっ!」
そんなの百も承知だ。だから俺はくろすけの制御を奪って拘束し、ナイフを生成して天井近くまで投げ上げる。
それは回転しながら落ちてきて、彼の脳天に突き刺さった。
「うがぁぁぁぁ!!」
ナイフは漆黒の肉体に深く食い込み、くろすけはのたうち回りながら引き抜こうとする。
「ってな感じで、幽霊みたいなのは俺がいれば倒せる。女神の神聖パワーってやつよ」
三人はくろすけに驚くべきか、俺の行為に恐れるべきか分からなくなっていた。
「でも、幽霊と戦えるならこの人に声かけて大正解だったっスね! ふたりとも!」
レンカにそう言われて、二人は頷いた。
「あっ、そうだ」
ルファが思い出したように手の甲にある印を光らせ、お互いのスキルボードを見せ合おうと提案する。この世界は初めてのパーティーを組むとき、それを見せ合うのが基本なのだが――。
「ええっ!? なんスかそのスキルボード! 印の色もなんか違うし、表示はめちゃくちゃに。あれ、なんで名前のところ指で隠してるんスか?」
俺の登録名はンゴニョポ。ネットで検索してもヒットしないであろう、唯一無二の変な名前だ。
隠している指を無理に引き剥がそうとするレンカ。彼女の筋力は低く、びくともしない。
しかし、思わぬ伏兵に俺の指は陥落した。
シャルに脇をくすぐられ、連携プレイでルファが右手を押さえ付けてくる。
「あひぃ! あ、ちょっ!」
ンゴニョポ。
「あっ、そうっスよね。スキルボードがそうなってたら、名前も普通に表示されないのか。大丈夫っス。わたし達は笑ったりしないっスから。無理に見ようとしてごめんなさい」
くすぐって加担したシャルも、誰が見ても反省しているという顔をして謝った。
「わ、私ったらなんてことを……。ごめんなさい」
続いてルファも頭を下げる。
「つ、つい。いつもの調子でじゃれついてしまったよ。ごめんなさい」
謝られると、逆にやりにくい。彼女達の誠意ある「ごめんなさい」が刺さる。いっそのこと、アリシアのように笑ってくれたほうが楽だった。
「いいんだ。これを恥じるってことは、世界の何処かにいるかもしれないンゴニョポさんに失礼だもんな」
一瞬微妙な空気が流れたが、何事もなかったように作戦会議に移った。




