魔王の守護者現る
寝室でコックルが先に目を覚ますと、ベッドで眠っているレイヴンの側に近寄る。
「勇者様……レイヴン様……起きて下さい!」
レイヴンは少しずつ重たい瞳を開いた。すると、レイヴンのエメラルド色の瞳は色を失っていて、青光するようなホークアイの瞳に変わっていた。
体をベッドから起き上がらせようと思ったが、体全身が鉛のように重い。どうしたものかと思い、レイヴンはベッドから鏡を覗き込む。そこには、見知らぬ真っ黒い魔獣がこちらを睨んでいるのが見えた。
「……凛はどこだ……?」
「こんな姿になったのも全部、凛のせいです……! レイヴン様、あんな奴は置いて一旦街へ帰りましょう。教会の牧師様ならこの呪いを解いてくれましょう……!!」
レイヴンはコックルを置いて部屋を出た。
「レイヴン様ーー! 大切な相棒、コックルをお忘れです!」
振り返らずにレイヴンは壁を強く叩き、言い放った。
石で出来た壁はヒビが割れ、砕けた石の破片がぱらぱらと床に落ちる。
「忘れたのではない……わざとだ……」
「レイヴンさん、大丈夫かしら……?」
王座では凛が心配そうな顔で待っていた。
魔獣たちは次々に凛に挨拶を交わす。しかし、そこにはレイヴンの姿はなく、凛は様子を見てこようと立ち上がった。しかし、履き慣れぬヒールのせいで転んでしまう。
「あいたたた……」
魔獣たちがと心配そうに近寄って来た。
「親切ね。ナーガの言う通り、みんなとってもいい子だわ」
にっこり笑うと辺りの空気が和む。
すると、片手を差し出す一匹の真っ黒い魔獣がいた。
凛の手を握ると、ドレスのほこりを払い、椅子に座らせる。転げたときに脱げた靴を拾い華奢な足首を持ち上げ、魔獣の鋭い爪が凛の足を傷つけぬよう優しくそっと履かせた。
魔獣たちがその手が気にくわないと叫んでいたが、黙れと魔獣は吠える。沈黙が続く。
「ごめんなさい……勇者の貴方を……私のせいで、魔獣にしてしまいました……本当に……どうしたら良いか……レイヴンさん、ごめんなさい……」
凛は椅子に座り、ずっと下を向いている。
それもそうだ。レイヴンからは二本の猛牛のような太い角が生えて、口元からは牙が見える。背中にはメキメキと黒い翼が生え、後ろを振り向くと長い尻尾が左右に揺れていた。
その姿はまるで悪魔のようなーー……。
その姿をずっと見ていると胸が裂けそうで目をあわせられなかった。
レイヴンは涙を流す凛の頬を、大きな魔獣の手の甲で撫でる。
「俺はこの姿で街にもう帰ることは出来ない。それならせめて凛の力になろうーー……」
先程、自分がつけた傷が巻かれた包帯の手を自分の頬にあて、愛おしそうに凛を見つめる。
「凛からは悪意は全く感じない。アナタが何にも染まらなければもう戦は起きない。平和な日常が生まれるだろうーー……」
レイヴンは王座から階段の下でこちらを見ている魔獣たちを見渡し、睨み付けた。
「俺は凛を死ぬ気で守ろう。凛に近づく奴は斬り捨てる。仲間でもだーー……この子には指一本触れさせぬぞ……」
王座に座る凛は後ろで腕を組み仁王立ちするレイヴンの耳元で何かを呟いた。
「……ナーガは許してくださいね。さっき仲良くなった羊のメイドさんなの。ナーガだけは、私の側にいること許して下さい」
レイヴンはしかめづらで、腕を組んだまま、凛を見下ろした。
「ふん……」
凛は嬉しくなってナーガに抱きつき、お互いの手を絡ませて喜んだ。