王位継承
寝室に気を失ってしまった勇者が運ばれる。凛はレイヴンが心配になり後を付いていったのだが、野獣たちにドアの向こうで待つよう言われる。
「魔王様……ドレスが破れております。それに、髪の毛も濡れて……風邪をひかれたら大変です。メイドのナーガがお風呂の準備をしましょう」
メイド服を見に纏った、羊が側に寄ってきて、凛をお風呂場に案内する。
「大丈夫ですよ。魔王様。心配しなくても、ナーガは貴女様を悪いようにはしません」
優しくにっこりと微笑む彼女は凛の髪の毛を軽くブラッシングすると髪を結び直す。ふわふわのバスタオルを側に用意し、ワンピースの首元のジッパーを少しずつ下ろした。すると先程の戦いで負傷した腕の傷が見える。手慣れた様子で手際良く、消毒をして、薬を塗って、包帯を巻く。凛の瞳からはぽろぽろと大粒の涙が溢れた。
「私、この世界の人じゃないの……だから、みんな勘違いをしているのだわ……だって……ただの女の子なのに……」
ナーガはよしよしとまるで泣きじゃくる子供を慰める母親のように凛の頭を撫でた。
「人違いではありません。この世界では長い間魔王様が不在でした。最後の力を持った、魔王様が300年前に姿を消してから、この塔は守るものがおらず、大分劣化してしまいましたわ。
物語は正義の勇者が悪い魔王を倒したら街に平和が戻りましたで終わるけれど、それは古い古いお伽噺。先程の勇者の街も魔王の天災で壊滅状態と聞きましたけど、魔王様には本来そのような強力な天候を操る力はございませんし、魔王様自身も不在でおりました。
ここの魔獣たちは人を食べたりもしませんし、悪さもいたしません。誰かそのような噂を流しているのでしょうね……」
浴槽にたっぷりとお湯をため、薔薇のエッセンスと花びらを並べる。ナーガは石鹸を泡立たせ凛の髪を優しく洗った。
「凛様は魔獣たちの希望です。この真っ直ぐな漆黒の心臓にとても優しい心の持ち主が魔王様だなんて、悪い噂もたちまち消えましょう……」
「いえ……私が魔王だなんて……魔力とかなんにもないですし、運動神経も悪いです……」
ナーガはくすくすと笑った。
「魔王様の証は魔力だけではないのですよ? この体内に流れる血こそが魔王様の証。魔獣たちは魔王様の成長を暖かく見守りましょうーー……」
いつのまにか、ピカピカに磨かれた体にふかふかのバスタオルが巻かれる。濡れた髪をタオルで拭かれ、新しいドレスを見に纏った。先程の幼いワンピースとは違って、背中が空いた大人っぽい黒のドレスだった。コルセットを巻き締めると背筋がピンと伸びて身長が高くなったような気がする。
「どうぞ、魔王様。椅子へおすわりくださいーー……」
凛の姿には似合わないくらい大きな黒い椅子に腰を下ろす。目の前にはその姿見て喜び、優しく微笑む魔獣たちがいたーー……。
「私、魔王になってしまったのだわーー……」