勇者と一羽の召喚獣
「まさか、お前……」
「へっ……?」
男は眉間に皺を寄せ、腰に巻いた皮の鞘の中から鋭い短剣を凛の首元に突き刺す。今度こそ死んでしまうと、恐怖で瞳に涙を浮かべ泣きながらに訴える。男は躊躇し、鞘に剣を終った。
「勇者さまぁ~~……」
何やらふわふわとしたマスコットみたいな丸い物体が左右に尻尾を振りながらその小さな翼をぱたぱたとばたつかせこっちに向かってきた。
「ゲッ……!! なんでこんなところに敵が寝転がってんですか!」
目の前に来て、やっとそれが何か分かる。ぷくぷくと太ったニワトリだ。ニワトリがふわふわと宙を飛んで会話をしている。
「こんな弱っちそうな奴、さっさと殺っちまいましょう! さっ、さささっ……」
丸いニワトリはその可愛らしい姿とは裏腹に、男の短剣を手に取ると、凛をサクッと「コ・ロ・セ♡」と耳打ちする。
「君、名前は……?」
勇者と呼ばれる男は、川に入るときに脱いだ自分のコートを凛に被せる。
「大瀬凛……」
「凛。悪いが少しの間、それで我慢してくれ。俺は街から魔王の討伐に来たレイヴン。こっちのドラゴンは俺の相棒。召喚獣のコックルだ」
レイヴンに頭を撫でられ、コックルは誇らしげに胸を張る。そのせいで、ぽっこりとしたお腹がぽよんぽよんと波を打つ。
……ドラゴン? あの、物語とかで火を吹いたり、大暴れしたりするドラゴン?
想像とは似ても似つかない姿に凛は必死で笑いを堪えた。
「大瀬凛何を企んでいる!!」
コックルがきりっとした目で凛を睨み付ける。
「勇者様、こんな小娘ほっといて、先を急ぎましょう」
「……こんな野獣がいつ襲ってくるか分からない場所に女の子一人で置いとくわけにも行かない。安全な場所へと引き返えそうか……」
「……!? だめです! 絶対だめ! 街では魔王のせいで天候が荒れ、壊滅状態なのですぞ! 早く魔王を倒し平和な街を取り戻さなくては……そして、教会から栄光とたくさんの御褒美を……くふふふ……!」
レイヴンは深くため息をつき、冷たく冷えた凛の手を握りしめる。
「……俺が守ろう」
……!?
「ええー!?!? 一緒に連れていく方が危険だと思いますけどー!!」
「……これは仕方ない」
異世界に迷い混んでしまった少女と勇者と一羽の鶏の物語が幕を開けるーー……。