穏やかな朝
「魔王様、朝ですよ」
ナーガのおっとりとした優しい声が聞こえる。ナーガは部屋のカーテンを開ける。テーブルの脇にティーワゴンを寄せると、可愛らしい手のひらサイズの缶のふたを開ける。中からスプーンで軽く一杯の紅茶の葉を取りだし、カップの中へ入れる。そこにポットからお湯を注ぐとほのかに薔薇の甘い香りが広がった。
「ローズヒップティーです」
ベッドから上半身を起こし、凛の手に両手でそっと渡す。両手でカップを持って、二三度、息を吹きかけゆっくりと口に含む。
「朝御飯を食べ終わりましたら、昨日は塔の三階までご案内しましたから、今日はもうひとつ上の階に行ってみましょう」
凛はテーブルに座り、ナーガが朝食にと持って来てくれた、パンに木苺のジュレをつけて、一口大の大きさにちぎって食べる。乾燥させたトウモロコシを粉にしたコーンミールにラズベリーや干し葡萄などのドライフルーツを入れる。ピンクや薄紫色の生クリームのようなふわふわとした液体をかけて混ぜ合わせる。見た目は違うが向こうで食べていた、コーンフレークの味にそっくりだった。
ナーガは朝食を食べ終わった凛に今日のワンピースを着せる。凛がドレッサーの前で後ろ姿を見るためにつま先立ちでふわりと一回転した。シンプルな黒を基調としたワンピースだが、裾の部分に薔薇の刺繍がほどかされている。ふわふわっとワンピースが広がると中から細かなレースのフリルが見栄隠れする。
「今日はナーガとお散歩なのね?」
「はい、お散歩でございます」
「傘はいるかしら?」
「ひとつ持っていきましょう」
「お弁当はいるかしら?」
「かごにパンを詰めて行きましょう」
二人ははしゃいでいると、ドアの向こうから低い声が聞こえる。
「……塔の中を歩くだけだぞ」
凛はドアを開けた。するとそこには勇者のころとは違う目がすわった魔獣が腕を組みながら立っていた。
「レイヴンさん一緒についてってくれるのですね?」
凛がにっこりと笑う。
「凛が野獣に倒されたら、笑い話だからな」
「みなさんいい人だから心配することないですよ、昨日も私がレイヴンさんのお部屋で寝落ちしたら、誰かが私をベッドまで運んでくれたのです。……ご丁寧にパジャマにまで着替えさせてくれたみたいで」
くっと眉間にシワを寄せて苦い表情を見せるレイヴン。
「……パジャマに着替えさせたのは、ナーガだ……」
レイヴンは小さい声でぽつりと呟くと、二人に背を向け部屋の外に歩き出した。二人は顔を見合わせてくすくすと笑い、その後ろを楽しそうについていった。




