富くじ ―拾―
富くじの発表が終わった後の境内は、あれだけ人がいたのが嘘のようにまばらに散っていた。
あー、ちくしょう、はずれなんざついてねぇなぁ。次は一ノ富を当ててやらぁ――なんて、江戸っ子はさっぱりした気質の者が多い。そんな人々ばかりであってほしいけれど。
「あッ、あそこに文太さんがおりやすッ」
穂武良の姿は甚吉にしか見えないので、一人で喋っているおかしな小僧になってしまう。それがわかっているので、なるべく声を潜めた。
「ふむ。少し様子を見てみるかの」
穂武良がそう言うので、甚吉も文太に声をかけなかった。ただ、境内の玉砂利の上を歩く文太の顔は赤いかと思えば青くなったり、いかにも奇妙であった。
懐で卵でも温めているのかと思うような膨らみに手を当てている。あそこに当たった金子が入っているのだろう。
甚吉はあんな大金を懐に入れるなんて恐ろしくて嫌だから、文太は甚吉よりも度胸があると言えるだろう。とはいえ、歩き方はぎこちなく、手と足が同時に動いていて、富くじで大金を当てたというよりは盗人か掏摸と間違われそうだ。
大丈夫かな、と甚吉も心配しつつ文太についていった。
文太は人ごみに紛れて見えなくなったりもしたのだが、穂武良がいれば見失うことはなかった。
「あちらの角を曲がったようだの」
きっと文太も長屋暮らしなのだろう。
甚吉が文太の背を再び見つけた時、同じように文太を追っているらしき男に気づいた。
それは、甚吉が境内で話した仕着せの男だった。
多分間違いない。
「まさか、あのお人が本当の持ち主なんじゃ――」
本来は自分のものであったあの売札を他人が拾って横取りした。そのことを怒っているのかもしれない。
文太に渡したのは甚吉なのだから、責めは甚吉が負うべきなのに、文太が恨まれてしまったのか。
しかし、穂武良は首を振った。
「いいや、あやつの持ち物ではない。あれは、鳶よ」
「鳶?」
甚吉がきょとんとしているうちに男は暗がりで文太に襲いかかった。
この男は、人様から油揚げを掻っ攫いに来た鳶なのだ。あの境内で当選した者の後をつけて住まいを調べ、いずれ金を奪うつもりであの場にいたのか。
それなのに仕着せを着ているなんて、もしかするとこれは相手を油断させるための扮装で、本当は店者などではないのかもしれない。
文太は羽交い絞めにされたが、男はすぐにその手を放した。それというのも、穂武良の仕業である。
穂武良が神通力を使い、男を昏倒させたのだ。生きてこそいるが、白目を剥いている。
「ぶ、文太さんッ」
甚吉が駆け寄ると、文太は今にも泣き出しそうな情けない表情をしていた。
「甚吉さんか――ッ」
文太は甚吉の顔を見た途端にほっとしたようだった。
「よかった、甚吉さんのことを探さなくちゃって思ってたんだ。だって、お亀を助けるのに金は要るけど、これじゃあ多すぎらぁ。もともとはお前さんのなんだから、俺が全部もらうもんじゃねぇし」
マル公や穂武良は、人間は欲深いとか、甚吉は何もわかってないとか言うけれど、欲深い人間ばかりではない。貧しくとも正しく生きている人もいるのだ。甚吉はそれが嬉しかった。
「じゃあ、余った分は稲荷社の賽銭にしておくんなさい」
「えッ、全部か?」
「へい」
いつも穂武良には世話になりっぱなしなので、それがいいような気がしたのだ。
穂武良は尻尾でぽん、と地面を叩いた。
「よい心がけよの。では文太のことはワタシが送ってゆくのでな、おぬしは戻るがよいぞ」
独り言にならないように、甚吉は言葉を発さず穂武良に向けてうなずいた。
「文太さん、お亀さんとお仕合せに」
それを言ってやると、文太はわかりやすく真っ赤になった。
「な、何言ってやがるこん畜生ッ」
甚吉は笑いを噛み殺しながら来た道を引き返した。
戻ってすぐにマル公に報告すると、マル公はうんうん、とうなずきながら言った。
「ま、大枚が外道の手に落ちなかったならよしとしようじゃねぇか」
美味いもん食いそびれたと言って怒るかと思えば、案外あっさりしていた。
「小判の一枚くれぇもらった方がよかったかい?」
甚吉が訊ねたら、マル公はそれを鼻で笑った。
「おめぇは金には縁がねぇからな。んなもん持ってたら豆腐の角で頭打っておっ死んじまわぁ。穂武良にくれてやんな」
すごい言い草だが、それもそうかと思った。
「本当だな。もう富くじはいいや」
買ってもいないくせにこりごりというのもおかしなものだが。
しかし、あの札の本当の持ち主は結局誰だったのだろう――。
少しばかりすっきりしない終わり方である。




