表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
海怪  作者: 五十鈴 りく
❖ 富くじ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

68/70

富くじ ―玖―

「百番ッ、鶴、千百五十三ッ」


 ついに突き止めの百番が読み上げられた。

 甚吉の手中にある売札に書かれている数が読み上げられる。

 手が、震えた。


「ぶ、文太さんッ。間違いありやせんかッ」


 字の読めない甚吉は、札を文太に向けて見せる。文太は目を大きく見開きながら、何度も何度もうなずいた。


「ま、まさか、本当に当たるなんて――」

「一緒に――いや、文太さん、これを持って名乗り出てくださいッ」


 甚吉は文太の手に当たりくじを握らせた。文太の手は汗でじっとりとしていて、札の文字が滲んでしまいそうなほどだった。手と言わず、とにかく体が震えている。


「お、お前さんは? これはお前さんのだ」

「おれのじゃありやせん。これは文太さんの手に渡ってお亀さんを助けるために神仏が取り計らってくれたものなんじゃねぇかと思いやす。だからこれでお亀さんを救ってあげておくんなさい」


 文太の目にじんわりと涙が浮かぶ。

 周囲はわあわあと、当たりくじを持つ者はいないかと騒ぎ立てている。場の喧騒が最高潮になったその時、文太が当たりくじを握った手を高らかに上げた。


「こ、これが一ノ富の当たりくじだッ」


 途端に文太の周りの人垣が割れ、本堂への道が開かれる。

 文太は、この富くじの売札が譲り受けただけで自分のものではないせいか、どこか怯えた顔をしていた。甚吉はその背を押す。


「さ、胸を張って」

「お、おう」


 百両の当たりくじを手放したというのに、甚吉は少しも惜しくなかった。

 それはすっきりとした心持ちである。己にはとても抱え込める額ではないから、正しく使ってくれる人と会えてよかったと思った。


 文太はあの札の落とし主ではないけれど、落とし主には出会えそうになかった。それならこの使い方で合っていると信じたい。


 文太は、まっすぐに進み、札を差し出した。それを受け取った坊主が確かめた後、読み上げたその声を掻き消すような、ひと際高い歓声が上がった。

 甚吉はそれを見届け、こっそりと富場を抜け出して見世物小屋に帰るのだった。


 心根の正直な文太は甚吉のことを探すかもしれないけれど、分け前など要らない。ことの顛末を話したら、マル公と穂武良には叱られてしまうかもしれないけれど、甚吉はこの使い方に満足している。

 ただ、手に入れた金子で馳走を食べたがっていたとしたら悪いけれど。


「やっぱり、マル公は怒るだろうなぁ」


 甚吉は頭を掻きながらマル公の待つ生け簀へと戻った。

 そして――。



 甚吉の姿に化けていた穂武良と対面したが、自分はこんな顔をしていただろうかと思うほどつり目だった。けれど、誰も甚吉の顔なんて気に留めておらず、気づかれないのがわかるから悲しい。


 穂武良は狭い小屋でポンと宙返りし、元の白狐に戻った。尻尾をふさりと揺らして座る。


「早かったじゃねぇか。早すぎらぁな。おめぇ、まさか熱気に押されて尻尾まいて逃げてきたんじゃねぇだろうな?」


 マル公も生け簀から頭を出した。

 甚吉はそんな二匹に向かって得意げに今日の出来事を語った。叱られてもいい。甚吉は満足しているのだから。


 二匹は甚吉の話が終わるなり、そろってため息をついた。別にいい。呆れれば。

 いつになく強気で二匹と対面していた甚吉を、マル公は碁石のような目を半眼にして、まるで腐った魚でも見ているのかと思うほど顔を歪めた。


「まったく、おめぇを一人で行かせるとろくなことがねぇな」

「おぬしはつくづくニンゲンというものがわかっておらぬな」


 穂武良にまでそんなことを言われた。


「文太さんは嘘なんてついてやせん。おれにだってそれくらいはわかりやす」


 すると、二匹は妙に息の合った仕草でやれやれと首を振った。

 なんだかんだでいつの間にか仲良しである。


 マル公は生け簀の縁にてん、とヒレを突いた。


「このすっとこどっこい」


 いきなりひどいのはいつものことだ。これくらいで動じていたのではマル公の世話係などできない。


「んな初心(うぶ)子供(がき)に大金持たせたら狙われるに決まってんだろ。おめぇはその文太ってヤツを危険にさらしたのさ。間違っても文太にゃ、守ってくれる人外の友達なんざいねぇだろうが」

「そ、そんなッ」


 愕然とした甚吉に穂武良もつけ足すように言った。


「ニンゲンは欲が深いのだ。正しい心根を持つ者が常に救われるとは限らん。それどころか弱者は奪われる」

「おめぇになんかありゃあホムラ狐がなんとかすらぁな。けど、さすがに顔も知らねぇヤツの用心棒まではできねぇぜ?」


 善意で譲ったはずの当たりくじが文太に災いをもたらすとは考えてもみなかった。

 文太に何かあったら、亀という娘も助からない。絶対に文太には無事に金を持って帰ってもらわなくては。


 そのためには呆けている場合ではない。しかし、どうしていいのかもわからない。

 こんな時に頼れるのは結局のところマル公と穂武良である。


「ど、どうしよう、マル先生ッ。おれ、文太さんの住まいまで訊いちゃいねぇんだ」

「落ち着きやがれ。富くじってぇのは、即日に受け取ると配当金が差っ引かれるモンなのさ。だからよっぽどの事情がなけりゃ後日受け取る。その後日までは文太も無事だろうよ」

「そのお亀さんって娘さんのために急いでるみてぇだったから、即日受け取ったかも」


 すると、やっぱりマル公はやれやれと首を振った。


「今日の見世物は終わったかんな。おめぇがいなくてもわかんねぇだろ。ホムラ狐ともういっぺん行ってこい」

「狐使いの荒いヤツよの」


 穂武良はぼやいたが、嫌だとは言わなかった。


「穂武良様、お助けくだせぇッ」

「仕方ないのぅ」


 マル公のように美味いものよこせと見返りを要求してこない穂武良はやはり善良だった。

 甚吉は姿を消してついてくる穂武良と共に再び回向院へと急いだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

小説家になろう 勝手にランキング ありがとうございました!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ