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海怪  作者: 五十鈴 りく
❖ 富くじ

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67/70

富くじ ―捌―

 次々と読み上げられていく富くじ。

 このまま落とし主が見つけられなかったら、富くじは甚吉のものになる。


 でも、そんなのは嬉しくない。落とし主に返してほっとして枕を高くして眠りたい。

 甚吉には物欲というものがほとんどないのだ。


 若い男を探してうろうろした。皆興奮していて、ちょっと体が擦れただけで甚吉を掏摸(すり)と勘違いして肘鉄を食らわせたりする。甚吉はヨレヨレになり、疲れながら群衆から抜け出した。


 少し離れて見ていると、若い男たちの集団がいた。四人ほどいたが、変に悪ぶっていて甚吉には(やに)下がって見えた。


「百両当たったら山分けだかんな」

「まずは吉原(なか)でパァッと遊んで、八百善でたらふく食って、ええと、それから――」

「遊び慣れてねぇのがバレバレじゃねぇか。野暮ってぇな」

「なんだと、このっ」

「あー、うるせぇ。富突の声を聞き逃したらどうすんでぇっ」


 甚吉はそんな集団を少々冷めた目で見た。

 若い男たちだが、この人たちが落とし主ではないといいなと。


 ここにいて当たりくじが読み上げられるのを待っているのなら、引き札を落としてはいないのだろう。聞いている限り、どうでもいい使い方しかしなさそうだから、別に当たらなくてもいいのではないかと思った。

 そう思ったのに、当たっていた。


 五十番目に呼ばれる、『三ノ富』だ。まあまあの運気だと言えるだろう。

 男たちは野太い声を上げ、よくわからない歓喜の舞を踊り狂っている。


 富くじは皆に平等だ。

 明日の飯に困るような貧乏人だから当ててやろうとか、この者は有り金叩いて富くじに挑んでいるから、当ててやらないと首をくくってしまうので当たりをやる――なんて、神仏がそんなふうに融通してくれるものではない。


 だからあんな遊び人でも当選してしまうが、これも仕方のないことである。

 もうちょっと、世のため人のためになる金に繋がればよかったのにと思わなくもないが。


 ――ここで五十番。

 折り返しまできた。それでも落とし主はわからないままだ。


 それからも、次々と札が突かれていく。

 あちらこちらから、ぐぅ、とか、うぉ、とか一喜一憂する声が聞こえる。

 急がなければ、富くじが終わってしまう。気持ちだけが焦る。


 そこで甚吉はふと、先ほど当たりを引き当てた男衆たちのうちの一人が境内の隅っこで座り込んで項垂れているのを見てしまった。具合が悪いのだろうか。

 当たりくじに興奮しすぎて目を回したなんて、莫迦(ばか)じゃあなかろうか。そんな辛辣なことを思ってしまった。


 友達はどこへ行ったのか、男は一人で膝を抱えて項垂れている。この場の熱気では誰もそのことに気づかない。放っておいても平気だろうと思いつつも、甚吉は見つけた以上気になってしまって、ちょっとずつその男のそばへ近づいてみた。


 すると、男は肩を震わせ、まるで泣いているように見えた。何を泣くことがあるのだろう。

 甚吉は困って、なんとなく声をかけた。


「あの、一体どうしやした?」


 それでも、男は顔を上げなかった。ひっく、としゃくり上げると、あっちへ行けとばかりに手を振る。


「腹でも痛ぇんで?」


 甚吉が隣に膝を突いて顔を覗き込むと、男は本当に泣いていて、真っ赤な目で甚吉を睨んだ。甚吉の方がたじたじになってしまう。


「す、す、す、すいやせんでしたッ」


 深く考える前にとっさに謝るのは癖なので、甚吉はへこへこと頭を下げた。そんな甚吉を見て、男は涙を拭った。ついでに洟もすする。

 よく見ると、思った以上に若かった。甚吉よりも三つ四つ年嵩というくらいだ。

 かといって、腹が痛くて泣く年頃ではなかったかもしれない。


 さっき、富くじが当たって仲間とどんちゃん騒ぎをするとか言っていたのではなかっただろうか。仲間外れにでもされたのなら泣いてしまうけれど。


「さっき見てやしたけど、と、富くじが当たったんじゃねぇんですか?」


 控えめに訊ねると、男は梅干しのように顔を皺くちゃにした。


「当たったのは三ノ富だ。それを四人で割ったんじゃ全然足りねぇ」

「ヘ?」

「足りねぇんだよッ。これじゃあ、あいつのこと助けてやれねぇッ」


 そう言って、また目を潤ませている。


「あ、あいつって?」

「金がねぇと、幼馴染のお(かめ)が、借金のカタに(くるわ)に売られちまう。でも、俺の稼ぎじゃとても用意できる額じゃねぇ。もう富くじに賭けるしか道はねぇと思ったんだ。あんな優しい娘のことだから、神仏もきっと助けてくださらぁって、思って、たのに、よ、惨ぇ――」


 この男はその亀という幼馴染が好きで好きで仕方がないのだろう。助けてやりたいのに、助けられないなんて、こんなにもつらいことはない。

 少々の当たりくじでは喜べないのだ。


 ――甚吉の懐にある一ノ富の当たりくじ。


 この男は持ち主ではない。

 わかっているけれど。

 嘘はいけないけれど。


 甚吉は気づけば懐に手を突っ込んでいた。


「あ、あの、ここにもう一枚札がありやす。これが当たったら、そのお亀さんを助けられやす」


 男は、腫れた目を細めて甚吉を見た。


「そもそもおめぇ誰だよ? なんでそんなこと言い出すんだ? って、その前に、そんな都合よく当たるかよ」

「おれは甚吉っていいやす。この札で助かるお人がいるなら、この札はそのために使ってもいいんじゃねぇかなって」


 自分のものではないくせに。

 そうだけれど、これがこの札の行き着くところだったのではないかという気がしたのだ。

 男は甚吉をじっと見て、それから一度力の抜けた笑みを見せた。


「ま、当たるかわかんねぇけどよ。ありがとな、甚吉さんよ。俺は飴売りの文太(ぶんた)だ」


 そうして、甚吉は文太と一緒に富くじ発表の続きを待つ。

 結果を知っているのは甚吉だけなのだ。一見やんちゃそうに見えた文太は、ずっと生きたまま肝を摺りつぶされているような面持ちで横にいた。


 徐々に数は進んでいき、最後に残る大当たりは百番目に読み上げられる一ノ富を残すのみとなった。

 知っているくせに、甚吉まで気を張ってしまう。結果を疑ったりしたら穂武良に怒られるのに。


 太鼓の音がドンドンッと煽るように響く。


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