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人間になりたがったAI  作者: あさじむおう
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カラダ・ファクトリー

 挨拶回り、と言っても、万博の主催者とか省庁の人とかのお偉いさんに「手前のようなツマラナイ者が国のイベントなぞに出さしてもらいやして、あいすみません。へへ、へへへ」土下座しに行くわけではない。(それはもうやった)(土下座はしてないが)

 この万博に出展している他のブースに顔を出して

「どうも〜。◯◯国立大の笹倉研究室の笹倉ですー。今日はお世話になりますー」

「あ! あ! ああ! あの人格AIの! 笹倉先生! あっ、いや。私、Ri研の堀と申します」

「ええ、存じておりますー。大変サイキックなご業績でー。あっ、サイキックというのはいかがわしいという意味ではなくー、ミラクルかつ大ユニゾンという感じでー」

 などなど、ニヤニヤおべっかを言い合いながら名刺交換をして

「最近どうですかー?」

「むーん……。まぁまぁですかねぇ」

 と二、三の立ち話をするという、つまりは日本のサラリーマンによく見られるアレだ

 ロバート・ダウニーJr演じるトニー・スターク(「アイアンマン」の主人公の社長兼科学者)に憧れていた昔は、こういうのが嫌で嫌でしょうがなかったのだが、まぁ、なんでも慣れだ。なにより出会いは宝。うちの研究室にポスドクや院生、そして今井さんがいることからも分かる通り、研究なんて自分ひとりではできない。「けものフレンズ」のハカセにだってジョシュがいる。

 とりわけ、自分の専門ではない分野の研究者の知り合いをつくるのは大事だ。そうして得られた他分野の専門家との共同研究が、進まなかった研究のブレイクスルーになることが、ままあるからだ。

 俺はこうした名刺交換で得られた知己を、こう呼んでいる。

 『顔つなぎの財宝』と------。

 まぁ、それが言いたかっただけなんだけど。


 横浜みなとみらい万博は国際万博なので、全体としては、いろんな国からの出展があるのだが、全部入りきるようなだだっ広い用地確保できるわけないだろ! ということで、各国のパビリオンが飛び飛びになって作られている。俺はこれでハマっ子なので高島町の空き地つかえばいいじゃーんという気もするんだが、あの辺がイベントに使われることってあんまりない気もするんで、まぁ、いろいろ都合があるんだろう。

 日本は開催国特権でみなとみらい線の駅から徒歩で来れるようなところに陣取れたが、バスに乗らないと行けない本牧の方に回されたイスラエルなんかはちょっと可哀想だ。ただ向こうの方の埠頭では開催期間中の一時期にはJASTECの海底掘削船『ちきゅう』が停泊しており、万博にノって船上イベントを開いていたりもするので、一緒に見れてお得! というディープな人もいるのかもしれない。

 展示はそのうち観に行ってもいいんだが、もう始まるし今は時間がない。後日、参加者の懇談会が例のシフォンケーキみたいなホテルで行われるようだから、外国の人にはその時に挨拶しようと思う。今井さんが挨拶回りについて来ないのも、懇談会でまとめてやればいいや、と考えてるからだ。

 そんなわけだから俺の挨拶回りも日本館に限られるのだった。俺は多方面の科学者たちとの名刺交換を卒なくこなしていった。昔は嫌いだった、とは言っても、あれだよ。コミケの挨拶回り。学生の頃にアイマス男性向けでサークル参加はしてたんで、その要領でやれば大したことない。社会人の挨拶っぽくなくってキモがられてるかもしれないが気にするな。

 さすがに万博、さすが初日。選りすぐりの科学界有名人が揃ってる。イベントに出演なんかするのは俺たちだけなんじゃないかと思っていたが、そうでもないらしい。一般観客向けのトークイベントというのがあって、そこに出る人が結構いるらしい。白衣まで着るのは俺たちだけみたいだが。

 中にはそこそこ見知ったヤツもいて、ついつい話し込んだりする、こんな例も。

「ですよねょッ? だからあたし、言ってやったんですッ。iPSで培養した人の脳なんか、ずっと前から実験や研究につかわれてますよって! ジカ熱のウィルス用の薬だって、人間の言語関係の遺伝子の研究だって、脳オルガノイドで進んだんですよ! まったく問題ありませんって!」

 中野ちゃんは力説した。

 チエを出展すること(正確にはチエを量子コンピューターに入れることに)自体に反対だった俺とは逆に、展示物の不許可をいただいたことに彼女はおかんむりらしい。

「中野ちゃん、今、そんなことやってたんだ……」

 彼女との付き合いは古い。とは言っても付き合ったことはない。俺たちがコミケに参加していたころ、彼女は美少女だったし、名のあるコスプレイヤーさんで、萌え絵描きとしても立派なもので、つまりはモッテモテだったが、それゆえに底辺の方に近いエロ絵描きの俺とは釣り合わないような気がして、手を出そうという気にすらならなかった。

 それでなんで研究職に就こうなんて考えたのかは俺には正直わかんないが、高校時代にレッツェに夢中になってギターやってたのがネイチャーで『世界の10人』に選ばれるような再生医療研究者になった例もあるので、まぁ、そういうこともあるんだろう。

「気合いですよ! 気合いが足りないんです! 脳オルガノイドなんて今時当たり前じゃないですか! 万博なんだから先に進んだ展示が必要なんです!」

 中野ちゃんが監修したこのブースの棚には、培養液につけられた人の脳がずらっと並べられている。棚板が発光するライトボックスになっていて、培養液の瓶が透明なので、ハリウッド映画に出てくるマッドな科学研究室っぽくてワクワクするが、ぶっちゃけキモい。

 ただ、ここに並んでいる脳は本物ではなく、iPS細胞を培養して作られたものだ。それゆえ、研究目的別に形が違う。胎児の脳の一部だけの形のものから、いかにも人の脳って感じのものまで多種多様だった。

 これでオーケーなくらいなんだから、ダメ出しくらったのは相当なものなんだろう。どんなものか気になって聞いてみた。

「それって写真とかあんの?」

「あ、待ってください! このiPadの中に……」

 中野ちゃんは手元のiPadを操作する。

「これ! これです! みてください! ちょっとカッコいいでしょう!? なんか義体みたい!!」

 興奮した中野ちゃんがスワイプすると、次々と画像が現れる。

 内臓とかが出てるわけではないので、グロくはなかった。

 このブースに並んだ脳オルガノイドたちに比べれば、大変に綺麗なものだ。

 皮膚の細胞から、こんなものまで作れるようになったのかとこの分野の技術の進歩に、はっきり言って驚く。

 驚く、の、だ、が……。

「……ううーーーーーん……これは……ちょっとぉ……絵面的に……」

「え!? なに言ってんですか!? これ画期的ですよ!? 脳オルガノイドは所詮、脳しか作れません!! 脳しか研究できないんですよ!! でもこれは違う!! これこそ逆転の発想ですよ!!」

「これ……動くの?」

「いやっ、脳がないから基本、動きません!! カラダしかないわけですから!!」

「ですよね……」

 『アイアムアヒーロー』でこんなゾンビがいたな……と俺は思った。

 中野ちゃんは『義体』と言ったが、あれは体を機械化するという発想だ。これとは真逆になる。

 こっちは脳以外のカラダだけがある。頭が空っぽの人間だった。

「これ……倫理的に平気なの?」

 怒るかなーとは思ったんだが、聞かずにはいられなかった。古い付き合いで仲よくてよかった。

「なに言ってんですか!! 全然平気ですよ!! 人の意識や心は脳の作用ですけど、脳の完コピ品の脳オルガノイドは『機能してないからオーケー』なんですよ!? こっちは脳そのものがないんだからオーケーに決まってるじゃないですか!!」

 中野ちゃんは、その後、脳なし人体の利点を、時間が来るまでとうとうと説いた。

 臓器や手足のスペアパーツとして使えること、後頭部を形成できるようにプログラミングすれば植毛用の髪の毛の養殖にも使えること、アレルギーのパッチテストを自分の体でやらなくてもよくなること……などなど……。

 そろそろ開場という放送が入って、中野ちゃんの話はやっと止まった。

 最後に中野ちゃんは力強い笑みで、こう言った。

「あたしたちは、この研究成果を、こう呼んでます。人体工場、すなわち『カラダ・ファクトリー』!!」

 俺は、こう言わざるを得なかった。

「なんかマッサージ屋みたいだな……」

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