じいの思い
「珍しいですな。お嬢様のほうからお声がけいただけるとは」
まるで、最初から呼ばれることがわかっていたかのように、扉が開き、じいが入ってきた。
いつも通りだ。
「しかしよろしかったのですかな?二人の愛の巣を吾輩が邪魔をして」
ふぉっふぉっふぉっ、と品のない笑いを浮かべながら、じい―――、エルマノス=xxxxは傅いた。
何気ない会話だが、俺がエリスに二人で話がしたいと頼んで、ひそひそ話していたというのを把握しているのだ。
「問題ない。これから重大発表をしようと思うのだが、まずじいにと思ってな。」
エリスはじいに顔を上げるようにアイコンタクトし、じいも従っていった。
「重大発表ですか。嫌な予感がいたします。」
「ははは。察しがいいではないか」
「さしずめ・・・」
じいは一瞬俺をにらみつけ、エリスに視線を戻し
「そこの人族の妄言に惑わされてのことでしょう?人族の子を身ごもった、というのはなしでお願いします」
「是非そうしたいものだが・・・、今回は違うな」
そうしたいんかい!って思わず心の中で突っ込んでしまった。
いやいやいやいや。
そもそもこの体、反応しないんじゃないですかねー!?
って、なんで俺のほうがじいより焦ってるんだか。
エリスは俺にこっそりひじうちしつつ、続けた。
いや、自分が勝手にのっかっておいて照れないんで下さいよ、エリスさん。
「私は兄様の謁見はパスする。というか当面城に戻るつもりもない。よろしく頼む」
はあ?!
思わず口から出てしまったらしい。取り乱すじいを初めて見た。
「し、失礼。あまりに想定外すぎたゆえ・・・」
ごほん、とあからさまに咳払いしてじいは続けた。
「理由と、どこで何をなされるおつもりなのか、伺ってもよろしいですかな?」
「新之助を連れて巫女に会おうと思う。それ以降は決めていない。理由は、じいの言うように気の迷いだ。」
「それで吾輩が納得するとでも?」
「じいとは長い付き合いだしな。納得してくれないと困る。」
いやいやいや・・・
じいは首を振りながら困った表情を浮かべた。
「いいですかな、エリスお嬢様。お嬢様はあの頃のように、思いのまま、自由奔放に生きられるご身分ではございません。騎士団長とは、われら悪魔族を導き、人族に裁きを下す、魔王様の右腕にございます。」
また始まった、とばかりにエリスはじーっとじいの顔を見ている。
「お嬢様も騎士団長になる際、ご自身と魔王様に誓われたではありませんか。あの時の決意の目、じいは忘れませんぞ」
「そうか」
その相槌は特に感情はこもっていなかった。
「じいには悪いが、私は騎士団長の身分を返上しようと思う。」
はあ?!
じいは、寝込む寸前のような困惑顔を浮かべている。
種族は違うが、似たようなステータスの俺から言わせると相当寿命が縮んでいるように見える。うん。
というか、俺の知っているエリスは、騎士団長というポジションに誇りと自分のすべてをかけていたように思う。
いやいや、じい。鬼の形相で俺を見られても困る。
吹き込んだのは俺じゃない。俺もびっくりだ。
「いつ頃からそのような覚悟を持たれていたのですか・・・」
絞り出すようにじいはいった。
「ついさっきだ」
「あまりの衝撃に・・・、もはや、返す言葉もありませぬ・・・」
ほんとうに、本当に人は追い詰められると、瞬時に白髪になり、老けるらしい。
じいは悪魔族ではあるが、種族はあまり関係ないようにみえた。
「訳を、訳をお話しください。いくらお嬢様がそこの人族を気に入られているとしても、吾輩、お嬢様がご自身の誇りを捨ててまで何かしようとする理由がわかりませぬ」
じいは頭を下げ、エリスに改めて傅いた。
その視界の先に俺はいない。
「私は今も、そしてこれからも悪魔族の名誉を回復し、すべてを取り戻すために戦いを続ける。それ自体は変わらないわ」
「で、あるならば―――」
「だけどそれを成し遂げる未来は、お兄様の先にはないと思ったの」
少しの沈黙。
何を根拠にそんなことを。。。
じいの顔を見ればそんなことが書いてあるのだろう。
しかし、文字通り長年付き添ってきた間柄であろう。野暮な横槍は入らない。
じいは静かに、エリスが思いのたけを吐き出してくれるのを待った。
「顔をあげなさい、エル。そしてあなたの知っていることをすべて教えて。私は、あなたがいつも私のために付き従ってくれていることを知っている。」
「さようでございます、エリス様。たとえ、お嬢様に信用されず、最後には殺されることになろうとも、吾輩はエリス様のため、そして悪魔族の尊厳のため行動しております。それが私に与えられた使命だと自負をもって。ですが、隠し事など滅相もない。何を話せとおっしゃっておいでですか」
俺は知っている。エリスはじいを本当の意味では信用しておらず、そしていくつかの並行世界では実際にじいを迷いなく切り捨てたことを。
じいの言葉は本心だった。そして実際そのように行動していた。
とはいえ、xxxxにエリスが殺されそうになった時、じいが庇うのを見るまで、俺もそれを信じていなかったけれど。
「お兄様はxxxx王国の勇者とつながっているわよね?」
「・・・!」
「この隠れ家周辺に討伐隊を向かわせる話、どこまで進んでいるの?どさくさに紛れて、新之助を殺す寸法でしょう」
「な、何の話でしょうか」
乾いた笑いを浮かべながら、じいは言った。
「悪魔族が、こともあろうか人族と仲良くしていた事実は、臣下には簡単にもみ消せる。勇者も新之助も始末できさえすればね。そしてxxxx軍と戦争をおこす。そこで戦争には勝つが、私が戦死する。強硬派の頭を失ったわが軍は、求心力だけはお兄様に注がれたまま、両国は平和ムードへとシフトする。」
「まるで未来視ですな。その状況を見てきたかのような物言いに感じますぞ」
「そう、未来視よ。予言なんて陳腐なものじゃない。そうでしょ、新之助?」
「ああ」
急に話を振らないでよ、と思いながらも答えた。
「・・・・・・」
「じいの忠誠は、新之助の未来視によって担保された。同様にお兄様の思い描く絵には私の死が組み込まれている。私は自分の命を引き換えにしても、両国が平和になる程度しか実現しない未来に誇りをかけられないわ」