~プロローグ~
「よく見ておくといい」
と、彼女はいった。
そこは城と城下町を一望できる丘の上で、しかしあと少しばかり近づくと見張りの魔術師や物見兵に見つかるかもしれない、ぎりぎりの位置に俺と彼女はいた。久しぶりの天然の太陽は眩しく、移動疲れもあって尻はひりひりしてたけど。
「いい眺めだ」
もしそのまま、自分の足でたって、のびをしたらさぞ気持ちいいだろうな、となんとなく思った。
「そうか」
彼女の期待していた言葉だったのか、それとも相づちをうっただけなのか。背中の声からはよくわからなかった。まあ、無理に後ろを振り向けばわかるのだろうが。ましになったとはいえ、今一つ言うことをきいてくれない体を酷使してまで振り返ろうとは思わない。
どこに移動するにも、車椅子 (もどき) に乗せてもらい、つれて行ってもらわないといけない自分の体。
あまたのダメ人間が、異世界から転生して、前世での失敗や後悔を、新しい世界で、新しい体でやり直しハッピーエンドを迎える話をたくさん目にしてきたが———
しかし俺の物語は、そんなはやりのライトノベルのようには、いかなかった。
緩やかな風がぬける———
ぼうぼう?の草木が朗らかにゆれる。
尻は相変わらず少し痛いけど、歪んだ俺の心を少しだけ癒してくれる———
ワンピ姿の少女が駆け回れば絵になりそうな風景にて。しかしコミュ障な自分のせいか、静かな時間が流れた。
「ここは昔、我らの領土だった」
唐突に彼女がいった。
どう反応してよいかわからず、次の言葉を待つ。
「人族は我らを追い払い、逆らう者は虐殺し、我らの建物や遺産、文化をことごとく破壊した。そしてこの地のあらゆるものを、人族のものにすり替えた。」
静かにそういった。
・・・失言だったようだ。
見ず知らずの人間同士の殺しあいであれば、自分には関係ないし、興味もない話なのだが。
しかし、現在悪魔族である彼女に世話になっている今の自分としては。
我らが同胞を殺し、あらゆるものを奪ったのはお前達だ、と言われているわけで。
騎士団長様の機嫌を損ねることは、あってはならないことだった。
謝ろう。迅速に謝ろう。
俺は瞬時にそう思った。
社交辞令というやつだ。本心ではなくても、場を納める効果がある。
「たい…」
へん申しわ、と言おうとして、彼女の言葉は続く。
「それでだ、新之助」
「はい、なんでしょう。=エリス騎士団長様」
「・・・」
彼女が一瞬黙った。
この間は知っている。
頬を膨らませて、むっ、としている表情の時の間だ。
「下の名前でよい、と言ったはずよ」
「エリス様」
「様はいらん」
「エ、エリス」
はぁ。
彼女から大きなため息が聞こえた。
こういう言い合いをするとき、リリスは怒っていない。たぶん。
「別に怒ってはいない」
やっぱりね!そうだと思ってたよ!うん。
「新之助は我らの道しるべだ。巫女様の予言に間違いはない」
最初に会ったとき、こんな自分に、なぜ手をさしのべるのか聞いた時の答えと同じだった。
よくわからない、という表情の俺を無視して、リリスは仕切り直した。
「新之助が以前問うた、我々の目的について、ふと答えようと思ったのだ」
彼女は、深呼吸をしてこう言った。
「我々は戦い、取り戻す」と。
つまりは。
人族が奪った、自分達の領土、尊厳、その他可能な限りあらゆるものを取り戻そうとしているのだと、エリスは宣言した。
その道しるべが俺?ははっ。ご冗談を。
口に出したつもりはないが、なんとなく、そうだ、とうなづかれている気がした。