4.四色問題
(その難問を証明したのはあろうことか計算機だった)
影待千穂の細身の上半身が椅子からぐっと乗り出した。吸い込まれるような魅惑的な二つの黒い瞳が佐伯教授にぴったりと照準を合わせている。
「犯人はどうやって毒を仕込んだ特定のカップ麺を被害者の竜ヶ水先輩に手渡すことができたのでしょうか?
休憩時間になると、みんな一斉にカップ麺のまわりに集まって、早い者勝ちで好みのカップ麺を取っていきました。だから、仮に何者かが竜ヶ水先輩を狙って毒を仕込んだとしても、肝心のそのカップ麺を彼に手渡すことは困難を極めます。もしもそんなことができたとしたら、まさに妖術としかいいようがありません」
「なにか盲点があるのかもしれないよ。もう少し詳しくその時の状況を思い出してみよう」
「そうですね。まず机上の六つのカップ麺ですけど、私の記憶する限りでは、関西風のソース焼きそばとエスニック風のカレーラーメン、それに激辛担担麺と、和風の天ぷらそばにきつねうどん、それから、麺にこだわりがあると表記された醤油ラーメンでした」
千穂がいい終わると、すぐさま教授も反復した。
「ええと――、『焼きそば』に、『カレーラーメン』、『担担麺』、『天ぷらそば』、『きつねうどん』、それに、こだわり麺の『醤油ラーメン』だね」
「はい。そして竜ヶ水先輩が食べたのが、『焼きそば』、でした。
他の五つのカップ麺は、全部、上蓋を開けてお湯を注ぐだけで出来上がりますが、この『焼きそば』だけは、お湯を注いで麺を柔らかくしてから、一旦はお湯を捨てて、その後、粉末ソースをかけて味を添えるわけです。
ここで、先ほど申し上げた私が理解できない二つの疑問のうちの、もう一つが生じます。なぜ犯人は、よりによって、毒を仕込むカップ麺に『焼きそば』を選んだのでしょうか?」
間髪を入れずに、教授がすまし顔で応じた。
「それは、竜ヶ水君が『焼きそば』を選ぶであろうことを、賢い犯人は知っていたのだろう」
「でも、竜ヶ水先輩が『焼きそば』好きだったなんて誰か知っていましたか? どちらかといえば、彼はカレー好きで有名でしたよね。これまでの速報会でも、いつも『カレーラーメン』を真っ先に取っていたじゃないですか?
それに私が毒を仕込むのなら、『焼きそば』は絶対に選びません。だって、首尾よく容器の中に毒を仕込めたとしても、『焼きそば』は一旦入れたお湯を捨ててしまうのですよ。その際にせっかく仕込んだ毒も一緒に流されてしまうじゃないですか。他のカップ麺だったら、こんな心配は起こらず、スープといっしょに毒は飲み干されます。奇妙に思いませんか?」
「仕込んだ毒のすべてを飲み干されてしまうと死んでしまうけど、薄められた一部の毒だけなら殺すまでの量にはならない。犯人は、竜ヶ水君に毒を飲ませて苦しませるまでを意図していて、殺すつもりはなかったのかもしれないね」
「にしてもです――、お湯を捨てられてもまだ効力を発揮する毒物なんて、そんなの存在するでしょうか?」
「君は知らないかもしれないけど、簡単に手に入る毒物はそのほとんどが非水溶性なんだ。だから、容器の中にたっぷり注入しておけば、いくらかはお湯に流されずに残留するはずだ。僕は専門家じゃないから断言はできないけど、案外、そのくらいでちょうど良い分量になるのかもしれないね。
やはり、犯人の狙いはそこだよ。殺すつもりはなかった……」
「納得いきませんが、話を先へ進めましょう。
それではいよいよ言及させていただきますよ。いかにして犯人は『焼きそば』のカップ麺を竜ヶ水先輩に手渡すことができたのか、というこの事件の最大の関心事について……」